[06-06] より合わされた腐肉の合成獣

 しばらくして、ラカがわたしをちょいちょいと手招きする。


「ネネ、あれ見て」


「んー?」


 古戦場の至るところにできたクレーターで、泥のさざ波が立っているようにも見える。屈んで身を隠すにはちょうどいい高さの場所もあった。


 そこにわたしたちは〈潜伏〉し、顔の上だけを出してそっと覗き込む。


「何あれ。……地面を掘ってる?」


「みたいね。普通じゃない行動だわ」


 魔獣のゾンビが泥をほじくり返し、『ここ掘れわんわん』と仲間を呼び寄せる。

 やってきたのは兵士のゾンビ。スコップを使って、さらに穴を深く掘り出した。


「自分たちが入るお墓を掘ってるのかな」


「そしたら、あたしらが処理する手間も省けるってもんだけどね」


 ゾンビたちは何か硬い物を掘り当てたようだ。

 魔獣がそれを咥えて嬉々として引っ張り出す様子は、ゾンビといえどもなんだか可愛らしい。


 想像してしまう。死後も彷徨うことになってものどかで平穏なゾンビライフを送れるのだとしたら――


 前言撤回。出てきたのは腐乱死体の腕だった。

 魔獣は千切れたそれをぶんぶんと振り回して遊び出す。兵士は『コレハチガウ』とでも言いたげにかぶりを振って、次の場所へと移動した。


「お、あっちは目的のブツを見つけたみたいよ」


 ラカの指差す方向では、ちょうど別のグループが拳ほどの大きさもある宝石を空にかざしていた。


 アメジストに似た綺麗な宝石には、わたしも見覚えがある。


「あれって魔水晶だよね。オーガのお腹に入ってた」


「戦争で使われた物でしょうね。それを組織的にかき集めてるということは、やっぱりネクロマンサーの命令で動いてるのよ」


 しかし、ここにいるゾンビのレベルは20から30といったところ。わたしたちが探しているのとは異なるネクロマンサーかもしれない。


「ネネ、どうする? 弾の補充ついでに報告に戻ろっか?」


「そうだね。情報を隠しとく必要もなさそうだし」


「よし、じゃあ帰るとしますか――」


 と、わたしたちが振り返ったときだった。

〈デッドリバー〉の方向、イモータルのパーティーを相手に、魔獣が躍動している。


 大きさは……この辺にいる魔獣と全然違う! みんなが高く見上げるほどの位置に頭がある! イモータルのひとりが前足で撫でられただけでばらばらになっちゃった!


