[00-05] 不滅の者

「し……死んじゃったの……?」


 そういうゲームとはいえ、ついでに正当防衛とはいえ、人を殺してしまった。じ、自首したほうがいいのかな? それとも逃げたほうが――


 放心状態のわたしに、誰かがすぐ近くで怒鳴った。


「気を抜くな! まだいるぞ!」


「えっ!?」


 声に振り返ると、突きつけられたリボルバーの銃口がまず目に入った。思わず背筋を伸ばしてハンズアップ。


「違う、後ろだ後ろ!」


 わたしに『どけ』とリボルバーを軽く動かすのは、無傷のジェイムズさんだった。


「……逃げられたか」


 どうやら、後方の茂みにギャングがひとり隠れていたようだ。

 仲間が倒され、勝ち目なしと判断してくれたのだろう。森の奥へと消えていく影が見えた。


 そんなにわたしを恐れたのか――当然、違う。


 ジェイムズさんの後ろには四人分の死体がばたばた転がっていた。本当にひとりでやっつけてしまったのだ。


「すごい……」


「言っただろう? 俺は凄腕だって」


 足手纏いがひとりいても、なんとかなるものだ。今度こそ体から力が抜ける。狼の耳と尻尾もへなっと垂れた。


 ジェイムズさんは、この騒ぎで動揺している馬たちの体をぽんぽんと優しく叩く。


「感心しないな。アマルガルム族のくせに、殺しは初めてだったのか?」


「『くせに』?」


「よそ者を捕まえては首を掻っ切って柱に吊るし、生きながらにして狼の餌にする部族、と聞いているが?」


「ええっ!? アマルガルム族って、そうなんですか!?」


「…………」


 ジェイムズさんは気の毒そうに目を細め、かぶりを大きく振った。


「すまない。立ち入ったことを訊いた。お前さんも大変だな」


 ワケありの旅人だと勘違いされてしまったらしい。これは……アマルガルム族について調べる必要がありそうだ。


「気に病むな。こいつらを殺らなきゃ、くたばっていたのは俺たちだったんだ」


「罪には問われないんですか?」


「むしろ保安官に感謝されるだろうな。こういう手合いは他でも悪さしているもんだ」


 ちなみに、この『保安官』という人が旧魔王領での警察的存在なんだとか。厳密には警察官と保安官は違う役職なのだけど、そこは割愛。


 お馬さんを落ち着かせたジェイムズさんは、近くに転がっていたギャングの死体を足で蹴り、ごろんと仰向けにさせる。


「……知っているヤツはいない、か。俺狙いではなさそうだな」


 全員の顔を改めたジェイムズさんは、今になって気づいたという様子でわたしを見た。


「お前さん、さては『不滅の者イモータル』だな?」


 聞き慣れない言葉に、わたしは首を傾げる。語感はモータルに似ているけれど。


「なんですか、それ」


「イモータルは死人の塵から再生された連中のことさ。ここのところ、旧魔王領のあちこちで増えては、好き勝手に荒らし回っている。パンに生えるみたいにな」


 そこまで話してから、ジェイムズさんは大げさに肩を竦めてみせた。


「まあ、お前さんがなんだろうと俺には関係のないことだ。よお、御者。安心しな、もう終わったぞ」


 御者台の後ろには、御者さんが頭を抱えて隠れていた。

 ああ、無事でよかった。この人の命をわたしは救ったのだ。お手伝い程度の働きだとしても。


 一方で、わたしたちにやっつけられたギャングはもう二度と起き上がらない。


 このまま放置すれば、いずれ死体は腐敗し、ライフルは泥に埋まり、木の枝に引っかかったハットは鳥の巣にでも活用されるだろう。


 これが戦いの末路だ。

 一抹の虚しさに浸っていたわたしに、チュートリアルガイドが変わらぬ調子で語りかけてきた。


《倒した敵のアイテム回収を忘れないようにしましょう》


 ……悪意を感じるなあ。新入りの手をとことん汚してやろうって感じ。

 とは言え、投げちゃった銃とナイフを回収しないと。


荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉において、血や傷、肉体の欠損といったグロテスク表現は簡略化されて描写される。


 ナイフを引き抜くと、刺し傷から赤いペンキじみた液体が止め処なく溢れ出した。


「失礼します」


 形だけでも両手を合わせておいて、それから懐を探らせてもらう。


 ライフルの他には、リボルバーとナイフを装備していたみたいだ。

 コートのポケットにはタバコが入っていたけれど、これはいらない。分厚い財布には、なぜか石ころが詰められていた。


「……うん?」


 気になったのは、手首のタトゥー。

 コートの袖を捲ると、がおーっと吠えるクマの顔が出てきた。よく見れば、他のギャングの手首にも同じものがある。


 ふと、視線に気づく。

 馬車に乗ったジェイムズさんがわたしの手元を睨んでいた。この行動が誤解を招いてしまったらしい。


「指輪や首飾りには手を出すな」


 怖い声に委縮して頷くと、ジェイムズさんはちゃんと理由も教えてくれた。


「高価なブツってのは大抵アシがつく。ゆかりの者に目をつけられるぞ。余計な恨みを買いたくなければやめておけ」


 なるほど。すごくなるほど!

