[06-11] 衝突を嘲笑う傍観者

 説明しよう! 七発目の弾丸がどこから現れたのか!


 アクションを起こしたのはアルナイルの攻撃でリロードに失敗したとき。

 弾丸をばら撒くフリをして、実際に取った行動はこれ。


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


《スキル〈投擲 レベル10〉が発動しました》


 弾丸のひとつにスピンをかけて〈投擲〉することで、狙った位置に落ちるよう調整したのである。


特殊装填トリックリロード〉については、〈グレーウッド〉での戦闘時に発見したスキルだ。


 何かの役に立つかもと練習していたわたしに、ラカが『曲芸やフラグムービーでよく見るヤツね』と実践例を紹介してくれたのである。


 ちなみに、『フラグムービー』とはスーパープレイの断片フラグメントを集めて編集した動画のことだ。


 感化されやすいわたしは早速スキルの練習をしたワケだけど――


『これってカッコいいだけのスキルじゃない?』


『一応、不意打ちには使えるってさ』


 しかし、一体全体、どういうタイミングで使えば不意打ちになるのだろうか。普通にリロードするよりも有効な場面なんてあるのだろうか。


 ラカはわたしが不自然に弾丸をばら撒いたことで、今こそがその時だと理解してくれた。それだけでなく、わたしが〈特殊装填トリックリロード〉を成功できるように援護もしてくれたのだ。


 果たして――

 アルナイルは無感情に尋ねる。


「撃たないのですか?」


「アルナイルこそ、どうして剣を止めたの?」


「私だって……本当はわかっているのです」


 アルナイルの全身から力が抜け、〈セレスヴァティン〉の切っ先がどちゃっと泥に沈んだ。


 その表情は、さっきまでの『御使い』と思えない、ただの弱々しい女の子のものだった。


「私が生かされ続けているのは、新たな魔王を討つためだと信じたかった。でも……違ったようですね」


「どういうこと?」


 わたしは銃を引いて尋ねる。


 アルナイルはただかぶりを振るだけで何も答えてくれない。

 代わりに聞こえてきたのは、


「ぶぱっ! くははっ!」


 汚い笑い声と拍手だった。

 何者かと振り向けば、古戦場をうろついていた兵士ゾンビの一体である。特別な個体ではない。


 でも、様子が変だ。

 ゾンビは口からだらっとした体液を撒き散らしながら、なおも愉快そうに笑う。


「残念デスよ、アルナイル・ブランド! かつてのアナタならこの程度の小娘、ちょちょいのちょいだったでショーに!」


 やけに語尾を強調するような、意志を感じさせる口調だ。


 ラカは〈ケルニス・アローヘッド〉の銃口を向けて凄む。


「あんた、さてはこの辺のゾンビを蘇生しまくったネクロマンサーね!」


「ご名答! すンばらしい洞察力デス!」


 ゾンビはクイズ番組の司会者みたいに腕を広げ、ラカを称える。


「ワタシの名は――いえ、この仮初かりそめの体で名乗るのも失礼デスね。自己紹介はまたの機会にいたしまショーか!」


 アルナイルも〈セレスヴァティン〉を両手で持ち直す。


「私のことを知っているのですか?」


「もちろんデスとも! 先の戦争でアナタが踏みつけた有象無象のひとつデスよ!」


「では、復讐の機を窺っていたと?」


「けはは! 力を失ったアナタなどどうでもいい! 野良イヌは野良イヌらしく、あっちでわんわん吠えていたらどうデス!? そーら、オモチャデスよ!」


 そう言うと、ゾンビは自分の腕をもぎ取って遠くに投げた。


 聞き捨てならない言葉だった。

 思わず凝視してしまうわたしに、アルナイルは目を合わせようとしない。悔しそうに唇を噛んでいる。


 冷静に考えれば、おかしな話なのだ。


 アルナイルはひとりで魔王を討ち取ったはず。

螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉のような理外の力を持つ、わたしたちよりもっと強大な敵を、だ。


 なのに、どうしてわたしたちとアルナイルの戦いは接戦になったのだろう。本来なら出会った瞬間に斬られていてもおかしくないではないか。


 アルナイルは力を失った。

 それって、御使いの力を――


「ワタシはアナタに興味がありまシタ!」


 と、ゾンビが残ったほうの手で指差したのは、わたしだった。


「アマルガルム族のネネさん! アナタが受け継いだ魔王様の〈力〉、いかほどかと楽しみだったのデスが……その程度なら期待外れもいいところデス! 時計の針を巻くには便利そうデスがね!」


 ラカがわたしを庇うように前に出た。


「どこでネネのことを?」


「放っておいたオーガを始末してくれたでショー? まっ、そのときは大勢いるイモータルのひとり、程度の認識デシたがね」


 やっぱり。このネクロマンサーは〈オーライル〉での事件にも関与していた敵だ。

 でも、あのときはまだ、わたしたちは〈魔王の遺産〉を手に入れていない。


「名前を知ったのはその後デス。どうやら、魔王様の秘蔵っ子、ヴェルヴィエット・ザ・バーンクウォンタムがネネさんにご執心のようデシて」


「つまり……あんたはあいつの仲間ってワケね!」


 わたしたちは一斉にそれぞれの得物を構えた。

 だというのに、ゾンビは抵抗の意志を見せない。


「おお! か弱き屍を寄ってたかって虐げようというのデスか!? なんと乱暴な! ワタシの可愛いペットまで殺して、血も涙もない! また作らないといけないじゃないデスか!」


「血も涙もないのはどっちよ、このネクロマンサー!」


 ラカの言葉に、ゾンビは「ほほっ!?」と嬉しそうに驚いた。


「いやはや、これは痛いところを突かれまシタ」


「ゾンビのどこが痛いって?」


「偏見はお止めくだサーイ。アンデッドにもハートはあるのデスよ」


「そいつのは動いてないでしょうが!」


 ラカがいきなりゾンビの心臓を〈ケルニス・アローヘッド〉で撃った。

 ゾンビは大きく仰け反ったが、しかし、倒れはしない。


「おお! お話し中に発砲するなんて野蛮な! ひどい! ワタシは傷つきまシタ!」


 わざとらしくラカに怯える素振りを見せながら、ゾンビは周囲の聴衆たちにぺこぺこ頭を下げる。


「目的も果たした今、こんな恐ろしいところには一秒だっていられまセン! おさらばデス! ご観客のみなさま、ご機嫌よーう!」


 最後に、まるで芸を披露し終えたマジシャンのように恭しく一礼した。

 ほんの少しの間。ゆっくりと顔を上げたゾンビは、


「アァァ……ウゥゥ……」


 元の調子で呻くようになってしまった。恐らく、ネクロマンサーの制御下から外れたのだろう。


 こちらによたよた歩み寄ってきたので、わたしは〈L&T75〉に装填された一発でゾンビの頭を撃ち抜く。


「ヤな感じ」


 ラカも疲れ果てた様子でため息をついた。〈ケルニス・アローヘッド〉をホルスターに納め、〈ディアネッド〉を肩に担ぐ。


「厄介そうなヤツね。炎使いのドラウに、ネクロマンサー……徒党を組んで何をするつもりなのかしら」


 少なくとも、〈魔王の遺産〉の力を利用しようとしているのは明らかだ。

 色々と考えなくてはいけないことが山積みである。

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