[01-05] 冒険の前の準備
「クエが決まったら、次は身支度ね。とにかく〈855〉よりまともな銃と使う弾を買わないとだけど、それには口径をちゃんとチェックしとくのよ」
「そんなに違うの? 構えたときに変わるとか?」
「そ。いい銃ほど悪党どもの怯える顔がよく見える――って、その光景じゃなくて」
ラカ、苦笑い。
「銃口の直径よ。銃によって、使う弾の大きさが違うの」
「そうなんだ――あ! ギャングが使ってた銃を拾ってきてるよ!」
ポーチを開いて銃を見せると、ラカが「おっ」と声を上げた。
「〈ケルニス〉の〈67〉じゃん。それ、序盤の装備としては強いのよ」
「でも、後ろの数字は〈ラーヴェン〉のほうが大きいよね?」
「それは製造年を表してるの。たまに型番なこともあるけどね」
つまり、〈ラーヴェン855〉は855年。〈ケルニス67〉は867年――12年も開きがあったら、型落ちもいいところだよ!
もっと言えば今は885年の設定なので、後者だって古い銃になる。
「じゃあ、こっちに弾を移して……」
わたしは〈ラーヴェン855〉に使っていた弾薬を〈ケルニス67〉に装填しようとした。しかし、薬莢がシリンダーの穴に引っかかって、どうしても入ってくれない。
「あっ。これが口径の違いかあ」
よくよく銃を見比べてみると、口径や重量などの細かいスペック情報が表示された。銃の名前や形で覚える必要はなさそうで、ちょっと安心。
〈ラーヴェン855〉は40口径で、〈ケルニス67〉は38口径、と……。
「あれ。攻撃力は〈ラーヴェン855〉のほうが高いんだね?」
「口径が大きいほど威力と反動が強くなるように設定されてるの。逆に小さければ扱いやすいけど、アーマーを抜けないってデメリットがあるわ。どっちを使うかは、自分のステ次第ね」
非力なわたしには〈ケルニス67〉のほうが手に馴染む、ということらしい。
ラカは不要になった〈ラーヴェン855〉を指差す。
「いらなくなった武器は鍛冶屋でも雑貨屋でも引き取ってもらえるし、他のプレイヤーに売り渡してもいいわ。超レアな銃だったら、それだけで家が買えるかも。〈ラーヴェン855〉は……おやつを買えるかも怪しいわね」
「まあ、最初からもらえる銃だもんね……」
がっかりするわたしに、ラカは両手を鉄砲の形にした。
「二丁拳銃もできるわよ。ばんばんばん! って交互に撃つの」
「あ、それカッコいい!」
わたしの頭の中で妄想が広がる。
大勢の敵に囲まれても不敵な笑みを浮かべ、左右の手に携えた〈ラーヴェン855〉と〈ケルニス67〉で返り討ちに――
……実際にやったら、銃の反動に振り回されて狙いが定まらず、誰も倒せなくてあわあわするんだろうなあ。
「やっぱり、しばらくは〈ケルニス67〉ひとつで練習するよ」
「オーケー。もっといいヤツ手に入れて、どんどん乗り換えてきましょ」
ということで、雑貨屋さんに到着。
からんからん、と心地いいベルの音で、カウンターで新聞を読んでいた店長さんが顔を上げた。先ほどサルーンへの道を教えてくれたおばさんだ。
「やあ、あんたか。〈フルハウス〉はわかったかい?」
「おかげで友達と合流できたよ。ありがと、おばさん」
わたしたちの会話を聞いて状況を察したラカも、ガンスリンガーらしくハットを軽く摘まんでお辞儀した。
「あたしからも感謝するよ、おばさん」
おばさんはわたしたちに朗らかな笑顔を向ける。
「礼なら何か買っておくんな」
それもそうだ。
お店の商品を見ると、値段が表示される。食べ物の缶詰や防寒着、ライフルやショットガン。おばさんが読んでいた新聞も積まれていた。
わあ、このチャームなんて可愛いかも。
ふらふらと棚に引き寄せられるわたしの手を、ラカがぐいっと引き留めた。
「まずはインベントリの整理をしましょ」
「……イベント鳥?」
「イン、ベン、トリ。鞄だったり箱だったり、『入れ物』を開ければ中身がずらっと表示されるでしょ? それのことよ」
ゲーム世界はとても便利である。こんな能力がリアルに備わっていたら、探し物に困ることはないだろう。
「そしたら、〈ラーヴェン855〉と40口径用の弾をカウンターに出して」
