[01-12] 新たな冒険へ

 カディアンに戻るまでがまたひと苦労だった。


 エイリーンさんの希望で従者さんのご遺体を捜索。森の奥で発見すると、テントに使われていた布で包み、ギャングたちが使っていた馬に載せる――


 という過程を経て、ようやく帰路に着けたのである。

 道すがら、エイリーンさんが旧魔王領訪問の経緯を語ってくれた。


 彼女のお父様の名はルーイス・マクミハル伯爵。

 かの〈人魔大戦ジ・インカージョン〉の最前線を戦い抜いた騎士で、戦後はルオノランド本国で政治に関わっていたのだとか。


 しかし、〈ジ・アル〉時間で一か月前、伯爵は病没。


 悲しみに暮れるご家族とともに遺産を整理していたエイリーンさんは、目録に記されていた奇妙な資産を発見したのだった。


 それは、旧魔王領にある土地。


 一度も視察に出かけたことのない、地図を見る限りはとても小さな土地を、なぜお父様は家族にも隠していたのか。


 どうしても疑問に思ったエイリーンさんは、ご家族の反対を押し切って旧魔王領を訪れたのである。


 そこでギャングの待ち伏せに遭って――後はわたしたちも知るところとなった。


 ホテルに到着したところで、ラカがエイリーンさんに尋ねた。


「待ち伏せされたってことは、あんたの旅行が洩れてたってことでしょ? 心当たりはあんの?」


「……唯一と言えば、地理に詳しい者に道案内をしてもらうはずでした。ここで落ち合う予定なのですが――」


 フロントに確認したところ、案内人は来ていないらしい。


「どうやら、よからぬ者と繋がりのある案内人を雇ってしまったようですわね」


「それも、とびっきりの『よからぬ者』ね」


 それこそ心当たりがあるのかと怪訝そうなエイリーンさんに、ラカは険しい表情で警告した。


「ギャングを吹っ飛ばしたあの青い炎――あれはマギカで作られたものよ」


「マギカ!? それでは、あのときすぐ近くに魔族もいたということですの!?」


「それはわからないけど、多分、条件を満たすと起爆するような〈呪印トラップ〉だと思う。でなかったら、あんたもあたしらもみすみす逃がさなかったでしょ」


 なるほど。わたしはぽんと手を打つ。


「ギャングが雇い主について話そうとした途端――ぼん! だったね。秘密を守らせるための爆弾だったんだ」


 エイリーンさんは今ひとつ納得できないご様子だ。


「それほどの力を持つ者が、わざわざ盗賊風情を雇うものでしょうか」


「仮に騎士伯爵の娘であるあんたが魔族に襲われたとわかれば、軍が動く大騒ぎになるんじゃないの? でも、『貴族様が乗る馬車をたまたま見つけたギャングが襲った』ってことなら、ありえることとして処理されるでしょ」


「なるほど……黒幕は目的が露見されたくないと……」


「きっと、『ドラウの女』は諦めないわよ。どうすんの?」


 それでエイリーンさんは怖がるどころか、むしろ闘志をめらめらと燃やした顔で宣言するのだった。


「わたくしとて国に帰るつもりはございませんわ。魔族を恐れて逃げ出したとあれば、勇猛果敢なるマクミハル家の名折れ。それに、命を落とした従者に顔向けできませんもの」


 それを聞いて、ラカは『待ってました』とばかりにびっくりするほどおしとやかにほほ笑むのだった。ザ・猫被り。


「じゃ、ひとつ提案。あたしらを旅の護衛に雇わない? 腕はお見せしたとおりよ」


 ……いやいや、『お見せしたとおり』って、わたしはゲームプレイ初日だよ!? がっかりされちゃうよ!?


