[01-11] ギャングボスとの対決

「残すはあの小屋ね」


 ラカはライフルのリロードを済ませ、小屋へずんずんと向かっていく。

 突入でもするつもりなのだろうか。わたしは慌ててラカを呼び止めた。


「待って。捕まってるのは『伯爵令嬢』って人みたいなの」


「わお、本国の貴族ね。ぜひお救い申し上げなきゃ」


「でも、どうするつもり?」


「そうねえ……」


 静かにポーチへと上がったラカは、閉じられたドアの横にそっと身を寄せた。それを見たわたしも、隣にぴったりくっつく。


 手のひらにノームを呼び出したラカは、それをドアノブにひょいっとぶら下がらせた。


 その途端――ばがんっ!

 小屋の中からドアが撃ち抜かれる。ノームは実体を持たないはずだけれど、驚いて虚空へと引っ込んでいった。


「どうだこの野郎! 吹っ飛んだか!?」


 この声、お嬢様と言い合いしていた男性のものだ。

 ラカも負けじと叫び返す。


「ざーんねんでした! お仲間は全員死んだわよ! とっとと出てきな、このド外道!」


「くそッ! なんなんだ、お前ら! 貴族どもの用心棒か!?」


 ふむ。相手は追い詰められているようだ。わたしはラカに『任せて』と頷いた。こういうシーン、小説で読んだことがある。


 ええと、こほん。


「わたしたちは流れのイモータルだよ! あなたの仲間がちょっかい出してきたから、こうやって乗り込んでやったってワケ!」


 こんな大声、リアルでも久しく出していない。ラカの真似をさせてもらったけれど、わたしの演技はやや不慣れに聞こえたかもしれない。


 幸い、お嬢様の救出が目的ではないと思わせることに成功した。


「へ、へへっ。そいつは舎弟どもが勝手にやったことだ。俺が謝る、すまなかった。それにしても大した腕利きじゃねえか。どうだ、俺と組まねえか? 儲け話があるんだ」


 ラカが口パクで『やるぅ』と褒めてくれた。でしょでしょ?


