[02-08] どん底のオーライル
わたしたちが船外に出ると、ラカも追撃から戻ってきていた。〈ディアネッド〉の銃身を肩に預け、片手で手綱を操る姿はなんだかナイト様っぽい。
「お疲れ。再確認だけど、オーガはいなかったわね」
チェスティさんは地面にラージシールドを突き刺し、その上に手を置いてひと息ついている。
「それがしは見ておりませぬなあ。ネネ殿はいかがでするか?」
「うん、それっぽいのはいなかったよ」
ラカが軽くため息をつく。
「こいつら、やっぱ別動隊か。ってことは、本隊はもう――」
わたしたちは申し合わせたように〈オーライル〉へと目を向けた。
すでにあちらにも煙が立ち昇っている。〈オーライル〉でも戦闘が勃発したのだろう。
「エイリーン、無茶してないといいけど……」
ラカの心配そうな呟きに、チェスティさんが力強く答える。
「参りましょう! ラカ殿! ネネ殿とともに先へお行きくだされ! それがしは走っていきまする!」
「そうさせてもらうわ。ネネ!」
ラカが差し伸べてくれた手に、わたしはしっかりと掴まる。何度も〈騎乗〉したおかげで、走りかけのスモーキーにすんなり跨ることができた。
途中、町から逃げ出した人々とすれ違う。
子供の手を引くお母さん、荷車に家財道具を乗せて運ぶおじいさん。
モータルみんながわたしたちを救世主か何かのように見送る。
どうにかできるのだろうか、こんなわたしに。
町に到着しても、その重い気持ちは変わらなかった。
異世界の町を初めて訪れたときの感動。旅人と住民が行き交う賑やかな雰囲気への期待。
そんなものは一切ない。町は絶望に沈んでいた。
誰もが地べたに座り込み、笑顔を失い、
それなりに大きな町だっただろうに、北側の家々からは炎が上がっている。〈
そんな中、伯爵令嬢の声は気持ちよく響いた。
「ラカ様! ネネ様!」
エイリーンさんはわたしたちのために水の入った革袋を用意してくれていた。わたしたちはそれを回し飲みし、喉を潤わす。
水分補給は食事と同じように
「サンキュー、エイリーン。でも、遅くなってごめん」
「いいえ、あなた方は務めを果たされました。ゆえに住民を避難させられたのです。わたくしこそ負傷者を大勢出してしまい、不甲斐ないですわ……」
この町の保安官と思しきおじさんが大きくかぶりを振った。
「いやあ、そんなことありません。こちらのご令嬢には助けられました。避難だけでなく、ゴブリンどもの足止めも手伝ってもらいましてな。素晴らしいライフルの腕だ」
「武門の娘として当然の嗜みです」
とかなんとか謙遜しつつ、エイリーンさんは『ふふん』と胸を張っている。そういうところがこの〈オーライル〉でまだ希望が潰えていないと思えるのだった。
見たところ、ストリートに家具を積み上げ、簡易的なバリケードを築いたようだった。数人で敵の動きを監視している。
エイリーンさんはわたしたちをじっと見つめた。
「これからどうしますの?」
わたしたちの周りには保安官さんとその助手さん、町長さん、まだ抵抗の意志が残っている住民、低レベルのイモータルたち、さらにはセリアノの人たちが集まってきた。
ほとんどがエイリーンさんと対等に話しているラカに注目している。
例外として、セリアノたちはわたしをしげしげと観察した。
ウシの角を持つ獣人――ウズブラ族。一方、わたしは捕食者であるオオカミのアマルガルム族。奇妙な視線交流が行われた。
ラカは実に堂々としたものだ。
「当然、連中をぶちのめすわよ。町全体を見渡せる場所ってあるかしら」
保安官さんが頷いて、塔を指差す。
「それなら教会へ」
「オーケー。行きましょ、ネネ、エイリーン」
この世界で信仰されているのは、『クレアスタ』という女神様だ。
天上より地上を照らす炎。太陽、星、あるいは光そのもの。
