[01-08] 精霊とガンスリンガー
親友は全く動じていない。誰にも聞こえない小さな声で何か囁いたかと思うと、手から何かを放る仕草をした。
とととっ、と小走りに近づいてきたのは、〈フルハウス〉で披露してくれた精霊ノームだ。わたしの体をよじ登り、肩にちょこんとしがみつく。
ノームはスピーカーのように震え、ラカの声を発した。ラカ自身は口を動かしていないのに、だ。
《楽しいことになってきたわね。悪党
「ようこそされたくない!」
精一杯に抑えた声で答える。夜遅くまでラカと電話をしていたときのように。
《まあまあ。あたしのログに『クエ発生』って出てる、ネネも同じ?》
言われて初めて気がついた。〈クエスト:森に潜む敵との遭遇〉と表示されている。
クエストって、掲示板や人から受けるだけでなく、事故や事件に巻き込まれる形でも発生するものなのか。
《ただの敵ならクエにはならないわ。こいつらには『何か』あるってことよ》
「『何か』って?」
《それをこれから確かめる。敵の位置はわかったから、さっさと返り討ちにしてやりたいトコなんだけどさあ》
「何か問題?」
《もうすぐネネが見つかりそう》
ひええっ!? 悲鳴を上げる寸前、口を手で押さえる。
《ははっ。ネネの顔、おもしろ。スクショ撮っちゃお》
そんなことやってる場合っ!?
涙目で訴えるわたしに、ラカはにっと笑ってみせた。悔しいことに、このときのラカはまさに王子様。すごくカッコよく見えたのである。
《で、モノは相談なんだけど。囮になってくれる? あたしの合図で全力ダッシュ。撃たれたら全力でんぐり返し。いい?》
前言撤回。なんて邪悪な笑みなのだろう。
とはいえ、こんな状況では命を委ねる他ない。いいよ、やったろうじゃんか。
ラカは右手にライフルを持ち、左手にリボルバーを握り締めた。まさかの異種二丁持ちである。
でも、ライフルなんて大きな銃、片手で正確に撃てるのだろうか。
《まだよ》
待つ。待つ。ひたすら待つ。
足音がどんどん近づいてくる。ひとつはすぐそこ。もうひとつは遠くから回り込んで。
ノームが手を上げ、逃げる方向を示してくれた。あっちに全力ダッシュ、了解。気持ちはピストルを待つスプリンター。
さくっ。背を預けた木の裏で、大きな足音がした。
《今っ!》
ラカの合図で、わたしは一目散に駆け出す。
「いたぞ!」
近いほうの敵が追いかけてきて、わたしの無防備な背中に発砲した。
耳が、肌が、迫る銃弾を知覚する。
身を投げ出すように前転。ライフル弾がわたしの頭上を通過していく。
回避に成功した途端、CPゲージがごそっと減った。二度は無理だ。次はまともに弾丸を受けることになる。
もうひとりの影が横目にちらりと映る。こちらもライフルを構えていた。
だけどそれは、ラカの視界に入ったことも意味していて。
「いただき!」
左手のリボルバーで、近い敵に二発の弾丸を放つ。
同時に、右手のライフルで遠い位置の敵を狙った。
わたしはおぼろげに『それ』を見た。ラカの背中から、大きくて半透明な『何か』がするっと抜け出たのを。
多分、表現として最も近いのは『守護霊』だろう。
女性の幽霊がラカを抱擁するような姿勢で手を伸ばし、ぐらつくライフルの銃身をそっと支えたのである。
リボルバーの銃声に、ライフルのものが重なる。
弾丸は木と木の間をすり抜け、見事、敵の頭部を撃ち抜いた。
ふたりそれぞれが血飛沫を撒き散らし、その場にどさっと崩れ落ちる。時代劇の
一瞬の神技である。
合図が出てから、ほんの数秒の出来事だ。
わたしは地面に尻餅をついていることも忘れ、ぽかんと口を開ける。
確かに『さっさと返り討ちにする』と言っていたけれども――それにしたって鮮やかすぎるよ、ラカ。
当人はライフルを肩に担ぎ、とびっきり獰猛に笑ってみせた。
「ケンカを売った相手が悪かったわね。〈
守護霊の長い髪がなびくと、ラカの背中に翼が生えているみたいだ。