「ラカ!」


「これはかなり……ヤバそうなのが出てきたわね!」


 わたしたちは他のゾンビを無視し、戦闘に駆けつける。騒ぎを聞きつけた他のパーティーも同様に集まってきた。


「どうなっているんだ!」


「こんなフィールドボスがいるなんて聞いてない!」


「落ち着け! 互いにフォローしろ!」


「フォローつったって……止まらないよ!」


 多数から銃撃を浴びせられているのは、奇妙な形の魔獣だった。

 先に魔獣を視認できたラカが叫ぶ。


「ケルベロス……! じゃなくて、合成獣キマイラ!?」


 ただでさえゾウみたいに大きいのに、イヌ型の頭が三つ。先っぽが棘のように鋭い尻尾。毛皮はなく、皮膚を剥がれて筋肉が露出しているような質感の体表。


 だけど、わたしはすぐに気がついてしまった。


 筋肉の束に見える『それ』は、人族魔族を問わないたくさんの死体を雑巾のようにぎゅっと絞った物だったのだ。


 ラカでさえも茫然と呻く。


「なんなの、こいつ……?」


 もちろん、一部のデータはわたしたちの目に表示されていた。


《獰猛な/鋼皮の/ケルベロス・キマイラ》

《アンデッド/ビースト》

《Lv:65》


 最初の接頭辞プリフィックスは、持っている特殊能力が列挙されている。『獰猛な』がAGI強化。『鋼皮の』が防御力強化だ。


 しかも、レベルが凄まじく高い。


「これってやっぱり……」


「あのネクロマンサーの下僕よ!」


 キマイラは通常の弾丸程度ではびくともしない。またひとり、イモータルを鋭い爪の餌食にしようとする。


 ラカは〈ディアネッド〉のマガジンに残っていた弾をもったいぶらず全て排出すると、炸裂弾に装填し直した。〈疾走〉から急停止して、その場で狙撃。


 どかん! キマイラの後ろ足に命中した弾丸は、さらに爆発を起こす。足を吹き飛ばすことはできなかったものの、その衝撃でキマイラは転倒した。


 九死に一生を得たイモータルは、キマイラから逃げつつ手を上げる。


「助かった!」


 ラカのことを知っているイモータルたちも、あの〈白翼轟砲エンジェル・アームズ〉が来てくれたと歓喜する。


 けれど、ラカの表情は厳しい。


「助かってない! 全然効いてない!」


 そのとおりだった。キマイラの後ろ足を構成する繊維――という名の、ひとつの死体――が綻びただけで、それも体内から生えてきた新しい一部に押し潰される。


 何事もなかったかのように立ち上がったキマイラは、ラカをターゲットに定めた。


「前、出るよ!」


 わたしはラカを庇うようにキマイラへと接近戦を挑む。


 とはいっても、完全に未知の敵だ。初めは反撃に留め、出方を見る。

 今のところわかっているのは、爪と牙による攻撃だけ――


 キマイラがぶるるっと体を震わせる。と、同時にラカが警告してくれた。


「尻尾攻撃!」


 わたしは三つの頭にばかり注目していたので、ぬっと持ち上がった尻尾に気づいていなかった。ラカのおかげで反応できた。


 サソリのような尻尾でわたしを貫くつもりか――


「えっ、違……っ!?」


 棘の先端に穴が開いている。その内部に見慣れた螺旋が刻まれていた。


 ……ライフリング! 銃! 尻尾の中にライフルを隠し持ってる!


 ラカがさせまいと尻尾を狙撃するが、キマイラは尻尾を軽く動かすだけで回避する。

 その銃口はどんなに動いても変わらずわたしのほうを向き続け――


 ばんっ! 発砲されるよりも速く、わたしは横っ飛びに回避する。MNDが成長したことで、〈予知〉が働いてくれたのだ。


 キマイラは立て続けに前足での踏みつけ攻撃を行う。


「……使うしか、ない!」


 できれば避けたかった事態だ。

 人が見ている目の前で、わたしは左手で〈ケルニス67〉を抜く。それをキマイラの腕に向け、


《スキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 強化された弾丸をぶっ放す!


 たかだか38口径。けれども激しくスピンする弾丸はキマイラの腕に衝突し、激しい火花を散らす。


 耳障りで甲高い音が古戦場に響き渡る。


 果たして、弾丸はキマイラの腕を穿ち、内部の柔らかい肉を大きく抉った。


 泥の上を滑るキマイラ。その頭のひとつがわたしのほうに向いていたかと思うと、ぐぱっと口を大きく開く。


「ネネ! 横に走って逃げて!」


 わたしの目にも『それ』が及ぶ範囲が光で表示されていた。またも〈予知〉が働いたのだ。

 とにかく頭で考えず、生存本能に委ねて〈疾走〉する。


 直後、キマイラの口から緑色の体液が霧状に噴射された。

 わたしの後方にいたイモータルがそれに巻き込まれてしまう。


「うわあっ!?」


 その人の衣服は溶け、肌は焼け爛れ、苦しんだ末に倒れ込む。絶命したのだ。


 ラカは精霊イオシュネを呼び出し、片手で〈ディアネッド〉のリロードを行いながら、もう片方の手に構えた〈ケルニス・アローヘッド〉でわたしがつけた傷を追撃する。


 しかし、キマイラの腕はあっという間に修復されてしまった。体内に残っていた38口径弾も、肉に押し出されて地面にぽとんと落ちた。


 ……なんて再生力!

 愕然とするわたしとは反対に、ラカはポジティブに叫ぶ。


「表面が硬いだけよ! こじ開けられれば、倒しようはある!」


 確かに、そうだ。

 ラカのひと言で、わたしを含めてこの場の全員に希望が灯る。


 相手の攻撃手段も大体わかった。

 勝負はこれから。わたしの反射神経と『ネネ』のスキルをフル活用だっ!

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