[00-02] VRMMO

荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉は『銃と魔法のファンタジー』の仮想現実VR多人数参加型MMOゲームだ。


 プロローグムービーで語られたところによると――


 舞台は異世界〈ジ・アル〉。


 かつて多様な種族がひしめき合っていた大陸は、百年以上続いた〈人魔大戦ジ・インカージョン〉によって荒れ果てていた。


 戦争の発端は、大陸中央の『魔王領』に封じられていた魔族が全世界への侵攻を始めたこと。


 彼らは卓越した膂力と超常現象を操る魔力を武器に、剣や弓で武装した人族を滅ぼしていったのである。


 この事態を阻止すべく、天上の女神がとある少女に加護を与え、『御使い』として戦場に送り込んだ。


 御使いは圧倒的な力によって魔族の戦力を削いだが、それでも戦況が一変することはなかった。


 北で御使いが奮戦すれば、南で軍隊が大打撃を受け。

 南に御使いが転戦すれば、北の防衛線が押し返され。


 人族は悟る。戦争に勝つには神や御使いに依存せず、無力な者でも持てる『力』を得なければならない、と。


 つまり、技術だ。


 人族は叡智を結集し、射程と威力、連射性にも優れる施条ライフリング式銃火器の開発と普及に成功。


 満を持して全軍挙げての反攻へと移り、破竹の勢いで魔族軍を打ち破る。領土を取り戻すどころか奪い取るに至ったのだ。


 そうしてついに、御使いが魔族の王を討伐。〈人魔大戦ジ・インカージョン〉はようやく終結を迎えたのである。


 それから二十年もの年月が経ち――世界は未だ混沌としている。


 人族は『旧魔王領』の開拓を巡って対立し、魔族は魔王に忠誠を誓う者と人族との融和を図る者とで分断。平和とはほど遠い情勢だった。


 わたしたちプレイヤーは、そんな無法地帯ウェイストランドの登場人物となって冒険するのだ。


「おー……」


 どーんとタイトルロゴが出たところでぱちぱち拍手。

 と、満足するには早すぎる。ゲームはまだ始まっていないのだから。


 わたしの足が木板の軋みを感じ取る。

 どこかに立っている。そう認識したのをきっかけに五感が働き出した。


 このゲームはフルダイブ型VRシミュレーターを用いて遊ぶ。


 VRシミュレーターは人間・仮想空間の仲介役だ。


 量子コンピューター上に構築された仮想空間には、『手触り』や『色』、『音』といった感覚刺激を含む物体オブジェクトが配置されている。


 一方、人間は思考によって仮想体アバターを操作し、物体オブジェクト接触コンタクトすることで感覚刺激を知覚する。


 刺激も、思考も、ざっくばらんに言えばだ。

 VRシミュレーターはその電気信号をお互いスムーズに受け取れるよう翻訳してくれるのである。


 おかげで、わたしたちは仮想空間を疑似的な現実としてできるワケだ。


 といっても、さすがに健康被害が出そうな強い刺激――たとえば『痛み』とか――には安全装置セーフティが働く。じゃないと、こんなゲーム遊べないよね。


 それでも物理的に繋がりのない場所に転送されたときには、膨大な情報の流入に晒されてくらっとする。暗いトンネルを抜けた瞬間と同じだ。


 五感が順応するにつれ、わたしの正面に立つ人影の輪郭がはっきりしてきた。


「……って、鏡か」


 鏡に映るわたしはリアルとほとんど同じ姿である。


 高校一年生にもなってまだ中学生と間違えられる体格。肩に届くくらいの長さで維持している髪。顔のほうは、まあ、ノーコメント。


 なのにデフォルトのコスチュームがあまりに大胆で、その似合わなさにびっくりしてしまう。動物紹介番組のお姉さんみたいな恰好だ。


 視界に文字が浮かび上がる。


《『あなた』の姿を作成してください》


 ここは古い衣服屋の試着室を模したアバターメイキングの空間らしい。

 このままの姿でもいいけれど、折角のゲームだ。自由な空想を楽しもうではないか。


 アバター作成に必要な項目一覧が表示されている。

 まずは名前の登録――そう考えると、入力欄が最前面に浮上した。


「『ネネ』、っと……」


 性別設定も女の子のままでよし。

 次に選ぶのはキャラクターの種族だ。


 これがとても悩ましい。

 異世界〈ジ・アル〉にはファンタジーならではの種族がたくさん存在していて、それぞれに身体能力や特殊技能が設定されているのだとか。


 その差異について、ゲームに疎いわたしがわかるはずもなく。ひとまず種族説明を読みながら考えようか。


 最初から選択されている『ヒュマニス』。

 リアルのわたしたちと同じヒトであり、〈ジ・アル〉の人口過半数を占める種族だ。


 平均的な能力、平均的な技能、高い社交性とあるので、『なんにでもなれる』のが長所なのだろう。


 次は『エルフ』。

 神秘的な森の奥で閉鎖的な社会を形成していた、不老長寿の種族だ。長く尖った耳がなかなかセクシーだと思う。


人魔大戦ジ・インカージョン〉では、森を守るためにヒュマニスと共闘。それがきっかけとなって外の世界に興味を持つエルフが急増したらしい。


 エルフは虚弱体質の代わりに、道具を扱う器用さ、『精霊』と交信する精神力が高い。視力と聴力が優れているのも強みである。


 その次は『セリアノ』。

 獣の精霊――『霊獣』の加護を受けた、獣の身体的特徴を持つ人である。


 たくさんの部族が存在し、住む場所も暮らしも様々なのだが、他の種族からは『セリアノ』とひと括りにされやすいとある。


 プレイヤーは用意されている出身部族からどれかひとつを選べるのだけど、


「あ、これ……いいな」


 鏡の中で起こる容姿の変化を眺めているうちに、ぴんと来るものがあった。


 他には『ドワーフ』『オーク』『ドラウ』『ドラニス』といった種族が選択できる。


 ドワーフはヒュマニスに友好的だが、エルフとは反目しがち。


 発明好きの技術者にして炭鉱の労働者でもあり、その姿は低身長ながらも筋肉もりもりだ。女の子の姿はぷにころっとしていて、マスコット的な可愛さがある。


 オークはエルフと同じ祖先を持つのに、『悪霊と交信する』『姿が醜い』という理由で森から追放された種族だ。


 あちこちで迫害を受けながら魔王領に流れ着くと、屈強な戦士として魔族に歓迎された。〈人魔大戦ジ・インカージョン〉では人族相手に大暴れだったそうだ。


 ドラウは人族に近い姿をしているが、全く異なる生物――魔族である。


 魔族でも大多数を占めるドラウは、青い肌、黒曜石のような眼球を特徴としている。長い耳はエルフのものと違って捻じれた形だ。


 体内に宿した『魔力』と呼ばれるエネルギーを放出し、爆発や落雷を引き起こすことができる。ただし、発動には長い詠唱時間を必要とする。その弱点を突くために、人族は新型ライフルを開発したのである。


 ドラニスは、ヒュマニスとドラウの混血で、両者から忌み嫌われている存在だ。純血ほどではないにしろ魔力を有している。


 現在の旧魔王領は人族社会が主で、魔族勢力を選んだ場合にはコミュニケーションが難しくなると警告されている。上級者向けの種族なのだ。


「これで全部かな……?」


 改めて考えてみよう。わたしはゲーム初心者なので、簡単そうな種族がいい。それを踏まえても、ファーストインプレッションは大事。


 ということで選んだのは、


「セリアノ!」


 である。

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