「どんな話? それ次第かな」


 どうせ伯爵令嬢を誘拐して身代金を請求。わたしたちで山分け。そんなところだと思っていたのだが――


「〈魔王の遺産〉の在り処をこの女が知っている。そいつを俺たちで見つけ出すんだ」


 え。それって……。

 魔王ビュレイストが所有していたという財宝。世界の誰もが欲しがるという秘宝。


 ラカは懐疑的だ。


「常套句よ。ああ言えば食いつくと思ってんの」


 わたしもこくりと頷いて、演技を再開する。


「面白そうだね。もう少し詳しく教えてよ」


「あ、ああ! 入ってこい!」


 相手はルール無用のギャングだ。また発砲するかもしれない。


 わたしがまず先に壊れたドアを引いて、中へと入っていく。仮に撃たれても、ラカが仇を討ってくれる寸法だ。


 ギャングの生き残りは壁に背をつけて立っていた。こめかみから小さな角を生やした半魔半人ドラニスである。


《クェルドス》

《モータル:ドラニス》

《Lv:30》


 手には大きなリボルバーを握り締めている。銃口の下にふたつの突起がついているのが特徴的だ。まるでヘビの牙みたいである。


 その銃が狙うのは、手足を縛られた女性。


 着用しているのは伯爵令嬢という情報から想像したドレスではなく、ガンスリンガー的なジャケットやパンツだ。ただ、あまり着慣れていないという印象である。


《エイリーン・マクミハル》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:20》


 ギャングたちの親玉、クェルドスはエイリーンさんに猿轡さるぐつわの布を噛ませている。喋らせたくないことがあるのか。


 そのエイリーンさんはわたしたちを必死な目で見つめる。助けを求めているのではなく、何かを知らせようとしている感じ。


 右に小部屋があり、そのドアがうっすらと開いていた。

 わたしとラカは一瞬だけ視線を交わす。


「で――」


 ラカはわざわざライフルをテーブルに置いた。


 四人掛けのテーブルには、こぼれたお酒やら肉料理の汁やらが跳ねていた。各席に配られたカードは伏せられたままだが、勝負の行方が明らかになることはない。


「どうしてこのお嬢様が〈遺産〉の在り処を知ってるって?」


「それは……な!」


 不自然に強調された『な』。それが合図だったらしい。


 小部屋のドアが勢いよく開いて、潜伏していたもうひとりの生き残りがショットガンをわたしに向ける。


 ただし、合図を待っていたのはこちらも同じだ。

 わたしはマントの中で隠し持っていたナイフを投擲。すこん! と刃がギャングの額に埋まる。


 さらにふたつの銃声が重なった。

 テーブル上のウイスキーボトルが砕け散り、室内にきついアルコール臭と火薬臭がぷんと立ち込める。


「ちく、しょう……」


 ごとん、とリボルバーを取り落としたのは、クェルドスだった。肩から血を流し、ずるずると崩れ落ちる。


 ラカの抜き撃ちクイックドローは見事だった。

 左手でリボルバーを抜くと、腰だめに構えて発砲。ライフルを置いたと見て油断したクェルドスを無力化したのである。


 わたしは死体から回収したナイフを使い、エイリーンさんの手足を縛る縄を切った。


 エイリーンさんは猿轡を憎たらしげに投げ捨てると――


「けだものめ! 従者たちの仇ですわ!」


 なんと、ショットガンを拾い上げてクェルドスに向けようとした。


「ま、待って! 撃っちゃダメ!」


 わたしは慌ててエイリーンさんにしがみつく。どかん! ショットガンが火を噴き、屋根が小さな穴だらけになった。


 エイリーンさんはわたしを振り払い、再びクェルドスを狙う。


「命をお救いいただいたことには感謝いたしますわ、イモータルの方々。しかし、わたくしはこのならず者たちに従者の命を奪われたのです。止めないでくださいまし」


 今度はラカがエイリーンさんを制止した。


「まあ、待ちなよ。あんたが〈遺産〉の在り処を知ってるってのはホントなの?」


「このけだものの勝手な思い込みですわ。わたくしは何度も否定しているのに聞く耳を持ちませんの」


「だとしたら、よ。そんな誤情報をどこで掴んできたか、ますます気にならない?」


 エイリーンさんはしばしの沈黙の末に、


「……一理ありますわね」


 ようやく銃口を下ろした。


 わたしたちは改めてクェルドスを見下ろす。ラカが率先して尋問を開始した。


「さあ、知ってること全部、洗いざらい話してもらうわよ」


「い、言えねえ……」


「黙秘を貫こうって?」


 ラカはクェルドスの肩をブーツで蹴飛ばした。絶叫が小屋に木霊する。


「いーのよ、別に。こちらのお嬢様の好きにさせるだけ。万が一にもないだろうけど、お慈悲を祈るのね」


「くそッ、くそッ!」


 クェルドスは額に脂汗を滲ませて喚き散らした。


「俺だって知らないんだよ! 雇われただけだ! 貴族の馬車を襲えってな! それから〈魔王の遺産〉について訊き出せって仕事だった! 俺は金が欲しかっただけだよ!」


 ラカは半信半疑の表情で、さらに問いただす。


「雇い主はどんなヤツ?」


「しょ、紹介してほしいのか? いいだろう! その女を届けたらお前らにも金が支払われるはずだ! そいつ、魔族ドラウの女で――」


 と、喋りかけたそのとき。

 ぐりん、とクェルドスが白目を剥き、激しく痙攣し出した。


 わたしたちは何が起きているのか理解できずに硬直する。


 病気の発作などではなさそうだ。全身の血管が肌に浮き上がり、その中を駆け巡る血液は青色に輝いている。LEDイルミネーションのように。


 さすがに異常だと気づいて、わたしは悲鳴を上げた。


「ラカ、これどうなってるのっ!?」


「わからない! 離れて!」


 クェルドスの口が関節の限界以上に開き、その奥から熱気と異音を洩らす。


 ぼこっ。ぼこぼこっ。胃袋でお湯が沸騰しているとでも言うのか。上半身が風船みたいに膨張し、衣服もぱんぱんになってしまった。


「ぶるべぶるるべべ」


 意味不明な音の羅列。これがクェルドスの最期の言葉となった。


「イオシュネっ!」


 何かを察したラカが精霊イオシュネを呼び出し、わたしとエイリーンさんをまとめて押し倒した。


 イオシュネはテーブルの足を掴み、わたしたちとクェルドスの間を遮る盾にする。


 盾。何を防ぐために?

 答えは数秒後に訪れた。


 ぼんっ! クェルドスの体が破裂した。


 青い爆炎が天井や壁、床を舐め、行き場を求めて窓という窓のガラスを破る。もしもテーブルの盾がなかったら、わたしたちも吹き飛んでいただろう。


 熱波は一瞬で過ぎ去った。普通の爆発とは異なり、小屋に火がつくことも酸欠に陥ることもない。強烈な異臭が後に残されただけだ。


 真っ先に立ち上がったラカは、悔しげに表情を歪める。


「やられた……」


 わたしも恐る恐るテーブルから顔を出し、室内の惨状に絶句してしまう。


「何、これ……」


 クェルドスが座り込んでいた場所は黒ずみ、あちこちに紫色の蛍光塗料が飛び散っている。ドラニスの血と体の一部だ。


 わたしたちは何が起きたのか理解できず、ただ立ち尽くす。

 視界の片隅では新たなログが流れていた。


《クエスト情報を更新しました》

《〈クエスト:謎のギャング団との遭遇〉の目標を達成しました》

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