[04-11] 力示す者に運は傾く

「貴様、それでもオークの端くれか!」


 ド・イェルガが、おろおろしているレオンハルトを怒鳴りつけたのだ。


 レオンハルトはいきなり叱咤されたので、「ひっ!?」と肩を竦める。


 そんな有様に、ド・イェルガはますます憤慨してしまうのだった。


「さっきから見ておれば、女子供の後ろに隠れおって! オークの誇りを失ったのか!?」


「あ、いや、僕はイモータルで――」


「だからなんだというのだ! 貴様はなぜここにいる! その銃はなんだ! 我々を迎え撃つ魂胆だったのではないか!? 何を臆している! なすべきは闘争であろうが!」


 半分はごもっとも。

 レオンハルトはさっきまであんな情熱的にノエミさんを守ると言っていたのに、すっかり端っこのほうで縮こまってしまっている。


 レベルが低い。スキルがない。

 そんなのは言い訳にもならない。


 この世は『やるかやられるか』だ。『やらない』のであれば、ただ『やられる』のを待つだけである。


 そして、半分はかなりの無茶を言っている。

 審査官の前でばんばん撃ち合ったら、わたしたち全員まとめて罪人になってしまう。


 ゴルドバスもド・イェルガに振り返り、苦言を呈した。


「チャンプ。我々は戦いに来たのではない。話し合いに――」


「気に入らん! 我らオークは闘争によって己が権利を勝ち取ってきたのだ! 力こそ法! 力なき者は蹂躙されるのみ! 力を示せ、半端者!」


 そのとき、ラカが呟いた。


「今ね」


「え?」


 首をかしげるわたしを横目に、ラカがぽんと手を打った。

 全員がラカに注意を引かれた。用心棒たちは銃を持つ手に力が入る。


 一瞬で張り詰めた緊張を、ラカ自ら、明るい声で破った。


「よし! ここはひとつ、決闘で決めましょう」


 そのひと言で、みんながラカを凝視する。ド・イェルガただひとりが「そうだ! 決闘だ!」と嬉しそうだった。


 わたしは慌ててラカの顔を覗き込む。


「け、決闘って?」


「サシでの勝負よ。証人と宣誓書を用意して、合法的かつ正々堂々と戦う。幸い、公的な証人ならそこにいるし――ね、審査官ドノ」


 あっ。ラカ、わざわざゴルドバスの言い回しを真似している。


 審査官が渋々といった様子で頷いたものだから、ゴルドバスも大慌てである。


「口を出すな! 貴様は部外者だろうが!」


 ラカはにっこりとほほ笑む。


「ご心配なく。決闘に出てもらうのはこっちのイモータルよ」


 と、目で示したのは――レオンハルトだ。


「ぼ、僕ですか!?」


「そう。あんたはこのフロレス農場で働いてるでしょ。十分、関係者って言えるわ」


 これで仮に命を落とすとしても、レオンハルトはイモータルだ。誰も犠牲にならない。


 ラカはさらに続ける。


「銃を撃たせはしないから安心して。あたしが提案したいのは拳闘よ」


 全員、またまたびっくりだ。

 ラカは相手の商売を土俵にしようとしている。


 でも、そうなると――


「面白い!」


 望むところと腕を組んだのは、戦い好きのド・イェルガだ。


「ならば、相手はこの俺だな!」


 ……無茶だよっ!?

 それでも、ラカの表情は涼しげだ。


「ええ。レオンハルトが勝ったら、ゴルドバス。あんたは土地を諦めなさい。フロレス家への干渉も金輪際しないこと」


 普通に考えたら、どちらが勝つかなどわかりきった賭けだ。

 ゴルドバスは疑い深くラカを観察していたが、


「こちらが勝ったら、貴様たちはこの件から手を引け。二度と私の前に現れるな」


「いいわ。そのときは、土地の権利も大人しく明け渡す。……ね、ノエミ?」


「ちょっと……勝手に決めないで!」


 掴みかかりそうな勢いのノエミさんに、ラカは無表情で説き伏せる。


「これから荷物をまとめるか、明後日に荷物をまとめるか。どっちがいい?」


 言葉に詰まったノエミさんは、そっとラカから離れた。


 一方で、わたしはレオンハルトのそばに立つ。


「レオンハルトはノエミさんのこと好きなんだよね?」


「えっ。な、なんで――」


 だって、わかりやすいんだもの。

 わたしは深掘りせず、要点だけを言う。


「このままだと、ノエミさん、どっかに行っちゃうよ。バッドエンドを変えられるのがプレイヤーの特権だと思わない?」


 レオンハルトはわたしをじっと見て、ド・イェルガのほうをちらりと見て、最後にノエミさんを見つめて頷いた。


「……僕、やります」


「レオンくん……!?」


「僕だってイモータルだ。何かできるはずなんです。これ以上……ノエミさんの悲しむ顔は見たくない。あなたには笑っていてほしいんです」


 ノエミさんはその言葉を聞いて、己の命運を託す決心がついたようだった。


「わかったわ。もう、これしかないのね」


 こちらの話はまとまった。

 ラカは挑戦的な笑みをゴルドバスに向ける。


「じゃ、正式に決闘の申し込みよ。場所は〈パンチアウト・ショー〉で。期日は二週間後の夜。いいわね?」


 ゴルドバスは「ふん」と鼻を鳴らした。


「無駄な足掻きを――」


「応!」


 ド・イェルガの大声がゴルドバスの嘲笑をかき消す。


「せいぜい鍛えるのだな、半端者! 名は……レオンハルトと言ったな! 二週間後、貴様の牙を全てへし折ってくれるわ!」


 このままでは言われっぱなしだ。

 わたしもド・イェルガにびしりと人差し指を突きつける。


「イモータルの成長速度を舐めないよーに!」


「ほう、それは楽しみだ!」


「ふふふ」


「くくく」


「あーはっはっは!」


「がっはっは!」


 青空の下、わたしたちは仲よく高らかに笑う。うん、開放感たっぷり。

 わたしの横ではラカがこっそり息をついていた。


「なんとかこの場は切り抜けた……かしら」


 そう。本当に開放感を味わえるのは二週間後だ。

 オーク対オーク。

 土地と愛と誇りをかけた決闘に向け、地獄の特訓が始まる!

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