[04-12] ロード・トゥ・ヴィクトリー!

 誓約書にサインを交わし、ゴルドバスたちが引き下がっていった後で。


「ラカ。何か作戦があるの?」


「んや、ない」


 ですよね。


 ノエミさんの顔色が再び悪くなってしまうが、レオンハルトを信じると決めた以上、ぐっと堪えたようである。


 ラカはレオンハルトを見上げるようにしげしげと眺めた。


「レオンハルト――あ、レオンって呼んでいい? あんたとド・イェルガのレベル差は40近く。二週間みっちり鍛えるとしても、差は埋まらないでしょうね」


「じゃあ、僕、あの人と互角に戦えないってことですか?」


「可能性はある。モータルの場合、レベルが58でも拳闘用スキルで固めてるとは限らないから」


 スキルを使えば使うほどレベルが上がる。

 そのスキルをしばらく使わないと、スキルレベルが下がっていくだけで、自分自身のレベルが下がることはない。


 わたしは「なるほど」と頷く。


「レオンにはこれから純度百パーセントの拳闘マシンになってもらうってことだね」


「わかりました。鋭利に研ぎ澄まされた釘は鋼をも貫く、ですね」


 レオンは闘志をみなぎらせたいい表情を見せてくれた。


「猛特訓しましょう。幸い、学校は連休中ですし――」


 わたしとラカは、


「……学校?」


 と首をかしげてしまう。


 初めて会ったときからずっと思っていたのだけども、レオンの声は幼い。小学生か中学生かってくらい。


 いや、このゲームは十五歳以上推奨のレーティングがついているはず。VRサービスには年齢を登録しないといけないので、詐称も不可能。


 つまり、レオンは最低でもわたしたちと同い年なのだ。


「パパもママも出張中なので、ゲームし放題なんです!」


 ……多分、同い年……だよね?

 人のリアルを詮索するのはやめておこう。怖くなってきた。


 さしものラカも笑顔が引きつっている。


「そ、そりゃよかった。言い出しっぺの手前、あたしもできるだけこっちにいる時間を作るからさ」


「はいっ。よろしくお願いします、先生!」


 そんなこんなでわたしたちが最初にやったのは、トウモロコシの硬い茎を束ねたサンドバッグを納屋のはりに吊るすことだった。砂でもないし袋でもないのはおいといて。


 ラカは木箱をイスにして座る。


「レオンって、ステとスキルはどんなもんなの?」


「ええとですね」


 レオンは種族がオークであること、ここ最近は農場のお手伝いをしていたことから、STRとVITが育っていた。


 スキルは持ち物の重量制限を緩和する〈運搬〉や〈農作業〉が成長している他は、どれもあってないような低レベルである。


「リアルで格闘技の経験はある?」


「ありません」


「じゃ、モーション・アシストをオンにしてひたすらサンドバッグを叩きましょ。ちなみに、無心で殴るんじゃなくて、体の感覚を頭に染みつかせるのが大事ね」


「感覚を、頭に……」


 レオンはサンドバッグの前に立ちながら、ラカの言葉の意味を考える。


「アシストをオンにしたままなら、特に気にしなくていいのでは?」


「ネネ、復習の時間。答えて」


 急に話を振られたものだから、床の上で膝を抱えていたわたしは慌てて立ち上がる。


「えっとね。動作中に『危ない!』とか『チャンス!』とか考えちゃうと、不自然な動きになっちゃうの」


 それだけだとうまく説明できていない気がしたので、わたしはサンドバッグを人に見たて、番号を振った。頭部は『1』。胸部は『2』……といった具合にだ。


「じゃあ、わたしが2って言ったら、2を叩いて」


「はい!」


「早速……2!」


 レオンは拳を構え、サンドバッグにパンチを叩き込む。

 さすがの力持ち。サンドバッグは大きく揺れるが、そのモーションはへっぴり腰のなよなよパンチングスタイルである。


 わたしはしばらく「2っ、2っ!」と気の抜けそうなかけ声を出す。

 そして、レオンが拳を命中させたタイミングを見計らって――


「1!」


「は、はいっ!?」


 レオンはパンチを引き切る前に、頭部の位置に拳を突き出してしまった。結果、体勢が崩れてしまう。


「こういうこと。プレイヤー自身が動きに慣れれば、もっと自然に戦えると思うんだ。……だよね、ラカ?」


 不安げにラカを窺う。我らが大先生はわたしの回答に満足そうだ。


「うむ、正解。攻めも守りも臨機応変にスイッチできないと、あのド・イェルガには勝てないわよ。これ、すなわちプレイヤースキルってね」


 レオンもすっかり納得した様子で、〈格闘〉の初歩訓練に没頭し始めた。

 これがそのうちド・イェルガや他の参加者みたいなカッコいい構えになるのだろうか。


 横で見ていたわたしも、モーション・アシストを切って体を動かしてみる。


「確か、こんな感じに……」


 ワンツー。ワン、ワンツー……だったかな?

