[01-02] 教えて、ラカ先生!

 ミルクにちょびっと口をつける。


 生ぬるくて、味も薄い。リアルで市販されている牛乳と比べると、この世界のミルクは飲みやすいとは言えない。


 それでもおいしく感じるのは、『ネネ』が長いこと飲み物を喉に流し込んでいなかったからだ。渇きが癒えていくのを感じる。


 おつまみの後に運ばれてきたステーキやサラダを食べると、空腹も満たされた。リアルのわたしは晩ご飯を食べた後であるにもかかわらず、だ。


 ラカはお行儀悪くカウンターに肘をついた。


「やー、ここに来るまでもっと手こずると思ってた」


「わたし、早いほうだった?」


「うむ。期待の新人だぞ。天才かもしんない」


 えへへ。よいしょとわかっていても、ラカに褒められるのはいい気分である。


「ひとりやっつけるだけでも大変だったよー。弾が当たらないんだもん」


「初期武器、どれ選んだの?」


「リボルバー。〈ラーヴェン855〉っていうの」


「あー……それ、ライフリングのない銃だから、命中率最低レベルなのよね」


 プロローグ・ムービーでも解説されていたのだけど、『施条ライフリング』は銃身に施された螺旋状の溝のことである。これによって発射される弾丸が回転し、ある程度まっすぐ飛んでいくようになるのだ。


 しかし、〈ラーヴェン855〉が非ライフリング銃だなんて説明はひと言もなかった。ちょっと不親切なんじゃないの?


「こればっかりはFPS経験者でもお手上げ。高DEXなら使いこなせるのかもだけど、それでもわざわざ選びはしないわね」


「高……でくす?」


「おっと、ごめん。ステ……ぇタスのウィンドウを開いてみて」


 思考操作で『ステータス・ウィンドウ』、っと。


《ネネ》

《イモータル:セリアノ/アマルガルム族》

《Lv:2》


 げっ。身長と体重まで記載されている。す、スリーサイズも!? なんでこんな赤裸々に測定されなきゃいけないのさっ!