 そう抗議したかったものの、交渉の邪魔にならないよう口を噤むことにした。とかく、これは千載一遇のチャンスなのだ。


「『ドラウの女』が確信を持ってあんたを襲ったなら、それはきっとあんたのパパが残した土地に〈魔王の遺産〉が関係してるのよ」


 そこでひと呼吸。


「確かにあたしらも〈魔王の遺産〉には興味があるわ。でも、あんたを狙った連中ほど外道じゃないつもりよ。あんたの旅を一番近くで見届けたいの」


 ラカの表情は真剣だ。


 エイリーンさんはわたしのこともじっと見つめた後で――任せてよと言いたげに強がってみた――重々しく承諾してくれた。


「……よいでしょう。あなた方は命の恩人。わたくしが頼れるのはあなた方しかいませんものね」


「よし来た――」


「目的地の場所は教えませんわよ」


 エイリーンさんはぴしゃりと言いつける。


「あくまで、わたくしのとして同行することをお忘れなきよう」


「もちろん。あ、でも、あたしらイモータルの睡眠時間を考慮してくれると助かるわ」


「ええ。あなた方についてのお噂は聞き及んでおります」


 要は、ログアウト中に経過する時間のことだ。


 ゲーム内ではリアルの四倍の早さで時間が流れている。

 今から寝て、学校に行って、帰ってから宿題やら予習やらを済ませている間に、大体三日ほど経過する計算だ。


 その間、モータルは暇だろうけど――わかってくれるなら大助かりである。


「長旅になりますが、道中よろしくお願いいたします」


 わたしたちそれぞれが握手を交わすと、視界の片隅で新しいログが流れた。


《〈クエスト:マクミハル伯爵の遺産〉が発生しました》


 エイリーンさんはこのままホテルに泊まるらしい。


 一方、わたしたちはお金の節約でサルーンの二階に宿泊するので、今日のところはこれにて解散となった。


 初日にして、濃い冒険をしてしまったなあ。


 明日からはもっともっとすごい冒険をラカとできるのか。

 その夜、ベッドに入ってからもしばらく、わくわくした気持ちを抑えられずに妄想を膨らませてしまうのだった。


   〇


〈ルオノランド領:カディアンの森〉にて――


 事の顛末はこうだ。


 北国から逃げてきたギャングたちが、ルオノランド王国の貴族令嬢を拉致した。

 その隠れ家を、ふたりのイモータルが偶然発見。

 ギャング団はたったふたりに壊滅させられ、令嬢は無事に救出された――


 戦いが起きたという木こり小屋の前に、銀髪の女は佇んでいた。


「期待はしていなかったけれど、それにしてもとんだ役立たずだったわね」


 女はヒュマニスではない。

 青い肌、捻じれた長い耳。黒曜石に似た眼球。金色の瞳。

 全て、『ドラウ』と呼ばれる魔族の身体的特徴だ。


 近代的な人族社会の衣服――フリルシャツとレザーパンツ、そしてコルセット――で妖艶な体つきを引き立てている。


 が、腰に巻いたガンベルトを見逃してはならない。女は魔族にしてガンスリンガーなのだった。


 女はノブの壊れたドアを開け、小屋に足を踏み入れる。


 血痕が壁や床、天井にまでこびりついていた。籠城したギャングがダイナマイトを胸に抱えて自爆でもしたのだろうか。


 否、違う。女は知っている。これをやったのはだ。


 部屋の中央に立ち、魔族語を紡ぐ。

 マギカをただ放出するだけでは意味がない。詠唱によって指向性を与えることで、物理世界の法則に干渉するのである。


 女が詠唱を終えると、乾いた血痕に宿る『炎の記憶』が再生され、部屋のあちこちに人の形をした虚像を映し出した。


「役立たずどもに、マクミハルの娘。それから――このエルフとセリアノが邪魔をしたイモータルね」


 エルフの虚像が〈遺産〉という単語に反応を示している。ならば、それを追わずにいられないのがイモータルの性だ。これを利用しない手はない。


「ラカとネネ、か。私をビュレイスト様まで導いてちょうだい」


 記憶の再生は最後の場面となった。

 虚像のひとつが破裂し、その爆風に巻き込まれるように他の虚像も消え失せる。


 その結末を見届けることなく、女は小屋を後にしていた。




《第1話:森に潜むギャング 終》

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