まさに天使。その綺麗な姿に、わたしはしばらく見惚れて――
「え。その〈エンジェル・アームズ〉って自称?」
かあっ、とラカの顔が赤くなる。
「なワケないでしょっ! 他称! 折角つけてもらったふたつ名だからあたしも使ってるだけ!」
猛抗議っぷりに、わたしはくすっとしてしまう。凄腕ガンスリンガーの腕前を見せつけられたけれど、なんてことはない。ラカはラカだった。
「でも、すっごくカッコよかった! 今の何? この人も精霊なの?」
「そ。風と大地の精霊イオシュネよ。ネネの
それでも美人さんだとわかる。わたしを見下ろすその顔がふっと緩んだように見えたのは、ほほ笑んでくれたのだろうか。
わたしが手を差し出すと、イオシュネは快く握手に応じてくれた。ぶよぶよしたゼラチンの感触。MNDが高まれば、もっとはっきり触れられるようになるのだろうか。
どぎまぎしているうちに、イオシュネはラカの中へと戻ってしまった。わたしの肩にしがみついていたノームもいつの間にか消えている。
……すごい。単に武器を振り回すだけが〈
固定観念を打ち砕かれ、視野が一気に開けたのを感じる。
「わたしもそういうのできるようになりたい!」
「今のはだいぶハッタリ技だけど……まあ、ネネがそう思ってくれたなら披露した甲斐もあるってもんだわ」
と、得意げだったラカの表情が強張る。
「待った。こいつら、荷物を持ってないわ」
わたしたちは襲撃者の死体を並べ、その正体を探る。
敵はふたりともモータルで、ヒュマニスの男性だ。
所持していた銃は〈シルバースターR873〉というライフル。それから、〈ラーヴェン865〉という初期装備の改良型リボルバー。
他のアイテムはラカの言うとおり、タバコとマッチ箱しか所持していなかった。
それにふたりとも、恰好がチュートリアルのギャングと似ているような……。
「ブーツに拍車を着けてないってことは、この辺に隠れてるのかしら」
拍車は踵に着ける馬具だ。馬に走ってもらうとき、それで軽く刺激するのだとか。
ラカは死体のそばに屈んで、袖をぐいっと捲った。
「あった。ギャング・タトゥーよ」
「何それ……あっ!?」
襲撃者の手首には刺青があった。『がおーっと吠える熊さん』の絵柄である。
わたしの反応に、ラカが訝しげな顔をした。
「見たことあるの?」
「うん! チュートリアルのギャングにも同じタトゥーがあった!」
「……となると、ずいぶん大所帯ね。なのに、掲示板には貼り紙がなかった。あたしらが初接近ってこと?」
わたしたちが話していると、その答え合わせでもするかのように新しいログが流れた。
《クエスト情報が更新されました》
クエストウィンドウを開くと、〈クエスト:鹿の毛皮の納品〉から派生するページが生成されていた。
《〈クエスト:謎のギャング団との遭遇〉が発生しました》
《あなたは〈ルオノランド領:カディアンの森〉をうろつくギャングに遭遇しました。付近には仲間がまだ潜んでいるかもしれません。逃げ帰るもよし。立ち向かうもよし。己の力量を見極めて決断しましょう》
これを読んで、わたしは慎重案を出した。
「相手が大勢なら、一度町に戻るのはどう? 保安官さんや他のイモータルにも協力してもらうの」
「うん。それが一番安全ね」
ラカはこの案を肯定してから、しっかり注意も忘れない。
「ただし、参加者を増やせばそれだけ自分の分け前も減るわ。このクエが別のクエの前提になってる場合、そのフラグも消えちゃうかも」
「そっかあ……」
冒険が冒険を呼ぶ。主役から不特定多数に格落ちすれば、物語の発展性も途切れる。慎重案にもデメリットがあるのだ。
「じゃあ、とりあえずギャングのボスを見つけてから考えるってのはどうかな」
「いいと思う。相手の正確な規模を調べましょ」
決まりだ。ラカは口笛を吹き、スモーキーを呼び寄せた。
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