 幸い、他人には閲覧できない情報のようだ。もしラカにも見えていたら、からかってくるに違いない。


「基礎ステを上から説明してくと、HPはヘルス・ポイント。撃たれたり殴られたりするとこの数字が減ってって、0になると死ぬ」


「え、こわ」


「大丈夫。プレイヤーは何度でも復活できるから」


 それはそれで恐ろしい話だ。わたしはこれから何度も死ぬことになるのである。と言っても、ゲームでそこまで深刻にはならないだろうけど。


「CPはコンセントレーション・ポイント。集中力のことで、最重要のステと言っても過言じゃないわ。狙撃、緊急回避、精霊術。なんにでもこれを使うの」


「せいれいじゅつ?」


「こういうのよ。おいで、ノーム」


 ラカの手のひらに――ぽんっ。ぬぼーっとした顔の、小さくて白いお化けが現れた。


『ノーム』と呼ばれたお化けはテーブルに飛び降りると、お皿のピーナッツをよいしょと持ち上げ、サッカーのスローインの動きでぽいっと放り投げる。


 ラカは少しも動かず、口を開けて待つだけ。ぱくっ。お見事。

 一芸を披露したノームはわたしに手を振って、煙のようにぽんっと消えた。


「何、今のっ! 可愛いっ!」


「でしょ? あれが精霊。エルフは自然霊、セリアノは動物霊と関係が深いの。ネネも精霊術のスキルを育てれば、何かしら使役できるわ」


 ラカはわたしの輝く目を覗き込んで、にやりとする。


「スキルに興味が出てきたって感じね。でも、ステの説明がまだ。CPの次に重要なのが、SP。スタミナ・ポイントの略で、そのまんま運動するときに使う持久力のことよ」


 CPは精神的、SPは肉体的な持久力と考えればいいだろう。この両方を消耗しきったらどうなってしまうのか、リアルに置き換えたらぞっとしてしまう。


「MPはマギカ・ポイント。魔力を使うのに必要」


「……0だよ?」


「それでいいの。MPを持ってるのはドラウかドラニスだけ。魔族の特権ね」


 これが〈人魔大戦ジ・インカージョン〉で魔族が長らく有利だった理由だ。

 ラカは指先をくるくると回し、何かを指し示す。


「四つのステは左下に見えてるわね」


 こくりと頷く。赤、青、緑、黄色の棒と数字が並んでいる。


「戦ってる最中でもチェックできるようになったら初心者脱出。自分のアクションでどれだけ消耗するかを計算できるようになったら立派な中級者よ」


「わかった。意識してみる」


「残りは普段気にしなくていいヤツだから、大雑把に流すけど――」


 と、ラカが略語とその意味を呪文のように唱え出した。


 STRは筋力。VITは生命力。AGIは敏捷性。DEXは器用さ。INTは知力。MNDは精神力。


 このステータスがHPなどの数値に影響したり、スキルの成功率に影響したりするそうな。


 わたしのステータスを見ると、4から7の数字が羅列されている。


 一番高いのはAGIだ。次いでMND。同着三位がSTR、VIT、DEXで、一番低いのはINTである。


「って、わたし、おバカなの?」


「INTのことなら、それ、『頭のよさ』とは違うから。一般的な読み書きから古代文字の解読。魔族なら、詠唱のバリエーション。そういう知識の量って意味よ」


 なるほど。『ネネ』は専門的なお勉強をしてきていないのだ。


「ステを伸ばすには関連スキルを鍛えるのが一番ね。INTだったら〈錬金術〉を学ぶとか、MNDだったら〈精霊術〉を極めるとか。こうやって料理を食べるのだって、VITに影響するのよ」


 最悪、特に意識せず惰性的にプレイしているだけで、スキルもステータスもそれなりに整っていくのだろう。


「……ステについてはこんな感じ。ここまで大丈夫そう?」


「うん。なんとなくわかった」


「オーケー、次はスキルの話だけど――」


 と、ラカはわたしの顔をじっと見つめた。正確には、狼の耳を。


「ネネはなんて部族にしたの?」


「アマルガルム族っていうのにしたんだ。可愛いでしょ、これ」


「やー、そりゃネネは可愛いけど……やっぱりだったか。だいぶ血生臭い部族だって聞いたことあるわ。人族にも魔族にもくみせず、よそ者を襲うって」


「それで、生きたまま吊るすんだよね」


「なんだ、もう知ってたの。まあ、問題になることはあんまりないと思うけどさ」


 敵対種族にはコミュニケーションが難しくなる、という制約はセリアノの部族にも当てはまるのだ。わたしは中でも排他的な部族を選んでしまったらしい。


 ……うん? ラカの口ぶりからするに、『そっち』じゃなくて『こっち』の霊獣もいたのかな?


 まあ、今は気にしなくていいだろう。


「スキルウィンドウに書いてあるけど、スキルの分類は二種類。種族や部族特有の『タレントスキル』と、色んな行動に関わる『アクティブスキル』ね」


 自分でもどんなスキルかを把握するため、獲得済みの一覧をひとつずつ読み上げることにした。


 まずはタレントスキルから。


獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉は、セリアノ特有の鋭い五感が働く。アマルガルム族は聴覚と嗅覚が発達している。


アマルガルムの止渇サースト・オブ・アマルガルム〉は『近接戦闘』で生物を倒すと、一定時間、CPの自動回復ボーナスが得られる。


 ……これを聞いたラカは、難しい顔で唸る。


「噂に聞いてたとおり、なかなかピーキーなタレントね。アクティブはどんな感じ?」


「えっとね――」


 わたし自身の能力を把握しておくためにも、ちゃんと説明まで目を通すことにした。


〈投擲 Lv2〉は物を投げるのが上手になる。

〈跳躍 Lv1〉は高くジャンプできるようになる。

〈疾走 Lv2〉は短距離を走るのが速くなる。

〈追跡 Lv2〉は標的の痕跡を見つけやすくなる。

〈潜伏 Lv1〉は自分の気配を隠しやすくなる。

〈生体理解 Lv1〉は生物の身体構造を把握しやすくなる。

〈拳銃 見習い〉は拳銃の扱いが上達する。

〈短剣 Lv2〉は短剣の扱いが上達する。


「……『ナニナニしやすくなる』って書いてあるけど、これって暗示とか、自信の数値化とか、そういうの?」


「んーん。動作補助機能モーション・アシストの精度に関係してくるの。スキルレベルが上がれば上がるほど、超人じみた動きができるってことね」


 ああ、そういうことだったのか。


 ギャングとの戦闘でナイフを投擲したとき、やけにびしっと動いた理由が今になって判明した。わたしはシステムに救われたのである。

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