[04-10] 法がほほ笑むのはどちらか
わたしたちが外に出るのと、ご一行の到着はほぼ同じタイミングだった。
ざっと見るに、ウマに乗った用心棒が六人。四頭馬の馬車が一台。
用心棒たちはこれ見よがしにライフルを肩に持たせかけていたり、腰のホルスターを指でとんとん叩いていたりする。威圧だ。
馬車には何か重い物でも積んでいるのだろうか。
客室の扉が開いた。
中からまず出てきたのは、革のアタッシュケースを持った紳士。
「ゴルドバスの代理人よ」
ノエミさんが小声で囁く。
その後に太ったドラウが姿を現した。
ゴルドバスその人のご来訪である。靴につく土を気にするのなら、馬車から降りなければいいのに。
続いて出てきたのが、金刺繍の映えるファンタジックな赤ケープ姿の男性。
「あの人は……知らない」
ノエミさんの戸惑いに、ラカが答える。
「王国の役人がああいう服を着てる。設定資料集で見たわ」
「お役人様……?」
ラカの後半の発言をスルーするノエミさん。『設定資料集』もイモータル言葉として登録されているようだ。
最後に、馬車の荷台から大きな人影がぬっと出てきた。
本来なら乗客の荷物を積み込むであろうそこに乗り込んでいたのは、オークだ。
〈パンチアウト・ショー〉のチャンピオン、ド・イェルガである。
同行しているということは、ゴルドバスの用心棒でもあるのだろうか。リング上の表情とは打って変わって、つまらなそうな顔をしているけど。
ゴルドバスはすぐ、ノエミさんの隣に並ぶわたしたちイモータルの存在に気がついた。
「おやおや! エルフの小娘にその相棒どの。昨日の今日で再会するとは……これも偶然と言い張るつもりかね?」
「あたしたちは観光がてら立ち寄っただけよ。でも、あんたたちはそうじゃないみたいね」
「我々は商談だ。不思議ではあるまい」
「書類とペンで済む話にしちゃ、やけに物々しいんじゃない?」
「ヒュマニスどもの治世がよろしくないもので――」
ルオノランド王国の役人にじろっと睨まれ、ゴルドバスはこほんと咳払いをする。
「失礼。新たな時代が訪れようとしているにもかかわらず、強盗やら魔族狩りやらがそこらをうろついている。まったく、戦争の敗北者は肩身が狭い」
「あんた、魔族連中にも嫌われてるでしょ。裏切ったとかなんとかで」
ぼそっと呟かれたラカのツッコミに、ゴルドバスは声を上げて笑った。
「その者たちもいずれ私に泣いて
……ゴールディ・ゴルドバス、図太い人だなあ。
ラカやノエミさんから聞いた話だと悪人なのは間違いないのだろうけど、その胆力はちょっぴり見習いたい。
ゴルドバスは代理人に視線で命じる。
代理人は一歩前に出て、ノエミさんにほほ笑んだ。
「ノエミ・フロレスさん、お久しぶりです。改めて、あなたが所有する土地の権利についてお伺いに参りました。お気持ちは変わりましたか?」
ノエミさんも一歩前に出て、物騒な男たちに囲まれてなお、気丈に
「答えは変わらないわ! ここを売る気なんてさらさらない! フロレス家が代々開拓してきた土地をあなたたちみたいな卑怯な連中に明け渡したとあったら、ご先祖様に顔向けできないもの!」
「卑怯と申されるが」
ゴルドバスさんがノエミさんを睨む。黒い眼球と金色の瞳には、ノエミさんを後ずらせるほどの迫力があった。
「我々は法に
「法……ですって?」
「うむ。ルオノランド王国開拓法によると、土地所有者にその土地の管理能力が失われていると判断された場合、その者の権利は剥奪され、土地は競売にかけられる――でしたな、審査官どの」
役人が頷く。
つまり、ゴルドバスの狙いはそれだったのだ。
労働者たちを借金漬けにしたのは、ノエミさんを孤立させるためではない。
大義名分を得て、土地を我が物にしようとする戦略だったのだ。
しかも、連れてきた役人は土地の審査官。これだけの広大な土地を手入れするのがノエミさんだけと見たら――
……レオンハルトはともかく、わたしとラカの恰好では労働者に勘定されないだろう。
ノエミさんの顔色が悪くなる。
「だ、だってこうなったのは……あなたたちのせいじゃない! あなたがみんなを辞めさせ、父さんを殺したから――」
「証拠はあるのか、ノエミ・フロレス嬢!」
ゴルドバスがぴしゃりとノエミさんを黙らせる。
「審査官殿の前で、我々を罪人と罵るのか!? 相応の覚悟がおありなのだろうな!」
悔しいけど、そのとおり。
罪人を告発するには、証拠や証言が必要だ。
けれど、ルペスさんは事故死とされている。労働者たちに至っては『身のほどを弁えず借金に溺れただけ』だ。
ゴルドバスは畳みかけるように続ける。
「今ならまだ、こちらも金を用意できる。だが、温情を無下にするというのならば、無一文の丸裸で土地から出ていってもらうことになるぞ、ノエミ・フロレス嬢」
前言撤回。やっぱりここまでの図太さは、わたし、いらない。
ノエミさんはうわ言のように呟く。
「私は……何があってもこの土地を守ると約束したわ……何があっても……」
このままだと悪い結末を迎えてしまう。
まだ、ノエミさんに協力すると決めたワケではないけれど、こんなのを見過ごしたら後悔すること間違いない。
うーん、どうしたものか……。
ちらりとラカを見る。
ラカはゴルドバスを睨みながら、わたしにだけ聞こえるように囁いた。
「ひとつ、手がある」
「……あるの!?」
「危険な賭けになるけどね――」
と、具体的な方法を教えてくれようとした、そのときだった。
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