[04-13] 獰猛な狼だってことは何度でも主張したい

 ある夜、わたしはひとりで〈マリストン〉に出かけた。

 練習用の弾薬補充ついでに、偵察しに来たのである。


 わたしが〈パンチアウト・ショー〉の門前に立つと、出入口をうろついていた用心棒たちが一斉に振り向いた。


「てめえ……フロレス農場の……」


 敵地のど真ん中だ。

 ラカはいない。何かあったら、わたしひとりの力で切り抜けなければならないが――


 用心棒たちが銃を抜く気配はない。

 わたしを撃ったとなれば、決闘前の関係者を襲ったとして罪に問われるからだろう。


 ここは笑顔が大事。


「どもども。そう怖い顔しないで。観戦に来ただけだからさ」


 そう言いながら内心おっかなびっくりで、さっさとテントの中に入ってしまう。


 リングの周りにはすでに人だかりができていた。

 わたしの背ではよく見えないので、少々お行儀が悪いと知りつつ、


「ごめんね。はい、通して通して」


 と、最前列まで潜り込んだ。


 試合はすでに始まっていた。前座の前座、という感じの盛り上がりだ。


 とはいえ、このレベルでも単なる殴り合いとはワケが違う。

 なんでもいいから、技術を見て盗めるといいんだけど……。


 ここでシステムのおさらい。


 モーションアシストを切った状態で『高度な技術』と判断される行動を取れば、そのスキルは早く成長する。

 レベルが上がった後で再び設定を戻せば、高度なアシストが働くようになる。


 わたしがここで学んだ技術をレオンに伝えることができれば、トレーニングを一気に短縮できるかもしれないのだった。


 問題は、わたしが試合内容をちゃんと理解できるかどうか。

 参加者が大勢いてくれたのは大助かり。おかげで気づいたことがある。


 銃使いには近距離メレー遠距離レンジといったビルドが存在する。


 拳闘も同じだ。

 間合いをがんがん詰めていくインファイトと、相手の動きを観察しながら的確に打撃を与えるアウトボクシングのスタイルがあるようだった。


 うんうん。

 ビルドと考えればもっと理解しやすい。


 とにかく打撃に耐える鉄壁のボクサーは防御系のスキルを。

 華麗に躱して華麗に殴り返すボクサーは機動系のスキルを。


 それぞれのビルドに良し悪しがあるとすれば、レオンに合っているのはどんなビルドなのだろう。


 ここはやはり、同じオークであるド・イェルガを参考にするのが一番か。


「続きまして、我らがチャンプのご登場!」


 歓声がわっと起こる。

 ド・イェルガがリングに上がり、挑戦者たちを一べつした。


「怖さ知らずのイモータルたち! 今日も今日とて殴り殺されに来たか! その意気やよし!」


 と、観客席をぐるりと見渡し――


「あ」


 ばっちり目が合ってしまった。


「おお! 我が戦いを見に来ていたか、アマルガルムの娘よ!」


 しかも、すっごい歓迎された。


 当然、この場の全員から注目されてしまう。何か気のいた言葉でも発しないと。


「ど、どうもこんばんは」


 で、咄嗟に出てきたのが、たったこれだけの挨拶だ。

 ド・イェルガの声量に比べれば虫の鳴き声みたいなものだったが、ノリのいいイモータルのみなさんが、


「こんばんはー!」


 と、元気よく返事してくれた。ありがとうございます。


 ド・イェルガは鼻息荒く、左の手のひらに右拳を打ちつける。


「今宵の戦い、アマルガルムの娘に強者の勝利と弱者の血肉を捧げてくれよう! さあ、者どもかかってこい!」


 この流れを読んだ挑戦者も挑戦者で、


「俺を見ててくれよな! 犬耳ちゃん!」


 なんて、わざわざわたしにウィンクしてからド・イェルガに立ち向かっていった。


 あの、わたし、狼です。

 観客席に立っているのに、心だけリングの中央に引きずり出されてしまった気分だ。


 恥ずかしさでふわふわしている場合ではない。ド・イェルガの戦いぶりを目に焼きつけないと。


 試合開始直後から続く挑戦者の攻めを、ド・イェルガは難なくさばいている。


 軽めのパンチは払いのけ、強めのパンチが来ようかというタイミングで威嚇の反撃。


 本人は熱血漢だけど、そのスタイルはものすごく冷静である。

 長い手足を活かしてのアウトボクシング。挑戦者の全身の動きを視界に収めている。


 挑戦者が距離を詰めようとすると、

 ぶんっ! 突風が観客席まで薙ぐほどのフックを振り回した。


 挑戦者は間一髪のところで回避したが、バランスを崩してたたらを踏む。その顔色は悪く、もはやわたしを意識している余裕もなさそうだった。


「やれ! やれ!」


 慎重になってしまった挑戦者に対し、観客が野次を飛ばす。


 そうだ。もっと立ち向かっていってほしい。

 ド・イェルガの技を引き出してほしい。


 とはいうものの、これは外野の勝手な考えだ。挑戦者だってそう簡単に攻めることはできないだろう。ジャブを何発か当てて、自分のペースを取り戻すしかない。


 が、ド・イェルガに容赦はなかった。

 突き出された挑戦者の左拳を、右ストレートで文字どおり叩き潰す!


