[00-04] 照準はぶれて

 その後のことはご存じのとおり。

 馬車で目覚めてすぐ、いきなりギャングが現れたのである。


「よし、ついてこい。後ろからそっと出るぞ」


 乗り合わせていたジェイムズさんは戦う気満々だ。


 自衛しなければならないのはわかっている。

 これがゲームだということもわかっている。


 けれど、リボルバーを握る手がどうしても震えてしまう。これをどうにか止めないと――


「ひいぃ、お助けを! 命だけはどうか!」


 御者さんが命乞いをする声が聞こえた。

 あの人はゲームのキャラクターだ。だというのに、その悲痛な喚き声はわたしの胸をきゅっと締めつける。


 御者さんは今、本当に生死の瀬戸際に立たされている。

 自衛するだけじゃない。他の人も助けないと。わたしの手には、それができる力が握られている。震えてなんかいられない。


 ジェイムズさんは地面に這いつくばり、馬車の下から人の足を数える。


「連中は五人。馬はいない。俺が右から出る。お前さんは左からだ。ひとりでもいいから仕留めてくれ」


「それって、ジェイムズさんが四人やっつけるってこと? 危ないですよっ」


「心配無用。俺は凄腕なんでね」


 ジェイムズさんは引き金を守る輪っかトリガーガードに指を入れ、リボルバーをくるくると回してみせた。『ガンスピン』というテクニックである。


「いち、にの、さんで、まずひとり足を撃ち抜く。そしたら行くぞ」


 わたしはこくりと頷く。


 先ほどジェイムズさんが銃の使い方を教えてくれたけど、実はゲームを始める前にも射撃チュートリアルを体験していた。


荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉に登場する銃は世紀を跨ぐほどの旧型をモデルにしているらしい。となれば、仕組みもやや複雑だ。


 銃を撃つには撃鉄ハンマーを起こし、銃口を敵に向け、引き金トリガーを引く。すると、ハンマーが弾薬カートリッジのお尻を叩いて点火。火薬の爆発によって弾丸が飛んでいく。


