[02-09] オーライル奪還作戦

 エイリーンさんはわたしたちの顔を見比べる。


「あのオーガとやらは、イモータルでも難しい敵ですの?」


 その質問に、ラカがすらすらと答えた。


「レベル次第ね。ヤツがあたしより少し上くらいなら、人数ゴリ押しでどうにかなるわ。ただ、これだけのゴブリンを率いてるとなると、もっと高いかも……」


 ここからでは、オーガの情報を参照することはできない。もっと近づかないとだ。


「話には聞いてたけど、ここのイモータルはみんな低レベでしょ? チェスティくらいの腕がもう何人かいたらわからなかったけど――」


 ゲーム用語をかなり使っているけれど、大体の話は通じているようだ。エイリーンさんは相槌を打つ。


 そこで、ぐっと拳を振り上げたのがチェスティさんだった。


「士気は十分でする! みな、ホームタウンを守るために戦う気満々でしたぞ!」


 思い返せば、イモータルたちはどこからか引っ張り出してきたように初期装備の銃を手にしていた。


 エイリーンさんもラカの手をがしっと握る。


「必要なのは指揮官です。ラカ様が号令をお出しになれば、一丸いちがんとなって敵将を討ち取れますわ」


「勘弁してよ。あたし、そういうのガラじゃないんだって。それこそエイリーンのほうがいいじゃない。伯爵令嬢なんだからさあ」


「『イモータルを矢面に立たせよ』とはどなた様の言葉でしたかしら?」


「ぐっ……そういう意味の、矢面じゃ……」


 ふたりの押しに、ラカはたじたじだ。わたしに助けを求めて、ちらちらと視線を送ってくる。


 うーん、どうしよう。悩んだ末に、わたしは助け舟を出すことにした。……エイリーンさんとチェスティさんにね!


「ラカならできるよ」


「ネネ!?」


「ごめん。でも、ホント。初心者のわたしが今まで無傷で戦ってこられたんだよ? これってラカの作戦のおかげだと思うな」


 ラカが一生懸命首を横に振る。


「や、それはネネのセンスがいいだけだって。マジで。というか、あたしに訊かれても、誰でも思いつくようなことしか言えないわよ」


「たとえば?」


 ラカは再び鐘楼から町全体を見渡した。


「ストリートを警戒してるだけじゃ危ない、とかさ。ゴブリンだったら、家と家の間を飛び移れるでしょ? 船の修理が終わったら、一気に押し寄せてくるかも」


 よしよし、いい調子だ。わたしはさりげなくアシストする。


「周りの建物を取り壊させてもらうのはどうかな」


 ラカは自信なさげに赤いスカーフを指先で弄る。


「ううん、乱戦になるとこっちが不利だから……どうにかして分散させたほうが……」


 双眼鏡で偵察していたチェスティさんがベストタイミングでラカの考えを後押しする。


「〈カディアン〉からの援軍を待つというのも手ですが、反撃に出るならばゴブリンどもが略奪であちこち散らばっている今が好機やもしれませぬな」


 ラカはじいっとストリートを見つめ、こくりと頷いた。


「ストリートとその裏道から同時に攻め込んで、三つの正面を作る。後は気合いと根性――」


「それに、クレアスタ様のご加護があらんことを」


 エイリーンさんがお祈りのポーズを取った後に、おどけた調子でウインクした。


 そうとも、ここは教会なのだ。少しくらいはラッキーを恵んでくれたっていいでしょ、女神様。


「じゃあ……」


 ラカがゆっくりとわたしたちの顔を見渡していく。


「四つのグループに分けましょ。A隊はストリートから直進。B隊は町の東から回って、C隊は西から。D隊は少数になるけど、ここと非戦闘員を守る。で、どう?」


 チェスティさんが即座に名乗り出る。


「よろしいかと。B隊はそれがしが引き受けましょうぞ。腕は先ほどお見せしたとおり。お任せくださいませ」


「話が早くて助かるわ、チェスティ」


 よかった。作戦は大体まとまったようだ。後は、わたしもどこかのグループに入って――


「ネネにはC隊を引っ張ってもらうから」


「うん、Cに参加――って、ええっ!? 引っ張る!? わたし、ゲームプレイ二日目の新人なんですけどっ!?」


「大丈夫。ただ道を進んでくだけなんだから。ネネは真っ先に突っ込んで、後続に勇気を与える役。無事、生き残れることを祈ってるわ」


「さらっと言うね!?」


 まあ……ラカにリーダーをやらせたのだから、このくらいはいくらでもやるけどさ。


 D隊はエイリーンさんにお任せして、奪還作戦の概要はざっくりと決まったのだった。


 鐘楼から下りる最中、ラカがわたしに小声で囁いてきた。


「こういうの、ネネのほうが向いてると思うのよね」


「わたしじゃ経験も知識もないでしょ。それにね、ラカがみんなと違うところにいたがるのは知ってるけれど、みんなと同じところにいてもラカはってことも知ってる。ラカはできるよ」


「……だといいけど」


 ラカは気恥ずかしそうにはにかむ。


 本来のラカは友達グループの外に悠然と立っている女の子だ。

 輪っかに加われないのではない。輪っかにいなくても平気なのである。


 多分、このゲームで無所属プレイヤーをやっているのは、そういう性格の延長線にあるのではなかろうか。


 わたしはそっとラカの手を握った。


「〈魔王の遺産〉を手に入れて、歴史に名前を残す――だったよね。残そうよ、わたしたちで。〈オーライル〉を救った英雄としてさ」


 ラカがわたしの手を強く握り返す。


「……うん」


 ホント、もう少し他の人にこういう素直なところを見せればいいのに。……いや、いいか。なんだろう、このもやもや。

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