第1話:森に潜むギャング
[01-00] 待ち伏せ
〈ルオノランド領:カディアン〉からほど近いどこかで――
男たちの野太い談笑が丸太小屋に響く。
テーブルを囲み、カードに興じているのだ。
観客は
その騒ぎには参加せず、窓の外を眺める男がひとり。
男は咥えたタバコにマッチで火をつける。その際にコートの袖がずるっと落ち、手首のタトゥーが
目と牙をぎらつかせた、凶暴な
「ふー……」
煙を吐き出す男の名はクェルドス。こめかみから生えた小さな角は、ドラウの母とヒュマニスの父を持つ
クェルドスの出生に『異種族の壁を乗り越えた大恋愛』などというロマンチックな物語は存在しない。
戦争末期、ドラウの母がヒュマニスの村を襲い、男たちを奴隷にした。その中のひとりがクェルドスの父だったのだ。
クェルドスは父と母の顔を知らない。
父は長い奴隷生活の末、自分の首に縄をかけたらしい。子供がいることも知らず。
母には抱かれたこともない。出産、即、奴隷の飼育役に引き渡されたから。
では、なぜこのことを知っているのかと言えば、これも簡単な話。『兄』たちから聞かされたのである。
クェルドスは父のように絶望しなかった。
飼育役の隙を見て脱走すると、それからは生きるために盗みや殺しを働いた。気がつけば、自分の後をついてくる『弟』たちが増えていた。
北部では少々有名になりすぎて、南西部の辺境――つまりこの地へと逃亡。
そんなクェルドス率いるギャング団の隠れ家に、舎弟のひとりが慌ただしく駆け込んできた。
「あ、兄貴! アンソニーたちが殺られました!」
「……は?」
「荷馬車を襲おうとして……そしたら中に、とんでもなく強いヤツが! あっという間に四人が撃たれて……アンソニーなんて小娘にナイフを投げつけられて!」
クェルドスの額に血管が浮く。平静を保てず、舎弟にタバコを投げつける。
「アホか!? どうして勝手なことをした! イモータルどもが寄ってきたらどうする! ヤツら、ハエのようにたかってくるぞ!?」
がなり立てても怒りは収まらず、クェルドスはホルスターから愛銃を抜き放った。
大口径のリボルバーを突きつけられ、舎弟は「ひえっ」と身を竦ませる。
気まずい沈黙。仲間が粛清されるとあっても、他の兄弟たちは黙って見ているだけだ。
クェルドスはトリガーを指でとんとん叩き――
「銃声を鳴らすワケにはいかねえ」
嘆息とともに銃を下ろし、舎弟たちを見渡す。
「いいか! 俺たちは『仕事』の最中なんだぞ。これがうまくいったら、一生遊んで暮らせる大金が手に入るんだ。つまらないミスで自分の首を絞めるんじゃねえ!」
と、説教していたところにまたもポーチを駆け上がってくる足音。ドアがばんと開け放たれ、見張りに出ていたはずの舎弟が飛び込んできた。
「兄貴!」
「今度はなんだ!?」
「えっ、あっ、……例の馬車が来やしたけど……」
その報告に、クェルドスはにたりと口を歪ませる。
「よし、やっといい知らせが来たな。お前ら、ついてこい!」
舎弟たちに任せていたら、またどんなヘマをしでかすかわかったものではない。依頼主からは面倒な注文をつけられているのだ。
大股に隠れ家から出ていくクェルドスの後を、舎弟たちが忙しなく追いかける。
丸太小屋の外には森が四方に広がっていた。開拓前に使われていた木こりたちの仕事場をクェルドスたちが再利用しているのである。
林道を見渡せる位置についたクェルドスは、舎弟たちを集めて囁く。
「中の客には傷ひとつつけるんじゃないぞ。その場合、お前らを殺すのは俺じゃなく、あの『女』になるからな」
舎弟たちはごくりと喉を鳴らした。
彼らの前に突如現れたあの『女』は、仲間のひとりをあっさりと、それもむごたらしく殺してみせた。その光景を思い出したのだ。
間もなく道の向こうから馬車が現れる。旧魔王領では珍しい、貴族御用達の高級馬車である。御者台には護衛も同乗していた。
クェルドスはライフル使いを手招きし、その銃を奪い取る。
「貸せ」
〈シルバースターR873〉。
トリガーガードをレバーのように前後することで空薬莢の排出を行い、さらに銃身下部の
手早く銃の状態を確認し終えたクェルドスは、近づいてくる馬車の音を聞き、深呼吸も精神集中もなしにライフルを構えた。
だぁん! ただの一発で、護衛が体をぐらりと傾かせ、馬車から落ちる。
御者は馬を止めるのではなく、鞭を打って加速させた。
いい判断だが、無駄な足掻きだ。逃がすものかよ。
クェルドスはレバーをじゃこっと動かし、次弾装填。流れるように御者の額を狙った。
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