 次弾を発射するには再びハンマーを起こすこと。そうすれば回転弾倉シリンダーが連動してくれる。回転式拳銃リボルバーたる所以ゆえんだ。


 面倒なのは、弾丸を発射した後の弾薬――空薬莢をシリンダーから取り除くとき。


 シリンダーには爆発力を高めるための蓋がされているので、まずその装填口ローディングゲートを開ける。


 次に、銃身の下についている排莢棒エジェクターロッドを前後させて、空薬莢を外に押し出さなければならない。


 空いたところに弾薬を込め直せば、再装填リロード完了。

 ……うん。ちゃんと覚えている。


 わたしの頷きを見て、ジェイムズさんがカウントダウンを始める。


「いち、にの、さん!」


 ばんっ! リボルバーから弾丸と硝煙が吐き出された。


「ぎゃっ!」


 ギャングがどたんと倒れた。打ち合わせどおり、ジェイムズさんが駆け出す。


 わたしも逆方向から飛び出した。セリアノの身体能力のおかげで体が軽い。勢い余ってつんのめらないように加減しないと。


 馬車を挟んで反対側から、怒声と銃声がいくつも轟く。

 が、そちらを気にする余裕はない。前方にはライフルを持ったギャングが立っていた。


《アンソニー》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:5》


 目と目が合った途端、時間の流れが遅くなる。

 この土壇場でシステムボイスが囁きかけてきた。


《さあ、銃で敵を撃ちましょう。落ち着いて敵を狙い、トリガーを引いてください》


 心がどんなに焦っていても、自分も敵もゆっくりと動く。初心者のわたしには猶予が与えられているのだ。


〈ラーヴェン855〉を構え、照準をギャングの頭に合わせる。無意識に呼吸を止め、トリガーをきりきりと絞った。かちり。ハンマーが下りる。


《スキル〈拳銃 Lv1〉が発動しました》


 ばぁんっ! 銃声と同時に時間の進みが元に戻る。


 ――ところで、『射撃チュートリアルを遊んだ』とは言ったけど。


 リボルバーを三十発撃たせてもらって、そのうち二十二発が大外れ。六発が的の外側に命中。二発が中心近くにまぐれ当たりしたことを告白しよう。


 で、初めての実射はどうだったか。

 最悪だ。反動で腕が跳ね上がり、姿勢を思いっきり崩す。ぼふっと派手な硝煙が立ち昇り、わたしの嗅覚をきつく刺激した。


 発射された弾丸は標的を大きく外れ、そのまま森の奥へと消えていった。


 無傷のギャングは『残念だったな』と言いたげにほくそ笑む。こちらがへっぽこガンスリンガーとわかって嘲笑したのだ。


 わたしが慌てて次弾を発射しようとするよりも速く、ギャングがライフルを構える。


「……っ!」


 咄嗟に体を横に投げ出す。ほとんど直感だった。


 間髪遅れて銃声がしたかと思うと、

 ひうんっ! さっきまでわたしの胸があったところを弾丸が通過していく。


 かわせた! リアルじゃありえない反射神経! ナイス、わたし!


 さあ、落ち着いて反撃だ。わたしの体は思考に素早く応答、いや、考えた以上にうまく動いてくれた。


 片膝をついて〈ラーヴェン855〉を構える。

 二発目――よしっ、命中!


 でも、弾丸はギャングの左肩に当たっただけだ。倒すには至らない。


 三発目、外れ。

 四発目、外れ。

 五発目こそ――外れっ!? ウソでしょ、一発しか当たらないなんてっ!?


「それでおしまいか!?」


 ギャングが負傷した肩を庇いながらもライフルを構え直す。


 もたもたリロードしていては間に合わない。わたしは苦し紛れに〈ラーヴェン855〉そのものをギャングに投げつけた。


《スキル〈投擲 Lv2〉が発動しました》


「ぐあっ!?」


 当然そんなものでやっつけられるとは思えない。

 ギャングのに気づかず、必死でポーチの底をまさぐる。指先がじゃらっとした金属に触れた。


 掴んだのは弾薬――って、銃はさっき投げちゃったよ! もうっ!


 いや、待て。武器ならもうひとつあったではないか。腰の後ろに隠し持っていたナイフを鞘から解き放つ。


 一方、ギャングはライフルのトリガーガードをがしゃこんと操作し――機構の作動レバーを兼ねている――空薬莢を排出すると同時に次弾を装填する。


 おや、いつの間に怪我をしたのか、頭から血をだくだく流して、


「死ねや、クソガキぃ!」


 あわわ、ひどい罵倒。こんな言葉をリアルでぶつけられようものなら、泡を吹いて失神してしまうだろう。


 これでますますパニックに陥ってしまう。

 ナイフを振り回すには距離が遠すぎる。多分、攻撃はあちらのほうが速い。接近するのは間に合わない。


 わたし、いきなり死んじゃうの?

 このゲーム、難しすぎるよ! もっと手加減して!


 一か八か。ヤケを起こしたわたしは、ナイフもえいっとギャングに投げつけた。これで怯ませて、そのまま体当たりだ! そんな浅知恵だった。


 初めて違和感をはっきりと覚えたのは、そのときだ。

 ナイフを振りかぶる動作が、あまりにも洗練されている。


 リアルのわたしが、たとえばキャッチボールをしようものなら、へなちょこフォームのぼてぼてボールになってしまう。


 なのに、


《スキル〈投擲 Lv2〉が発動しました》


 手から離れたナイフは回転しながら大気を切り裂き、


「あぐっ……!?」


 敵の胸に深々と突き刺さった。

 ギャングは唖然としている。ナイフを引き抜こうとするけれど、手に力が入らないようだ。


「バカ……な……」


 こちらへよろよろと一歩、二歩。

 そこでぷっつりと電池が切れたかのように、ギャングは倒れた。

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