[01-09] 進退の岐路に立ち
ギャングたちの足跡がはっきりくっきり光って見える。鹿に用いた〈追跡〉スキルは人の痕跡を辿るのにも役立った。
ところが、ある地点から複数人のものが混ざってぐちゃぐちゃになる。わたしのスキルレベルで追えるのはここまでのようだ。
「見張りの巡回経路、かしら。足跡が時間を置いて重なってるわ」
わたしよりも高い〈追跡〉スキルで分析したラカは、スモーキーを危険地帯の外に置いていく判断を下した。
「すぐ戻ってくるから、いい子にしてるのよ」
留守番としてノームを鞍に残す。何があったとき、遠距離から指示を出せるらしい。
「精霊って便利だね」
「でしょ。ノームは特にコスパがよすぎるのよね。これでもオープンベータから
などと話しているうちに、明るい場所へと近づいてきた。
藪からこっそり覗き込むと、そこは人の手が入って開けた場所だった。
広場の中心には丸太小屋がぽつんと建っている。木こりのおじさんが住んでいる童話のイメージがわたしの頭にふっと湧いた。
しかし残念ながら、たむろしているのはガラの悪い男の人たち。
ポーチでタバコをぷかぷか吸っている人、お酒を瓶で飲んでいる人、落ち着きなくうろついている人。
視認できただけでも五人。小屋の中や裏手、周りに設営されたテントにも隠れているはずだ。
やっぱり、町で助けを呼んできたほうが――
「ネネ、あれを見て」
ラカが指差したのは馬車だった。
わたしが乗ってきたような荷馬車ではない。客室の屋根に御者台があるタイプの高級馬車である。
その御者台からは流れ落ちるように、赤い液体がべったり付着している。……血痕だ。
乗客はどうなったのだろう。
最悪のケースを想像してしまったわたしの耳に、若い女性の怒声がかろうじて届いた。
「だから――知らな――!」
「嘘をつくな――はどこ――!」
相手は男性である。
ラカも苦々しい顔でその言い合いを聞いていた。
「どうも、出直そうかなんて言ってられない状況みたいね」
「ギャングが女の人から何か聞き出そうとしてる感じかな」
「素直に喋ったら、はい解放、なんてお優しいギャングがいるとは思えないなあ」
「早く助けないと……!」
「待って。捕まってるのが悪人だってこともあるわよ?」
まさに、思いがけない指摘だった。
女性は何かやらかして、ギャングから報復を受けている。確かにそういう可能性も否定できない――けど。
「それでも、わたしはこのギャングをやっつけるべきだと思う。通りかかっただけの荷馬車も、わたしたちも、お構いなしに襲うようなならず者だよ。放っとけない」
「了解。ネネの決断に従うわ」
ロールプレイングにおいては、『ヒーロー』になることも『ヴィラン』になることも自由だ。わたしは今、己の進む道を決めたのである。
「それからもうひとつ、ネネに言っときたいの」
ラカはいつになく怖い顔だった。
「あたしらはイモータル。十字砲火でハチの巣にされようが、ダイナマイトで吹っ飛ばされようが、最寄りの墓地で復活できる。ただし、持ってるアイテムは体が死んだ場所に残されるの」
「うん」
「こういう話をするのは、もうちょっと先がよかったんだけど――」
「万が一のときは、ラカ、逃げてね」
ラカはびっくりして目を丸くした。
当然だと思う。わたしはゲームを始めたばかりの初心者。大した物は持っていない。強いて言えば、お金を失うのが辛い程度だ。
でも、ラカが失う物はお金どころではない。ライフル、リボルバー、きらきらしたアクセサリー、そして愛馬スモーキー。
ラカは苦笑いとともに、ハットを摘まみ下げて目線を隠す。
「だから、もうちょっと先がよかったの。お互い、危なくなったら助けようとせずに逃げようねって約束したかったのに」
「じゃ、これは予行練習ってことで。さあ、ラカはわたしを置いて逃げられるかな~?」
わたしに顔を覗き込まれ、それまで凄腕ガンスリンガーを演じていたラカは素っぽい表情ではにかむ。
「ネネったら……」
ギャングどもがうろついているそばで、ありえないほど温かい雰囲気。
しかし、その空気に浸ってもいられない。
ラカがギャングたちの配置を見て、わたしに作戦を伝える。
「さっきはネネに囮をやってもらったけど、今度はあたしが連中の気を引く番よ。ネネには背後から奇襲してもらうわ。いい?」
「うん。やってみるよ」
「焦らず、ひとりずつね」
お互いに頷き合って、それぞれの位置へと移動する。女性救出・アンド・ギャング団殲滅作戦、開始だ。
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