[01-07] 現実と空想の境目で


 ――なんて圧倒されていたら。


「やっるじゃ~ん」


「うひゃあっ!?」


 いきなり背後から囁かれ、わたしは背筋から耳までぴんと硬直させてしまう。


 ラカは悪びれもせず鹿を覗き込む。


「初心者って、怖がって射程ぎりぎりから獲物を狙うのよね。でも、ネネはそこからさらに踏み込んだでしょ? やっぱセンスあるって!」


「センス……」


 命を奪う才能。

 確かに、真っ先に口をついて出たのは『やった!』という歓喜だったワケで。


 ラカもわたしの様子がおかしいと思ったようだ。

 というより、多分、ラカはある可能性を念頭に置いていたけれど、あえて明るく振る舞っていたのだろう。


「やっぱり、こういうのダメだった?」


 ラカがこのゲームを誘うとき、決まってこう注意してくれていた。


『ちょっと暴力的かもしれないけど――』


 でも、わたしだって血がどばっと出るような映画や表現が生々しい小説はたくさん読んでいる。それと何も変わらないと甘く見ていた。


 わたしはゆっくりと首を横に振った。ラカを安心させようと笑って。


「ううん、大丈夫。意外とやれちゃうんだなって自分にびっくりして。人も動物もリアルっぽいのにさ」


「うん。でも、『』から、あたしたちも『』ロールプレイできる。ネネもちゃんと無意識でわかってるのよ、きっと」


 そう、なのかもしれない。


 思い返せば、このゲームの導入は巧妙だ。事前に射撃訓練を行い、チュートリアルで生きている人間を撃たせる。かくして、プレイヤーは不滅の者イモータルとなる。


 わたしが平気とわかって、ラカはにししっと笑った。


「じゃ、さっさと血抜きを済ませましょ」


「ちょっとちょっと、さっきの心配はどこに行ったのさ。それ、いきなりやらせること?」


「そうしないと重くて運べないの」


 ラカが死体を抱えようとするが、頭が持ち上がったところで『これ以上は無理』とアピールした。


「毛皮だけ剥いで持ち帰ってもいいけど、他の部分が無駄になっちゃうわよ。あーあ、肉は料理に使えるし、骨でアクセサリー作りもできるのになあ」


「よし、やろう、血抜き」


 わたしもわたしで、この一頭でできることの多さに目を輝かせてしまう。これこそ生命の偉大さではないか。余すところなく全部利用させてもらおう。


 血抜きの手順についても、意識するだけでガイドが表示された。


 ナイフを構え、鹿の首に刃をすっと引く。銃創からだいぶ出血していたので、頸動脈からどばどば、という光景にならなかったのはよかった。


「ネネ、足のほうを高く上げといて」


 ラカはそう言って、離れた位置に待機させた愛馬のもとへと向かった。女の子ふたりよりずっと力持ちなスモーキーに獲物を運んでもらうためだ。


 ふとした合間に、わたしはリラックスしようと深く息を吸った。

 そこでひとつの気づきを得た。CPの回復がわずかに速まったのである。


 脳に森の新鮮な酸素を取り込んだ、といったところだろうか。血の匂いで『空気がおいしい』と言えないのが残念だけど――


《スキル〈獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉が発動しました》


 狼の耳が何かにぴくっと反応した。


 明後日の方向からの足音。

 獣ではない。人だ。靴底が草を潰し、水気の多い茎が折れ、湿った土がぎゅっと踏み固められる。


「……ラカ? もう、いたずらはやめてって――」


 ラカは木々の奥からスモーキーを連れて戻ってくるところだった。

 違う。この足音はラカのものじゃない。


 それにまた、くしゃっと葉っぱを踏む音がした。先ほどの足音とは別の場所からだ。


 頭のてっぺんから尻尾の先っぽまで、ぞわっと寒気が走る。

 


「……っ!」


 本能的にその場に屈む。わたしにしてはあまりにも上出来な反応だったと言えよう。


 瞬間、銃声が響く。

 飛来したライフル弾は二発。さっきまでわたしの頭があった空間を交差するように穿った。


 これまで修羅場を潜り抜けてきたラカは判断が速かった。鞍のホルスターからライフルを引き抜くと、スモーキーのお尻をぴしゃりと叩く。


「隠れて!」


 主人の命令を受けたスモーキーも素早く木々の後ろに逃げ込む。


 ラカはこちらに堂々と歩きつつ、ライフルを発砲。敵の居場所は正確にわかっていないが、わたしを救出するために放ってくれた一発だった。


 狙いはずばり。

 近くの木に当たったのか、大きな衣擦れの音で相手の怯みを察する。


 わたしはこのチャンスにラカ側の木陰へと避難。狩猟からひと段落、ようやく落ち着きかけた頭がまたもぐるぐるし始める。


 どっ、どどっ、どうなってるのっ!?


 ラカも別の木陰に体を滑り込ませていた。敵に位置を悟られないよう、わたしたちはジェスチャーで意思疎通を図る。


『ネネ、相手はひとり? ふたりだったよね?』


『ふたりっ! 足音聞いたっ! 弾も二発飛んできたっ!』


『よしよし。状況把握できて偉いぞー』


 敵はわたしを警告なしで射殺しようとした。

 この森は私有地ではない。クエスト掲示板に依頼書が貼り出されている以上、出入りは自由のはずだ。


 しかも、ふたりの敵はほぼ同時にわたしの頭を狙撃した。獣と誤認したのではなさそうだし、息ぴったりなコンビだとも推測できる。


 どうする、わたし。どうすればいいの、ラカ。

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