[01-01] ラカ・ピエリス

 ジェイムズさんと別れた後も、わたしの視界にはチュートリアル・ガイドが表示されていた。往来の邪魔にならないようにストリートの端で文字を読む。


《これまでの行動に使用したスキルが成長しています。それに伴い、関連ステータスも上昇しました》


《スキルレベルとステータスの総合スコアから、あなたのキャラクターレベルが算出されます。千里の道も一歩から。地道な研鑽があなたを強くするのです》


 チュートリアルはさらに続いた。


《この世界で生き抜くには、何かと金銭が入り用になるでしょう》


《金銭はクエストの報酬などで獲得できます。クエスト掲示板を探しましょう》


 本来なら指示に沿ってゲームの基本を学んでいくのだろう。

 けれど、わたしはそれを一旦後回しにして、親友との待ち合わせを優先することにした。


「『サルーン』はどこかな」


 ここ、カディアンは大都市ではないが、メインストリートにはずらりとお店が並んでいる。


 他の町から流れてきた商品を売買する交易所。

 銃の修理や改造を請け負う鍛冶屋。

 生活必需品だけでなく銃や弾薬も取り揃えている雑貨屋。

 オシャレを楽しめる衣服屋。


 しかし、わたしが探しているお店はメインストリートにはないようだった。


「そもそも、『サルーン』ってなんだろ」


 闇雲に探すより、町の人に尋ねたほうが早そうだ。雑貨屋のポーチを箒で掃いているおばさんに声をかけよう。ジェイムズさんの教えを踏まえ――こほん。


「あのう、〈サルーン・フルハウス〉ってどこにあるのかな」


「それなら、あそこの角を曲がったところにあるよ。しかし、なんだってあんたみたいな子がゴロツキどもの集まる店を探してるんだい?」


「友達と待ち合わせしてるんだ。一応、わたしもゴロツキ見習いなの」


「はっはっは、こりゃ恐ろしい。さっさと行っちまいな」


「うん! ありがと、おばさん!」


 わたしはぺこりとお辞儀をして、教えてもらった横道を曲がった。


 看板はすぐに見つかった。ショットグラスとトランプの絵。『SaloonサルーンFullhouseフルハウス』の文字。ここで間違いなさそうだ。


 スイングドアの出入口からは、アルコールの匂いがぷんと漂ってくる。『サルーン』って、バーのことだったんだ。……って、未成年が入っていい場所なの?


