[01-03] わたしたちの目標

 そのことを話すと、ラカはけらけらと笑った。


新人ニュービーでその発想、才能大アリよ!」


「あれこれやって最後の手だったんだけどね……」


「その手が出るか出ないかで大違いなの。もうちょい聞かせてよ。どういうシチュだった?」


「どういう……って、チュートリアルはみんなやることじゃないの?」


「学ぶことは同じでも、何が起きるかは違うの。プレイヤーひとりひとりに寄り添ったシネマチックな体験ってヤツね」


 MMOゲームならではの『それぞれの理由で旅をしている』感覚を尊重するために、AIがイベントをランダム生成しているのだとか。凝ってるなあ。


「荷馬車に乗ってたら、五人……じゃなくて、六人のギャングに襲われたんだ」


「え、いきなりそんな数と戦わされたの?」


「一緒に乗ってた人がほとんどやっつけてくれたんだ。わたしは一対一だったよ」


「へー。そいつ、やけに腕が立つわね。なんて名前だった?」


「ジェイムズ・ギャベルって人」


 わたしが名前を告げた途端、ラカがばんとカウンターを叩き、こちらに身を寄せた。


「それホント!?」


「そんなびっくりするほど有名人なの?」


「すっ……ごくね」


 ラカは声を潜め、先ほど別れたばかりの頼もしくてカッコよかったおじ様について教えてくれた。


「〈復讐者ザ・リヴェンジャー〉の異名を持つ伝説的なガンスリンガーよ。家族をドラウに殺されたもんで、その仇の関係者を片っ端から血祭りに上げてるんだってさ」


 不意に聞かされた暗い話だった。あの優しげな人が……?


「今の世の中、人族社会に魔族も入り込んでるワケで、見境なしに殺してたんじゃ四方八方にケンカを売るようなもんでしょ? 地域によっては『生死を問わずデッド・オア・アライブ』の賞金首になってるわ」


 だから、ジェイムズさんはわたしの顔と素性と銃を気にした。強盗の顔を調べ、自分の命を狙った殺し屋ではないと確認した。


「ジェイムズ・ギャベルを倒そうとした賞金稼ぎは多いけど、いざ向かい合って銃声が鳴ったら、倒れているのはいつだって賞金稼ぎのほう。それくらい凄腕なのよ」


「だったらみんな、ジェイムズさんに挑戦しようだなんて思わないんじゃないの?」


「でもないわ。あたしらイモータルはやられても死にゃしないし、旧魔王領でガンスリンガーやってるようなモータルはまともじゃないしね」


 イモータルというのは、ジェイムズさんから教わった言葉だ。

 モータルは――確かNPCのことだ。


「イモータルとかモータルって何?」


「そうねえ。『不滅の者イモータル』から説明するけど、これはプレイヤーのことよ。ゲームの都合上、あたしらは旧魔王領の外に出られないの。だから、魔王の呪いで死者の塵から蘇った『亡霊みたいなもの』って思われてるみたい」


 世の中には『一度死んだらおしまい』という難しいゲームもあるらしいけど、〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉はそうではない。プレイヤーは何度死のうとも再び生き返ることができる。


「で、『定命の者モータル』はイモータルって言葉ができた後に『そうではない者』を指す言葉が必要ってんで、できた呼び方ね」


 当然、モータルは死んだら死ぬ。リアルでのわたしたちのように。こここそが彼らのリアルなのだから。


「……となると、イモータルってすっごく迷惑で不気味な存在だよね。モータルからするとさ」


「しかも、意味不明なスラングを喋ると来た。つまり、ゲーム用語とかシステム用語とか、この世界の『外』の言葉ね。これって結構なホラーよ」


 これではわたしたち、異世界を荒らしに来た迷惑宇宙人ではないか。


「ね。こういうゲームって、強い人を倒すのが目的なの? 魔王の呪いを解き明かすとか、隠されたお宝を探すとか、そういう楽しみ方もあるんだよね?」


「よくぞ聞いてくれました」


 ラカがこちらにぐいっと顔を近づける。


「この旧魔王領を大国が我先に開拓してるのは、土地や資源を手に入れるため。……でも、それは表向きの理由。もっと欲しがってるのは〈魔王ビュレイストの遺産〉なの」


 ビュレイストは〈人魔大戦ジ・インカージョン〉で御使いに討伐された魔王の名前だ。


「〈遺産〉にはこの世の法則を捻じ曲げるほどの力が宿ってて、それが旧魔王領のあちこちに散らばってるって噂よ」


「じゃあ、もしその〈遺産〉をイモータルが見つけちゃったら、世界の大事件になるね」


「まさにそれよ。あたしの目指してるところはさ」


 ラカの目がきらきらと輝く。『あの夜』、ふたりで見た星のように。


「ゲームが始まって一か月。廃人は寝る間も惜しんで攻略。なのに、旧魔王領には未だ謎がいっぱい。〈遺産〉はその鍵になってるはずよ。後発のあたしらが秘密を解き明かすチャンスだってあるわ」


 そのとき、歴史にわたしとラカの名前が残るのだ。

 ラカの熱意が伝わって、わたしもうんうんと力強く頷く。


 初めての撃って撃たれては想像以上に怖かったし、これから覚えなきゃいけないこともたくさんある。ゲームと言えども勉強と同じだと思い始めていたところだった。


 だけど、今は目標が見える。ラカが見せてくれた。


 銃やナイフの腕を磨いて、ギャングなんて目ではないくらい強くなって、リアルでは絶対にできない冒険をラカと体験したい。


「〈魔王ビュレイストの遺産〉、わたしたちで見つけちゃおうよ」


「よし来た。ネネならこのロマン、わかってくれると思ってたわ」


 ラカが残り少なくなったミルクのジョッキを軽く持ち上げる。


 わたしも同じようにジョッキを掲げ、からん! 〈フルハウス〉にグラスを打ち合わせる音が心地よく響いた。


 ごくっ、ごくっ、ぷはっ。わたしたちはミルクを飲み干し、ジョッキをどんと置いた。


「いやあ、食った食った」


「ごちそうさまでした」


「そんじゃま、食後の運動と行きます?」


「うん!」


 冒険を求めて意気揚々と〈フルハウス〉を後にする――その前に。

 ラカがきゅっと立ち止まり、お友達とカードを楽しんでいたナンパなお兄さんに声をかけた。


「へい、兄さん方。どこかで会ったらまたよろしくね!」


 この『またよろしく』は『何度でも奢らせる』の意。お兄さんはすっかり顔を青ざめさせてしまった。


 まあ、一応、この人のお金でおいしい料理を頂いたワケだし?

 わたしは軽くジェスチャーだけでお礼しておく。次会うまでに、ひと睨みで黙らせるくらい強くなってるからね。

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