 挑戦者の手から、ばきぼきと骨の砕ける嫌な音が響いた。


「ぐあぁっ!?」


 拳を保護する包帯バンテージが一瞬にして真っ赤に染まり、溢れ出した鮮血がリングを濡らす。

 挑戦者が悲鳴を上げたのは、大げさな出血のせいだろう。


 現に、


「どうした! 腕はもう一本残っておろう!」


 ド・イェルガに叱咤され、すぐに右腕ひとつで応戦しようとした。


 もはやチャンピオンの猛進を止めることはできない。

 ド・イェルガは稲妻のごとく踏み込み、全体重を乗せたスイングを挑戦者の顔面に叩き込んだ。


 ぐちゃっ。天井から吊るされたランタンの明かりに、舞い上がった血飛沫やら折れた歯やらが照らし出される。


 挑戦者はロープを跳び越え、頭から床に転落する。

 それきり動かない。絶命したか。


「がはは! まずはひとぉり!」


 ド・イェルガは自分の胸をドラミングした後で、両手を天に突き上げた。


 喝采を上げる観客の中で、わたしはひたすらに感動していた。


 とにかくステップが速いから、チャンスと見ればあっという間に距離が詰まる。

 相手を冷静に観察しているから、ガードすべき攻撃、軽くいなせばいい攻撃、かわせる攻撃を見極めることができる。


 そして、勝負の流れを引き寄せる破壊力は言うまでもない。

 強靭な肉体への信頼。あるいは豪胆な精神への崇拝も備わっている。


「これは……」


 わざわざ殺されに来たイモータルたちの最後尾に、レオンを並ばせてしまっただけではないのか。


 ド・イェルガはさらに続く挑戦者たちも返り討ちにし、全身を汗と返り血で濡らしながら咆哮を轟かせたのだった。


 わたしはすっかり不安になってしまった。

 技術を見て盗むなんて、。ラカとレオンに、ド・イェルガの強さをどう説明すればいいのだろう。


 尻尾を巻いて逃げよう、とリングから背を向けると、


「アマルガルムの娘!」


「ひゃいっ!?」


 またもやド・イェルガに大声で呼び止められ、わたしはびくっと飛び跳ねてしまう。


「折角来たのだろう。一杯奢ってやるぞ!」


「……あは」


 ド・イェルガ個人はものすごくフレンドリーなので、ちょっと断りづらい。


 今日は〈マリストン〉で借りっぱなしの部屋に泊まって、朝方ラカに迎えに来てもらう予定だったし、時間はある。


 敵地でありながら、わたしはド・イェルガの厚意を受けることにした。


「わたし、お酒は飲めないんだけど……」


「ならばミルクを飲め! 乳を飲む子はよく育つ!」


 わっはっは、とド・イェルガは肩を揺らしながら、リングからどたっと下りた。


 あちらはお付きの人に血を拭いてもらってから、自分で服を着替えている。

 わたしは先にバーカウンターのほうで待つことにした。


 大人のオークと、子供のアマルガルム族。

 体格差がとんでもない取り合わせとなった。


「待たせたな、アマルガルム族の娘よ!」


 ド・イェルガは特注のオーク用ジョッキでビールを一気飲みすると、すかさずおかわりを注文。口の周りに泡の髭をつけながら、横でちびちびミルクを飲むわたしを覗き込んだ。


「して、あの小僧の調子はどうだ」


「めきめき成長中!」


 咄嗟にそう答えた。正直、不安要素は盛りだくさんなのだけども、それをバカ正直に話すことはないと思ったのだ。


 しかし、ド・イェルガには見抜かれたのかそうではないのか、鼻で笑われる。


「『魂なき者』がどこまでやれるようになるか――」


 少しどきりとしたけれど、ド・イェルガの言葉にヴェルヴィエットのような含みはない。一般的なモータルの認識だ。


 ただし、オークにとってはさらに特別な意味があるようだった。


「あやつからは誇りや戒めを微塵も感じられん。我らは闘争の血族。闘志を見失った者はしいたげられ消えゆく定めよ」


 オークのバックグラウンドの話だ。

人魔大戦ジ・インカージョン〉で魔族が敗北した今、オークは再び岐路に立たされている。


 ド・イェルガの体には古傷も多く残っていた。きっと戦争にも参加していたのだろう。


 戦場を失ってなお、『チャンピオン』として己が存在意義を証明しているのだ。


「この魔王領で、あやつのような半端者は長く生きられまい」


「……そうかな」


 わたしは思うのである。


「レオンにだって『魂』はある。ノエミさんを守るために頑張ってるの。戦う理由はある。強くなるよ。前よりもずっと」


「だとすれば」


 ごとん、とド・イェルガはジョッキをカウンターに置いた。


「再び相まみえるときが楽しみだ。軟弱者をなぶり殺しにするのは、面白くない」

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