[00-03] アマルガルム族のネネ

 続いて細かい容姿の調整を行う。

 まずは信仰する霊獣から部族を選ぶ。視界に表示される動物のイメージは、どれもカッコよかったり可愛かったり。


 その中で特にわたしが気に入ったのは、『アマルガルム』という狼の霊獣だ。


 人間なんてひと呑みできそうなくらい大きくて、ごわごわの赤い体毛は威厳たっぷり。悪そうな目つきがとってもキュートである。


 霊獣を決めると、わたしの頭にぴょこんと狼の立ち耳が生えた。代わりにヒトの耳を失ったが、細かい音の聞こえ方が全然違う。聴力が上昇したのだ。


 鼻も利くようになった。部屋に満ちた木材の香りがさっきよりも濃く感じられる。おばあちゃんの家を思い出すいい匂い。


 お尻がむずむずすると思ったら、ずりゅん。ふさふさの尻尾が生え伸びた。

 ……となると、パンツはどうしても尻尾を出せる物しか履けなくなるワケで。


「大丈夫。これはゲーム。下着は見えても、それ以上はなし」


 ええい、わたしは狼少女になるのだ。恥ずかしがっていないで、どんと開き直ろうではないか!


 クローゼットには衣装のテンプレートが用意されている。

 ブラウスとショートパンツの組み合わせなんかいいかも。野性味三割増しで、耳と尻尾にも合う。


 アクセサリーは元から下げている牙の首飾りだけでいい。

 そこにフードつきのマントを加え、てるてる坊主に変身。裾がぼろぼろで、荒野の放浪者っぽくなった。


 服装はこんなところか。


 いっそ、髪色も弄ってみようかな。

 アマルガルムの毛色に見習って、黒髪にほのかな赤みを加える。肌も少し日焼けさせたら、瞳の色は透き通った緑色にしてみた。ばっちり。


 体型はこのままにする。リアルからかけ離れると、感覚の違いに悩まされるからだ。


 わたしにとっては初めてのVRゲームで、できるだけ早く操作に慣れたい。余計な苦労を負いたくなかった。


 放浪者に必需品の武器も、ここで貰えるみたいだ。

 テーブルの上に並べられているリボルバー、ライフル、ショットガンの中から、どれかひとつを選択できる。


 どれが最良かだなんてわからない。ゲームからのオススメによれば、アマルガルム族に向いているのはリボルバーかショットガンだそうな。それなら、リボルバーかな。


 棚に置いてあったガンベルトとホルスターが宙に浮き、わたしの腰にするすると巻かれた。そこにリボルバーと大きなナイフがセットされる。


 改めて鏡を覗き込んだわたしは、あまりの決まりっぷりに目を丸くした。

 すごい! どこから見ても、流しの銃使いガンスリンガーだ!


 くるっと一回転。揺れる耳と尻尾。赤髪の狼少女。

 これが〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉に降り立つ『わたし』、アマルガルム族のネネである。


「カッコいい……」


 VRサービス用のアバターは今までも色々作ったけれど、わたし史上最もワイルドなアバターの完成だ。


 最終確認も承諾すると、どこかで鐘が『がらぁん、がらぁん』と鳴り出した。


 冒険開始の合図といったところだろう。わたしは意気揚々と試着室のドアノブに手をかける。


 が、ドアは押せども引けども動かない。……これってもしかして、密室に閉じ込められてる!?


「あの! 出れないんですけど! 誰かいませんか!? もしもーし!?」


 大声で叫んでも、ドアを叩いても、反応なし。こうなったら体当たり――


 と、わたしの背中を何かがぐいっと引っ張った。

 部屋には他に誰もいなかったはず。恐る恐る振り返ったわたしは猫みたいに、いや、狼みたいに飛び上がって驚く。


 なんと、姿見の鏡面が真っ暗闇になっていた。その闇がブラックホールみたいにわたしを引きずり込もうとしているのだ。


「わあっ!?」


 抗おうとするも、わたしの軽い体はすんなり鏡に吸い込まれる。


 鏡の中は宇宙だった。あっという間に上下がわからなくなって、試着室から差し込むひと筋の光も見失ってしまう。


「ねえ! これ大丈夫!? ゲーム始まる!? みんなこうなの!?」


 我ながら情けない悲鳴が虚空に沈んでいく。手足をばたばたさせても意味がない。このまま暗闇に押し潰されるのではないか。


 そんなわたしの不安を払うように、頭の中で女性の声が響いた。


《存在の生成、及び因果律の修正、完了》

《異世界〈ジ・アル〉へようこそ、アマルガルム族のネネさん》

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