クレアスタは神々のひとりであり、歴史上何度か降臨しては人族を救ってくれている守護神なのだとか。
神様は実在する。
近年における逸話と言えば、〈
元はただの人が、クレアスタから神の力を授けられたことで人族の救世主となったのだ。
クレアスタは、人族が魔族を滅ぼすほどの過度な干渉は行わない。魔族には魔族の神様がいるから、不可侵条約を結んでいるのである。
だから、神様にとってこの程度は力を貸すほどの苦境ではない。
ステンドグラスに描かれた美しいクレアスタ様は、呻き声が溢れる講堂を見下ろしてただほほ笑んでいるだけだ。
お医者さんや神父さんたちが負傷者の手当てで右往左往している。
治療にはウズブラ族のご老人も加わって、何やら祈祷が行われていた。
この場に渦巻く不思議な感じ、わたしのMNDでははっきり感じ取れないけれど、霊獣ウズブラの力が働いているのかもしれない。
わたしたちは螺旋階段を上って、見晴らしのいい鐘楼に出た。
そこでゴブリンたちの動向を監視していた保安官の助手さんが、わたしたちを注意深く観察する。
「あんたらは? そちらのお嬢様のお知り合いかい?」
「頼れるイモータルの用心棒ですわ」
そう即答してくれたエイリーンさんが、こちらにぱちりとウインクする。信頼度がぐっと上がっているのを感じて、わたしはほっこり。
助手さんは「ああ!」と手を打った。
「南でゴブリンどもの船が爆発していたのは、あんたらがやったのか? おかげでみんなを〈カディアン〉に逃がせたよ。うちのカミさんも助かるだろう」
ラカが「そりゃよかった」とほほ笑む。
しかし、ここにはまだ大勢のモータルが残されている。いつまた襲撃が再開するかもわからない。そもそも、どうして敵は休んでいるのだろう――
「遅れましたーッ!」
「わあっ!?」
階段をどたどたと駆け上がってきたチェスティさんの大声が、鐘に反響してわたしの耳にストライク。
水の入った革袋を片手に、チェスティさんが「おっと」と声量を下げる。
「これは失敬。あ、エイリーン殿、お水感謝いたしまする。で、どのような状況でするか?」
助手さんがチェスティさんににっこりと笑った。
「チェスティさんが仕掛けておいてくれたダイナマイトで、ヤツらの『足』を吹っ飛ばしてやったぜ!」
「おお! うまくいきましたな!」
なるほど、そういうことだったか。
チェスティさんはわたしたちを訪ねる前に迎え撃つ準備をしておいたのだ。
夕暮れで薄暗くなった今、〈オーライル〉は
襲撃者は――いたいた。壊れた北門に乗り上げるように、ゴブリン・シップが三隻。台車と船底が爆薬で破壊されている。
ゴブリンたちは打ち壊した建物の木材を使って、船をせっせと修理している。ついでとばかりに略奪した家具や食料まで集めていた。
ラカが中央の船を指差す。
「ネネ、あれがオーガよ」
双眼鏡を使わずとも、その存在を視認することができた。
人間の三倍くらい大きな体を持つモンスターが、甲板で胡坐をかいている。
緋色の肌。ぼさぼさの長い髪。額から突き出た二本の角。筋肉質の体。それを保護するツギハギコーディネートの鎧。
まるで『桃太郎』の鬼ではないか。これで金棒でも持っていたら完璧である。
チェスティさんは仇でも目にしたかのように歯軋りする。
「ゴブリン軍団を指揮する将軍気取りかッ! 〈
戦争。
そうだ。わたしたちが敗北したら、〈オーライル〉はゴブリンたちの支配下に置かれる。あるいは、町の名前すら消えるかもしれない。
次は〈カディアン〉に
わたしたちプレイヤーにはリアルがある。ゲームに生き甲斐を感じている人も大勢いるけれど、やはりここはあくまでゲームの世界なのだ。
でも、モータルは違う。
異世界〈ジ・アル〉こそがリアル。逃げ場なんてない。追い詰められれば、そこが
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