[01-04] 初めてのクエスト

 ラカは〈サルーン・フルハウス〉の裏手に愛馬を繋いでいた。


 艶やかな鹿毛かげと立派な体つき。初めて間近で見た馬の逞しさにびっくりしたけれど、『おや、そちらはどなたですか?』と言いたげなつぶらな瞳に胸がきゅん。


 わたしは思わず駆け寄って、ジェイソンさんがしていたように首の辺りをなでなでする。


「わあ、可愛い! いい子いい子~」


 その様子を眺めていたラカがぼそりと、


「あんたが可愛いかよ……」


 ……こほん。恥ずかしいところをお見せしました。


 旅の荷物を運ぶための鞍にはホルスターも備わっている。ラカはそこに持ち歩いていたライフルを納め、愛馬のことを紹介してくれた。


「この子はスモーキー。今までの相棒で一番賢くて、頼れる馬よ」


「『今まで』って……いっぱい飼ってるの?」


「悪徳が栄えてる世界だからね。寿命っていうか、ほら、アレ」


 ラカは歯切れ悪くも語ってくれた。


「最初の子は流れ弾に当たっちゃって。二番目の子はモンスターの襲撃で逃亡。三番目の子はあたしが死んで復帰待ちの間に行方不明。で、四番目がこの子になるのよ」


「……動物って可愛いけど、そういう怖さもあるよね」


「まーねー。できれば長く付き合いたいけどねー。あまり愛着を持ちすぎるのもねー」


 ラカに撫でてもらうと、スモーキーは嬉しそうにふすふすと鼻を鳴らした。これでは愛着を持つなというほうが無理な話である。


 スモーキーを連れて歩くラカは人々の注目の的だった。


 ストリートを出歩くイモータルはレベル10以下の初心者が多い中で、ひとりレベル40を超えているのだから当然だ。


 隣に立つわたしもつい胸を張ってしまう。そしてすぐにがっくりしてしまう。……うーむ、大きさの違いが明らか。


「とりあえず、あたしがいないときでもレベル上げと金策ができるように、クエの受け方を教えとくわ――って、どこ見てるの」


「あ、ごめん、聞いてなかった。『クエ』って何? 鳥か魚の名前?」


「クエストよ。雑用とか揉め事解決とかの依頼のこと」


 ああ、そういえば。


 わたしは視界に表示されたままのタスクリストの存在を思い出す。縮小されていたUIが意識しただけで拡大された。


《チュートリアル:クエスト掲示板を探そう》


 サルーンへ向かう前から受けていた指示だ。確か、この世界で生活するにはお金が必要で……それでクエストを受ける必要があるんだっけ。


「チュートリアルもクエスト掲示板を探すところで止まってるよ」


「多分、『クエを受けるならそこで』って教わるだろうけど、モータルとの会話の流れで仕事を請け負うこともあるわ。どんどんコミュニケーションを取るように」


「はい、先生」


 クエスト掲示板はどの町でも保安官事務所や交易所に設置されているらしい。駅馬車や電信などによって情報が伝わり、クエストの依頼書がしたためられるのである。


〈カディアン〉の場合は交易所に設置されていた。


 イモータル・モータルを問わず、仕事を探している人たちが集まっている。小柄なわたしはよいしょとつま先立ちして、貼り出されている依頼書を覗き込む。


「〈馬車の護衛〉〈仇を討って〉〈借金の取り立てを〉〈あの人の行方を捜しています〉。……どれも大変そうだなあ」


「違う町に派遣させられる系のクエは旅のついでに受けとくと楽よ。アレなんか楽でいいんじゃない?」


「〈鹿の毛皮の納品〉?」


「狩猟はエルフとセリアノの得意分野だからね。ネネの初期スキルを伸ばすのにも合ってると思うわ」


「じゃあ、それにしてみる」


 ずっと後回しにしていたチュートリアルの続きが始まった。


《依頼書から得たクエスト情報はクエストウィンドウからいつでも閲覧できます。目的達成に向けて何をすべきか迷ったときは、この情報を参照してみてください》


 依頼書をちゃんと読み通して掲示板を離れると――本当だ。クエストウィンドウには今読んだ物と一字一句同じ文章が記録されている。


「えっと、〈クエスト:鹿の毛皮の納品〉。カディアン周辺の森に棲息する〈ルオノランド・ディアー〉を狩猟し、剥いだ毛皮を交易所に持ってく。報酬は毛皮一枚あたり〈100ルオノランド・ビル〉だってさ」


 文中に頻出している『ルオノランド』は、ここ、旧魔王領南西部に進出している国の名前だ。


 報酬を聞いて、ラカは「そんなもんか」と呟く。


「リボルバーの弾が一発〈5ビル〉ってトコだから、二十発以内に仕留めれば元が取れるわね」


「待って。人の命、安くない!?」


 ラカはわたしの驚き様にふっとカッコつけて笑った。


「『旧魔王領では命の値段を問うな』ってね。ここで最も価値があるのは商品なのよ。だから、大金を稼ぐつもりなら交易会社絡みのクエがいいわ。その分、失敗時の罰則もきつくなるけどね」


 旅費がクライアント持ちになるので、ほぼ雇われ状態のイモータルも多いのだとか。


「そうそう。同じ名前、同じ場所のクエでも、ご時世によって報酬が変動することは頭に入れといて。毛皮だったら冬に高騰するし、町の周りにギャングやモンスターがうろついてるってのも要因になるから」


 普通ならリスクを考えて仕事を選ぶところだけど、危険をかえりみないのがイモータルだ。むしろ、相応の対価を支払ってもらえると考えるらしい。


「逆に、品物の在庫が余り気味だと安く買い叩かれるから注意。なるべくライバルが少ないクエを受けるのが金策のコツね」


 おや。周りのプレイヤーもわたしたちの近くに来て、ラカの話に聞き耳を立てている。わたしと同じ初心者さんがヒントを欲しているのだ。


 ラカも気づいてか気づかないでか、『うまい話』についても言及する。


「報酬が爆上がりするケースだと、こういうのもあるわ。狩猟対象が絶滅危惧種の場合。超レアアイテムの納品ってことね」


「……あの、それって、大丈夫なの?」


「もちろん、大丈夫じゃない。エリアごとに定められた保護条例を無視して狩猟するワケだから、要はよね。めでたく賞金首デビューよ」


荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉がサービス開始した直後、イモータルたちが我先にと狩猟したせいで何種かの動物が絶滅しかけた。


 モータルの執政者たちは慌てて条例を定めたのだけど、それに気づかなかった大半が犯罪者になってしまった。すると今度は、その犯罪者を狩る大捕り物イベントに突入したそうな。


「以来、低難易度の納品クエは初心者に残しとくって暗黙のルールができたんだってさ」


「大助かりだよ。先輩方に感謝しなきゃね」


「つって、もっといい稼ぎがあるってオチなんだけど。行き着く先はハイリスクハイリターンな災害級モンスターの討伐か、伝説級賞金首との決闘よ」


 わたしも何か生業なりわいを見つけるとしたら、どういうのがいいのだろう。想像を膨らませるには、もっと世界のことを知らなくちゃだ。

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