 そうだ、ただ拳を突き出すだけではない。抉るように殴っていた。それはまるで、リボルバーから発射される弾丸に似て――


 ぐん、と。

 体の動きが遅くなった。


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


「……えっ!?」


 驚くわたしの口は動いていない。声はリアルの自室で響いたものだ。

 熱心なレオンハルトも、それを見守るラカも、みんな動いていない。


 ただ、わたしの手首から浮き上がった光の鎖だけが高速回転している。


 ……待って。

 わたし、銃は持っていないよねっ!?


 まさかこのスキル、『回転』を意識したら、なんにでも発動するの!?

 って、こんな速さで腕を捩じったら、千切れちゃうようねえ!?


 ――とはいうものの。


 好奇心が働く。このままスキルを発動させたら、何が起きるのか。

 念のため回転を遅くして、時間を解放する――


 ぐぎっ!


「あんぎゃっ!」


 情けない悲鳴に、レオンとラカが何事かと振り返る。

 わたしは腕を押さえて床にうずくまっていた。当然、痛みはない。強い痺れがびりっと脳に伝わったのだ。


《重度のステータス異常〈右腕破壊〉に陥りました》


 このログ、完全に関節も筋肉もやってしまっているヤツである。


 ラカは呆れ気味にわたしを見つめる。


「……何やってんの?」


「あー……パンチの真似をしたら、ね……」


「ふうん?」


 普通に真似をしたところでこうはならないだろう。ラカは察してくれたようだ。


「レオン、こっちは大丈夫だから続けて」


「了解、ですっ!」


「ネネはこっち。治療するから」


 納屋の外に出たわたしたちは、そばに誰もいないことを確認して話し合う。


「で、何やったの?」


「ほら、ド・イェルガのパンチって……捩じり込むって感じだったじゃん? それをやろうとしたら〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動したの」


「……あたしたち、力をどう使うかって考えてたけど、まずどこまで適用されるのかを確かめたほうがいいかもね」


 ラカはわたしの腕を取り、手をかざして何やら唱える。


「〈水の精霊よ、かの者を巡り恵みを与え給え〉」


 地面から女性の精霊が這い出てくると、わたしの腕に入り込んで痛めた関節や筋肉の修復を行ってくれた。


「……精霊術って、どれもスキル名が長いんだね」


「そーでもないわ。実は別にスキル名が設定されてて、それを実行すると詠唱してくれるの。これもひとつのモーション・アシストってトコかしら。ちなみに今のは〈エレメンタル・ヒーリング〉ね」


 詠唱に関してはドラウやドラニスの魔法も同様らしい。


 わたしは軽く腕を動かしてみた。うん、ばっちり。びりびりも発生しない。


「ありがと、ラカ」


「いいってことよ。それより、ちょっと試してみてもらいたいんだけど――」


 ラカは裏手の道に誰もいないことを確認してから、


「〈投擲〉でも発動する?」


「あっ、やってみる」


 わたしは腰の後ろに取りつけた鞘から、ナイフを左手で抜き放つ。右手はリボルバーを握っているためだ。

 逆手だった構えを順手に持ち直し、いつもの〈投擲〉に回転を強く意識する。


《スキル〈投擲 レベル8〉が発動しました》

《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 ……来た!


 あざは右手首に刻まれているけれども、左手での〈投擲〉でもスキルは発動した。


 右手から浮き上がった光の鎖が破れ、左手首の周りに巻きつく。メビウスの輪を描くような視覚効果だった。


 何度か発動してきた経験から、力加減はある程度掴めてきた。

 通常より二割増しくらいの回転を加え、ナイフをリリースする。


 すると――


 ひうんっ!

 ナイフは陽光を反射し、閃光となって道の彼方へと飛んでいった。


「……わーお、すご」


 ラカは素直に感嘆した様子で拍手すると、わざわざ走ってナイフを回収してくれた。


「ほい」


「ありがと。やっぱりこのスキル、大体のことには適用できるみたい」


「ますますもって、常軌を逸してきたわね」


 わたしは手首の痣をじっと見つめる。

 少し、怖くなる。


 ラカはそんなわたしの様子を見て、「うん」と大きく頷いた。


「ここに滞在してる間、ネネもトレーニングしたら? がっつり基礎トレやったら、ビルドの初期段階くらいはできあがると思うし。レオンはあたしが見とくからさ」


「……そうだね。そうしよっかな」


 レオンのことは気になるが、わたしも早くラカに追いつかないといけない。


 そうと決まったら善は急げ。

 予備のサンドバッグを担いで、わたしは近くの森に出かけることにした。


 背中に届くレオンの打撃音もなかなか豪快になってきた。

 どちらがより早く一人前になるか、競争だ。

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