お~。インベントリから意識してアイテムを選択すると、わたしの手がポーチの底に散らばった弾薬をかき集めてくれた。モーションアシストが働いているのだろうか。楽ちん楽ちん。
ただし、他の動作を考えると手が止まってしまう。チュートリアルの時みたいに慌てていたら、スムーズに動けないだろう。
カウンターのお皿に弾薬をじゃらじゃらと入れ、続いて〈ラーヴェン855〉もごとんと置く。
おばさんはお粗末な銃を見て「ふうむ」と唸った。
「これを売りたいのかい?」
「うん。できるかな?」
「まあ、とりあえず見てみようじゃないか」
そう言って、エプロンのポケットに挟んでいた曇った眼鏡をかけ、銃と弾薬の査定を始める。お値段やいかに。
が、結果を待つ間もなく、おばさんが深いため息をつく。
「これねえ……よく持ち込まれるんだよ。〈ラーヴェン855〉は〈5ビル〉。弾のほうは全部で〈10ビル〉だねえ」
弾薬のほうが高くなるなんて。これが在庫だだ余り状態かあ。
よれよれの〈10ビル紙幣〉一枚と〈1ビル紙幣〉五枚をその場で渡してもらう。まさか『おやつを買えるかどうか』が冗談ではなかったなんて。
「そういえば、ジェイソンさんからも報酬を分けてもらったんだよね。……って、〈2000ビル〉も貰ってる! お金持ちじゃん、わたし!」
大興奮のわたしを見て、ラカがくすりと笑う。
「それ、チュートのクリア報酬よ。みんな貰ってるから」
「なあんだ」
富豪気分はおしまい。まあ、スタートに格差があったら、とても公平とは言えないもんね。
それからラカは、棚に並ぶ色とりどりな紙箱を指差した。
「弾は基本、箱買いね。ひと箱五十発だから、クエストには十分なはず」
「だといいけど。〈38口径リボルバー・ノーマル弾〉の箱、ひとつください」
ちなみに、『ノーマル弾』というだけあって特殊な弾薬も存在するらしい。お値段割り増しなので、ラカでも普段は使わないそうだ。
おばさんは棚から下ろした紙箱をわたしの前にどんと置いた。
「ひとつ〈250ビル〉だよ」
お財布から取り出した〈100ビル紙幣〉三枚を渡し、お釣りを貰う。アマルガルム族のネネ、初めてのお買い物である。
弾薬箱はビスケットの箱みたいだ。……ただし、詰まっているのは火薬。それを考えると怖くなって、さっさとポーチに突っ込んだ。
ラカは店内をざっと見回しながら話す。
「町から離れるなら携行食は必須よ。今回はあたしが持ってるのを分けてあげる。サルーンで結構食べたし、狩場は近いみたいだから、それで足りると思うわ」
「ありがと。他に必要なのはある?」
「毛皮をまとめるロープが必要だろうけど、それもあたしが持ってるからオッケー」
至れり尽くせりなラカ・サポートセンターである。ほとんど甘える形になってしまったけど、準備完了だ。
「お邪魔しましたー」
「気をつけるんだよ」
と、おばさんに見送られて雑貨屋を後にする。
いよいよ出発だ。ラカがスモーキーに颯爽と跨り、ぼけっと立ち尽くすわたしに手を差し出した。
「ほら、後ろ乗りな」
「わたし、馬って初めてなんだけど」
「乗っちゃいさえすれば〈騎乗〉スキルが見習いになるから、後はアシスト任せで大丈夫。それに、この子は振り落としたりしないわ。ちゃんと、ネネがあたしの相棒だってわかってる」
それなら、スモーキーを信じよう。
ラカに引き上げてもらい、筋骨隆々とした背中をよじ登る。なんとか鞍に座ることはできたものの――
「わっ」
馬上の揺れにびっくりして、思わずラカの背中にしがみついてしまった。
「ご、ごめん。……慣れるまでこうしていい?」
「構いません、姫。わたくしにしっかりとお掴まりくださいませ」
「ちょっと。何、声を作ってるのさ」
「やー、なかなかいい気分だなって」
「もうっ。人の弱みにつけ込むなんて、ひどい王子様っ」
頬を膨らませるわたしに、ラカはますます大笑いする。
意地悪なご主人様とは正反対にわたしを気遣ってか、スモーキーはのんびり歩き出してくれるのだった。
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