[06-04] かつて生者、今は死者、そして佇む不死者

 リアルにて翌日。


 スモーキーには軍の厩舎きゅうしゃで留守番してもらい、代わりに軍人さんが人員輸送に使うほろ馬車で〈デッドリバー古戦場〉へと移動した。


「仕事場に着いたぞ、イモータル!」


 御者さんももちろん軍人さんだ。その張りのある声で、わたしたちはぞろぞろと荷台から降りる。まるで観光客ご一行だ。


 どちゃっ。わたしが下りると、ブーツが地面に沈むのを感じた。ぬかるんでいるのだ。


「……なんだか、『土砂降りに遭った後のお月様』って感じ」


 元は平原だったと聞いていたけれど、今はあちこち穴ぼこだらけの泥まみれだ。

 それに、呼吸するだけで体調が悪くなりそうなひどい匂い。VRゲームの規制があってもこれかあ。


獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉がデメリットに働き、思わずしかめっ面で立ち尽くすわたし。


 その隣に降り立ったラカは、首に巻いていた赤いスカーフで口元を覆う。

 ……そういう使い方する物だったの、それ!? ただのオシャレだと思ってたよ。あっという間に覆面ギャングエルフと様変わりだ。


「人族は大砲を、魔族はマギカをばんばんぶっ放し合ってたんだって。これでこの有様よ」


「兵士さんはそんな中を突撃させられたの?」


「遠くで撃ち合ってても決着がつかないからね」


 そんなフィールドを徘徊するのは、まさに兵士のゾンビたちだった。


 軍服姿に、銃剣を装着したライフル。


 装備から察するに、『掴みかかって噛みつく』というありきたりなゾンビではなく、銃撃できるだけの知能があるのだろう。


 歩く屍と化しているのは〈ルオノランド王国〉のヒュマニスだけではない。

 戦死した魔族も同様に蠢いている。


 オーク、ドラウ、ゴブリン、さらにはオーガ。人型がほとんどで、たまにイヌ型も混ざっているようだ。


 皮肉なことに、この古戦場でゾンビたちは種族分け隔てない仲間となっているのだった。もはや攻撃し合うことはない。


 視力の高いエルフであるラカは、ざっと一瞥しただけで古戦場全体の様子を把握する。


「ゾンビって、動きはトロそうに見えるでしょ? でも、交戦状態に入ったらびっくりするくらい速くなるから要注意。AIとしてはゴブリンに近いかしらね」


 そう聞くと、初心者のうちにゴブリンと戦っておいて、本当によかったと思う。


 でも、わたしにはまだ気になることがあった。ベッドの中でも考えるあまり、なかなか眠れなかったくらいの懸念である。


「……ちなみに、噛まれた人もゾンビになっちゃうとか、ある?」


「そのときは一発で楽にしてあげるから安心して」


「全然安心できないよ!? やだよ!?」


「ははっ。そうならないように立ち回ること」


 ラカは軽く言ってくれるけどさあ――

 と、わたしが膨れていたら、


「具体的には出血継続ダメージDoTと感染症の状態異常バドステが危ないわ。DoTののほうは止血すれば大丈夫。バドステのほうは薬で治療すればいいから」


 ラカがサイドポーチから小瓶を取り出し、軽く振ってみせる。


《熟練調合士製・抗生物質》

《タイプ:ポーション》

《レアリティ:レア》


「さすが、ラカ。準備がいいね。調合士さんって〈デッドリバー〉にいたの?」


「いんや、あたしがクラフトした。〈調合〉は弾薬も作れるから便利なのよね」


 そういえば、昨日のラカはあちこちで買い物を済ませてからログアウトしていた。

 雑貨屋さんで薬草を。サルーンでは度の強いお酒を。

 あれはクラフト用の素材を集めていたのだ。


 ポーションをサイドポーチにしまったラカは、最後に念押しする。


「つっても、メレーのネネは攻撃を食らう可能性が高いわ」


「ゴブリンのときと同じ。囲まれないように動いて、一体ずつ冷静に処理する、だよね」


「お、わかってるじゃん。いいねいいね~」


 ラカに背中を軽く叩かれ、わたしも「えへへ」とはにかむ。ネネ、ひと角のガンスリンガーに成長しました。


「お互い、危なくなったら声をかけ合って、連携して後退しましょ。いざってときは他の連中にゾンビどもを押しつければいいから」


「……あ、知ってる。MPKって言うんでしょ。悪いんだ」


「死んで持ち物を失うよりはマシ。押しつけた上で協力して倒す。後で酒の一杯でも奢っておだてる。これで大体、相手は上機嫌になるから」


 それって多分、ラカが美少女だから通用する手なんじゃないかな……。わたしがにこっと笑ってグラスを差し出しても――ああ、全然ダメ。想像できないや。


「じゃ、準備はいい?」


 ラカに尋ねられ、新調した装備を確認する。

 購入したのはリボルバーではなくガンベルトである。


 今までと同じ腰の位置に〈L&T75〉を収めたホルスター。

 そして、マントを着ている状態なら見えない腰の後ろに、〈ケルニス67〉を収めたホルスターが備わっている。


 ついに二丁拳銃を解禁――というワケではない。


〈ケルニス67〉は〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉用にモータルのガンスミスさんのところでメンテナンスしてもらったのである。


 基本的には使い切りのつもり。二丁拳銃で火力二倍! と考えると強いし、何よりカッコいいのだけど、結局はリロードの手間も二倍なのである。


 後は護身用としても使える。ポーチに入れておくと、もしものときに〈抜き撃ちクイックドロー〉スキルが発動できないのだ。


 このふたつのリボルバーで火力が足りないときこそ、ポーチの中で眠っている〈クェルドス・スペシャル〉の出番だ。……なんだかんだ、長い付き合いだなあ。


 それぞれの得物の状態を軽く確かめる。弾丸は装填済み。よし。


「うん、いいよ。ばっちり」


「さあ、世紀末ゾンビハントの時間だっ!」


 わたしたちは並んで、大股に古戦場の奥へと踏み入った。

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