 疑問はありつつも、わたしはドアを手で押した。


 蝶番ちょうつがいのぎいぃと鳴る音で、楽しげな笑い声がぴたりと止む。き、気まずい……。


 お店の内装はあまりぎらぎらしていない。


 丸テーブル。小さなピアノ。バーカウンターとお酒の瓶がたくさん並んだ棚。もうちょっと綺麗に掃除されていたら、『いい雰囲気のお店だ』と言えたのに。


 お客さんにはガンスリンガーが多い。プレイヤーとモータル、老若男女が同じテーブルの席に着いてトランプを遊んでいた。


 お酒や料理を運ぶウェイトレスさんはやたらセクシーなドレスで着飾っている。こちらはみんなモータルだ。わたしにぱちりとウインクする。


 それでようやく気づいた。

 ここ、オトナのお店だ。


 お客さんたちはわたしが通り過ぎるたびにひそひそと囁く。


「セリアノだ」


「見ろよ。よちよちの子犬ちゃんだぞ」


 うう……もっといい待ち合わせ場所はなかったのだろうか。


 誰が親友なのか、全然わからない。わたしがリアルと違う姿であるように、親友も変身しているに違いない。それならそうと声をかけてくれたらいいのに。


 わたしはカウンターに飛びつき、寡黙そうなマスターさんに助けを求める。


「友達が来ているはずなんだけど……」


 だが、わたしの声は静まり返ったサルーンによく響いてしまった。途端、お店がげらげら笑いに包まれる。


 若い男性がおどけて手を振る。


「お友達を探してるって? それって俺のこと? きみ、新参者ニュービー? 色々教えてあげようか?」


 ウェイトレスさんが煽情的にスカートをひらひらさせ、綺麗なおみ足を披露する。


「私とお友達になりましょうよ。二階でイイコトして、あ・げ・る」


 鼻が赤くなるほどべろんべろんに酔っ払ったおじいさんが、ショットグラスを高々と掲げる。


「こっちにおいで! ワシと一緒に飲もうではないか! ……なんじゃ、子供か。ミルクでもどうかね!?」


 ……わたし、今、すんごい洗礼を受けてる気がする。後、すんごいしかめっ面になってる気もする。


 追い打ちとばかりに、マスターさんがわたしの前にジョッキをごとんと置いた。ミルクがなみなみと注がれている。


「あの、頼んでないけど」


「奢りだそうだ」


 マスターさんが顎で示した人を、わたしはむっと睨む。

 ……が、すぐに目を丸くしてしまった。


 さらさらロングストレートの金髪が映える、横顔でも美人とわかる女の子だ。尖った耳はエルフのわかりやすい特徴である。


 カウンターの端っこで、ピーナッツをおつまみにミルクをぐびぐびと飲んでいる。とても堂々とした振る舞いだ。


 黒ジャケットに黒ハットという装いに、アクセントとして赤いスカーフを首に巻いている。耳にいくつも着けた銀のイヤーカフと言い、パンクロッカーみたい。


 しかし、この女の子もまた、まごうことなきガンスリンガーだ。


 ガンベルトのリボルバー。カウンターに立てかけたライフル。どちらも見事な装飾で、わたしが持っている安物とは明らかに違う。


 そういえば、親友は『エルフのライフル使い』って言ってたっけ――


「あ」


 ようやく気がついたわたしに、女の子は笑い声を我慢するのももう限界という表情で振り返った。


「やっ、ネネ。待ってたよ~」


「そ――ラカ!」


「……あんた今、リアルネームをぶっぱしそうになった?」


 なんのことやら。まあ、親友が『ラカ』というプレイヤーネームで遊んでいることをぎりぎり思い出したのは確か。


 他に知っておくべきことはあるだろうか。ラカの情報を覗いてみる。


《ラカ・ピエリス》

《イモータル:エルフ》

《Lv:42》


 ちゃんとフルネームを作ってるんだなあ。わたしも何か考えておけばよかっ――


「って、レベル42!? け、結構遊んでるんだね」


 このサルーンにいるプレイヤーどころか、今までで見たプレイヤーの誰よりも遥かにレベルが高い。


 なのに、ラカはがっくりと肩を落とすのだった。


「あたしなんてまだまだ。レベル40代でプレイヤー全体の二割らしいからね。レベル50以上はほんのひと握り。壁は厚いや」


「ゲームが始まって、まだ一か月だっけ」


「うん。一か月」


「……ラカが始めたのは二週間前って言ってたよね? それで二割に入ってるなんて、すごいことなんじゃないの?」


 ラカは「ははっ」と笑い飛ばした。少し誇らしげに。


「ヘビーゲーマーの数がそんなもんってこと。リアルのごたごたさえなければ、もっと上を目指せたのに」


 何やらハードボイルドな雰囲気を醸し出しているけれど、『リアルのごたごた』とは学校の中間試験のことである。


 わたしとラカは、同い年の幼馴染だ。

 幼稚園児の頃から仲良しで、何をするにもずっと一緒だった。


 でも、小学四年生の春、ラカのおうちの引越しで離れ離れに。


 そのときに事件があった――というか、起こしてしまった――のだけど、それはさておき、わたしたちの友情はVRサービス上でも相変わらず続いている。


 ただし、ゲーム経験者のラカと違い、わたしは初挑戦。


 高校入学祝いに高性能なVRシミュレーターを買ってもらったことを話したら、この〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉に勧誘されたのである。


 ファンタジー小説好きなわたしにとって、冒険の疑似体験にはかねてから興味を持っていた。


 けれど、一番大きな理由は、ラカがわたしの知らない世界を旅しているから――


 仲よく談笑するわたしたちの姿を見て、さっきまではやし立てていたお客さんたちが沈黙している。


 静けさに気づいたラカが、とびっきり明るい笑顔で振り返った。


「へい! 今日は親友の記念すべき冒険初日よ! 盛大にお祝いしてちょうだい!」


 かと思ったら、いきなり無表情。ぞっとするほど低い声。


「酔っ払いじじい、あんたも酔い覚ましにミルクを飲んだらどう? ウェイトレス、あたしの親友に色目を使うんじゃないわよ。それから、とんずら決めようとしてるチキン野郎! 背中に風穴開けられたくなきゃ、あたしらにメシを奢りなっ!」


 混沌としたサルーンに女王様の君臨。全員が従順に頷いた。

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