 このギャングからは武器だけ頂戴するとしよう。


 銃の名前は〈ケルニス67〉。


〈ラーヴェン855〉と見比べると、数字の比較がぽぽぽと表示された。

 威力は低くなるものの、命中率が飛躍的に上昇し、装弾数も六発に増える。なかなかよさそうだ。


 アイテム回収を終えたわたしに、ジェイムズさんが手を差し伸べてくれた。


「町までもう少しだ。用心しながら行こうじゃないか」


「はい!」


 と、気を引き締めたものの、二度目の襲撃はなく――

 馬車は旧魔王領最西端の町、〈ルオノランド領:カディアン〉に到着した。


「わあ……!」


 町の賑わいに、つい荷台から身を乗り出してしまう。


 舗装も何もない、地面が剥き出しのストリート。それに沿って建ち並ぶ木造家屋。その壁はペンキで塗装されていて、白や黄色、緑とカラフルだ。


 建物のそばの柵には馬が繋がれている。

 すんとした顔でご主人様を待っている子、水に入った桶に口を突っ込んでいる子と、性格が出ている。


 通行人の出で立ちや種族は様々だ。


 軽く視線を向けるだけで、それぞれの名前と情報にアクセスできる。

 ヒュマニスであればイモータルとモータルの比率は半々。それ以外の種族となると、イモータルがほとんどを占めた。


 モータルには綺麗なドレスで着飾っている人もいれば、使い古されたエプロンを着けている人もいる。みんな、この町で生活しているのだ。


 馬車は大きな建物の前で停まった。

 他にも荷馬車が何台か並んでいて、荷物の上げ下ろしをしたり、御者さん同士でタバコをぷかぷか吹かしながら休憩したりしている。


 建物に掲げられた看板によると、ここは交易所なる施設らしい。

 わたしたちは馬車から降りて、凝り固まった体を思い思いに伸ばす。


「少しお待ちください。報告してきますから」


 そう告げた御者さんがいそいそと交易所へと入っていく。しばらくして戻ってくると、その手には紙幣の束が握られていた。


「こちらが護衛の報酬になります。本当に助かりました、ジェイムズさん。もちろんお嬢さんにも感謝していますが、契約していませんので……」


 申し訳なさそうな御者さんに代わり、ジェイムズさんが札束から何枚かを抜き出してわたしに差し出した。


「何もなくとも給料は出る。不測の事態を対処すれば、追加報酬が支払われる契約だ。だから、これはお前さんの分になる。いいな?」


「えっ。わたし、たまたま乗せてもらってただけですから――」


 多分。目覚める『以前』の記憶がないので、馬車に乗った経緯がわからない。少なくとも御者さんのご厚意によるものだろう。


 しかし、ジェイムズさんは頑なにお金を押しつける。


「こういうときは素直に受け取るもんだぞ。一文無しなんだろう?」


「う」


「ほら、うまいもんでも食うんだな」


 そこまで言われたら、とおずおず受け取ったわたしに、ジェイムズさんはこんな助言もしてくれた。


「それから、あまり人の下手には出るな。いつでも自信があるように見せろ。悪いヤツらはすぐ弱みにつけ込んでくるぞ」


 そういえば、あのギャングにもわたしのパニックぶりを笑われたっけ。


「はい……じゃなくて、うん!」


「よし、いい返事だ」


 この世界で初めて出会ったのがジェイムズさんでよかった。

 チュートリアルガイド以上に大切な、旧魔王領で生き抜くガンスリンガーの振る舞いをわたしに教えてくれたのである。


「じゃあな、ネネ。世間は広いようで狭いと言うからな。またどこかで会うこともあるだろう。それまで元気でいろよ」


「わたし、もっと強くなる! 今度はジェイムズさんを助けるからね!」


「ははっ、そりゃ楽しみだ。生きる理由がまたひとつ増えたよ」


 ジェイムズさんはハットのつばを軽く摘まむと、颯爽と道の向こうへと歩き去っていった。うーん、別れ際までカッコいい。わたしも真似しよっと。


「さて、と」


 ジェイムズさんにはジェイムズさんの旅があるように、わたしにも向かわなければならないところがある。


 親友、待ちくたびれていないといいのだけど――




 これが、わたしの記念すべき第一歩。

 果てしない〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉を流離さすらう旅の始まりだった。

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