[06-05] 泥にまみれても思い出は色褪せず輝く
イモータルたちはそれぞれの交戦領域が被らないように散開している。
これは『横殴り対策』だ。
横殴りとは、人の標的が弱ったところを『横から殴り』、経験値やドロップアイテムを素早く奪っていく、という行為のことである。
これに対しその後のゲームでは、一定の戦闘に参加したプレイヤーはそれぞれ経験値とアイテムを入手できる、という『個別ドロップ』が採用されたワケだけども――
〈
横殴りされた上にレアアイテムがドロップしようものなら、血で血を洗う争奪戦の始まりである。恐ろしや。
わたしたちも人のいない空白地帯に移動して、ゾンビ退治を始める。
ただ、事前の観察どおり、わたしがこれまで想像していた『ゾンビとの戦い』とは少し違った。
「ガゥグァ!」
ゾンビたちは大きく開いた口からよだれを垂らし、旧式のライフルである〈シルバースターR854〉を構える。
ぱんぱぱん!
こんな姿になっても仲間意識があるのか、ゾンビたちは連携してわたしたちを銃撃してきた。
ライフルの性能のせいか、それとも長年メンテナンスされず泥に埋もれていたからか、連射はしてこない。たまに不発。
わたしは一発一発の弾道を見極め、
《スキル〈疾走 Lv11〉が発動しました》
「――ふッ!」
前方に駆け抜けながら簡単に回避する。
この〈疾走〉スキルは、レベルが上がるにつれて瞬発力と始動時のSP消費が緩和されていく。
なんだったら連発できて、超人じみたジグザク移動もできてしまうのだ。ひゅう、わたし、カッコいい!
わたしは〈L&T75〉の有効射程に十分踏み込んで、ゾンビたちに照準を定める。
ラカは『頭を狙えばいい』と言っていたけれど、ここのゾンビたちは戦闘用の軍服を着込んでいるので、むしろ頭しか狙えない。
具体的には、粗悪な
《スキル〈拳銃 Lv15〉が発動しました》
哀悼の意を込め、38口径弾を放つ。弾丸は腐った皮膚を穿ち、頭の中に詰まっていた緑色の体液をばちゃりとぶちまけた。
人族のゾンビならこれでいいけど、魔族のゾンビは話が変わってくる。むしろ従来のイメージどおりというか……。
生前のマギカは失われているものの、腐ってもなお強靭な肉体での攻撃を行う。どうして衰えないのか、まったく不思議である。
素早く接近される前に、足を狙って連射。振り上げる腕を狙って連射。たまに密着されかけて思い切り蹴飛ばし、安全を確保した上でとどめを刺す。
慣れてくれば六発以内に倒せるけれど、攻撃と回避、そしてリロードを休みなく同時に行うのは、少し大変だ。
大変だからこそ、いい特訓になる。
それに、ゾンビたちが今度こそ塵に還っていくのを見て安心もする。ゆっくり休んでください。
戦闘を始めてからまだそんなに経っていないはずなのに、わたしのマントも下半身も泥だらけになってしまった。
これがVRゲームでよかった。気持ち悪さは感じるけれど、実害はほとんどない。
そんなわたしの姿を見て、ラカが「ふふっ」と笑う。
ラカは〈ディアネッド〉で敵を寄せつけず、それでも接近してきた敵を〈ケルニス・アローヘッド〉で迎撃する戦い方だった。
動き回らないので、綺麗なままである。
死者が徘徊する古戦場に舞い降りた天使――なんていうのは、ちょっと仰々しい表現だろうか。
わたしはどぎまぎしながら、ラカの位置まで下がって尋ねる。
「どうかした?」
「や、思い出しちゃって。幼稚園でさ、あたしがネネと仲よくなれたきっかけ」
ラカと友達になったきっかけ。それに、泥だらけのわたし。
わたしもすぐにそのときの出来事を思い出して、「あー……」と口ごもる。
「タカハシくんのこと?」
「そうそう。あのときと同じことを今になってもやってるって思ったら……ちょっと笑える」
あれは、幼稚園の大きな砂場で起きた事件だった。
隅っこのほうでひとり遊んでいたラカのところに、タカハシくんがちょっかいを出したのである。
タカハシくんは幼稚園児にして男子グループの中心人物だった。
その日、男子は砂場で『超巨大砂場迷路! 目指せギネス記録!』なんてことに挑戦しようとしていた。
当然、人が入れるような迷路なんて作れっこない。精々、水を流して遊ぶ程度で、要するにみんなの遊び場を独占したかっただけなのである。
タカハシくんはラカの前に立ちはだかってこう言った。
『どっか行けよ!』
そして、ラカがせっせと作っていた砂のお城を踏み潰してしまう。
それでもラカは動かない。じっとタカハシくんを睨んで抗議する。
『な、なんだよ! あっち行けって!』
ぼん、とタカハシくんに肩を押され、ラカが尻餅をついた。
その瞬間を目撃したわたしがぷっちん。タカハシくんに猛抗議したのである。
……いやあ、わたしの人生って振り返るたびに無謀のオンパレードでイヤになっちゃうね。
それが契機となって、女子グループと男子グループの仁義なき抗争が勃発。水の掛け合い、砂団子の投げつけ合いで、さあ大変。
騒ぎを聞きつけた先生に止められて、幼稚園に呼び出されたお母さんにすっごく怒られて――
「で、みんなでラカデザインのお城の周りに堀を作って水を流して遊んだんだよね」
「そうそう」
なんやかんやでわたしはタカハシくんに認められ、巨大グループの女幹部として君臨することになったのだった。
……幹部って。わたしたちはギャングか何か?
ゾンビそっちのけで、わたしとラカは思い出話に夢中である。
「タカハシ、元気にしてる?」
「中学から別々だから、もう何してるかわかんないなあ。ラカのほうにはメッセとか届いてないの?」
「え、なんであたし?」
わたしはにんまりと頬を緩める。
「タカハシくん、ラカのこと好きだったみたい」
「……はい? 初耳だけど?」
「ラカがお引越しした後、すっかり落ち込んじゃって大変だったんだから。砂場事件から好きになっちゃったんだって」
ラカとはあんまりこういう話をしない。だから、不意打ちのつもりだったのだけれど、ラカには動揺が見えなかった。
「そりゃ不運ね」
「なんで?」
「ちょうどそのとき、あたしは別の子にひと目惚れしたからよ」
と、わたしをじっと見つめてくるのである。
あう。これぞまさに不意打ち。わたしのほうが顔真っ赤になってしまった。
そんなわたしを面白がって、ラカは滅多にやらないウィンクなんてする始末。
「愛してるぜ、ネネ」
「はっ、恥ずかしいからやめてよそりゃわたしも好きだよでもこんなこと誰かに聞かれたら――」
と、早口に捲し立てながら辺りを見回したら、
「ウ?」
そばでぼうっと立っていたゾンビが首を傾げた。
わたしはかっとなって〈L&T75〉を構える。
「今聞いたの墓まで持ってって!」
ばんっ! 理不尽な一撃をゾンビの頭にお見舞いしてしまうのだった。
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