第2話:オーライル防衛戦
[02-01] 出会いはアイテム鑑定から
〈ルオノランド領:オーライル〉北部山岳地帯――
燃え盛る集落を目の当たりにして、ウズブラ族の少女は立ち尽くすことしかできない。銃を持った大人たちでさえ、同胞たちを逃がすのに精一杯だ。
「逃げろ! 早く! ヒュマニスの町へ!」
ウズブラ族はみな頭に牛の角を生やしている。
霊獣ウズブラの眷属である牛を育て、その乳を頂き、やがて肉体から解き放たれた魂を祭ることでウズブラの元へ届ける。そういった信仰を持つ部族である。
暮らしぶりはのどかなものだった。近隣に町を興したヒュマニスとも友好的で、盛んに交易を行っている。大人が手にする銃もそうして得た物だ。
だが、ウズブラ族は狩猟を行わず、肉も食さない。銃の扱いは素人も同然だ。それでも大人たちは怯えることなく、同胞を守らんと脅威に立ち向かっていた。
揺れる猛火に照らされ、巨大な悪鬼の影が踊っている。付き従う小鬼どもが家々やウシを襲っている様を見物しているのである。
「しっかりしろ!」
何者かに肩を掴まれ、少女は身を竦ませる。
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは少女の父親であり、ウズブラ族の長だった。
「ここにいたら殺されるだけだ! お前も行け!」
「で、でも、父さんは……」
「誰かが時を稼がねばなるまい」
父は死を覚悟していた。少女と同い年の少年を呼び止める。
「みなを〈オーライル〉まで守り抜け! そして、警告するのだ! 我らの次は〈オーライル〉やもしれん。わかったな!?」
少年は族長と肩を並べられず、悔しげに唇を噛む。しかし、族長の命令は絶対だ。しかと頷くと、少女の腕を掴んで引っ張っていく。
「父さん! 父さんっ!」
父は少女に微笑を浮かべると、猛りの雄叫びを上げながら襲撃者へと突撃していった――
〇
《サーバーに接続中……接続成功……プレイヤー情報取得……ログイン成功》
《〈ジ・アル〉へおかえりなさい、ネネさん》
《現在の〈ジ・アル〉時間は、11時34分です》
硬いベッドの上でわたしは目覚める。ええっと、ここ、どこだっけ。
木の天井。ごわごわのシーツ。部屋の外から聞こえてくる喧騒。
それでようやく思い出す。ここは〈サルーン・フルハウス〉の二階、ラカと泊まった部屋だ。
「ラカ、いる?」
返事はない。
フレンドリストを確認すると、ラカの名前は『ログアウト』状態のグレー色で表示されている。待ち合わせの時間よりずいぶん早く来ちゃったもんね。
今のうちに課題でも洗い出しておこうか。
学校の休み時間を使ってゲームペディアに目を通したので、知識も多少はついたはず。
まず、昨日の戦いでわたしのレベルは10になっていた。
メインスキルの〈拳銃〉と〈短剣〉も成長している。
ここに新たなスキルを加えて、わたしなりのスタイルを身に着けたい。ラカの戦い方を見た後だと、
ゲームだからこそできる動き。
セリアノだからこそできる一芸。
……となるとやっぱり、セリアノが得意とする動物霊系の精霊術なのかなあ。
スキルのことばかり考えてしまうけど、強さを追い求める上で重要なことは他にもある。銃そのものだ。
ゲームを終わりなき冒険たらしめる要素、『トレジャーハンティング』というものがある。
たとえば、〈ケルニス67〉は大量生産された銃だけど、その全てが同じ性能ではない。攻撃力や
個体差についてはある程度の法則がある。
お店に陳列されている武器はぶれが下限値に寄っていて、上限値に近い良品は強敵から奪わなければならない。
入手手段が困難であれば困難であるほど、
中にはオリジナルの銃を作る人もいるとか。
クラフトスキルを習得し、素材を集め、設備を借り、いざ製作!
と、言葉にすれば簡単そうだけど、低レベルのうちは微妙な出来にしかならない。
至高の逸品を作り出すには、途方もない量の素材とそれに費やすお金、そして苦労を
他にも、エンチャントやカスタマイズといった、お気に入りの銃をさらに強化できるシステムも用意されている。
もしかすると、クラフト道はスキルの鍛錬以上に大変な領域かもしれない。
さてさて。そこでポーチから取り出したるは、クェルドスとかいうギャング団のボスが使っていたリボルバー。
《クェルドス・スペシャル》
《タイプ:リボルバー》
《レアリティ:未鑑定》
この銃は〈ケルニス67〉どころか初期装備の〈ラーヴェン855〉より大きくて重い。
普通の銃を見たときに表示される攻撃力や命中精度などの数値は隠されている。これを知るには『鑑定』を行わなければならないらしい。
……うーん。こうして〈クェルドス・スペシャル〉を鑑賞しても、情報は一向に更新されず。
埒が明かないので、少しお出かけしてこよう。
部屋から出ると、階下から響いていた談笑のボリュームが大きくなった。わたしひとりだとまた意地悪されるだろうか。
ううん、昨日はギャング相手に渡り合ってみせたのだ。わたしはもう
……いや、待てよ? そもそもまだお昼だよね?
それを言ったら昨日もそうだったし、世の中には気にしてはいけないことがたくさんあるのだった。
一階に下りてすぐ、モータルの紳士がわたしに大きく手を上げた。お客さんの注目がこちらに集まってしまう。
「ごきげんよう、ネネさん。聞きましたよ? なんでも、森に隠れていたギャング団を壊滅させたとか。お手柄じゃないですか!」
他のお客さんたちも、口々にわたしを褒め称えてくれた。
身構えていたわたし、てれてれしてしまう。この感覚、久しぶりに会った親戚のおばさんに『美人さんになったねえ』とおだてられるのに似ているかもしれない。
「いやあ、あれはほとんどラカの活躍だから……」
「またまたご謙遜を。検分によると、ナイフ傷の死体も多かったとか。相棒さんはライフル使いなんですよね? ということは――あっ、あんなのは数に入らないってことですね!」
はは、ははは、と大笑いするわたしたち。
訂正は諦めよう。これ以上、話が膨らんでしまう前に退散。と、念のためにマスターさんにはラカへの伝言を頼んでおいた。
〈
とはいえ、プレイヤーは外部SNSにコミュニティを設立していたり、チャットツールを導入したりと、抜け道を利用している。
没入感を重視するか、利便性を重視するか、なかなか難しい問題だ。
そんなゲーム哲学に思いを馳せつつ外に出たわたしを、ぎらぎらと眩い日差しが出迎えた。旧魔王領南西部、〈ルオノランド領:カディアン〉は今日も終日晴れ模様なり。
さて、どこで鑑定ができるだろうか。
まず最初に思い当たったのは、雑貨屋のおばさんだ。
持ち込まれた銃をいくつも査定しているだろうし、この〈クェルドス・スペシャル〉のことも何かわかるかもしれない。
からんからん、とドアベルの音で、雑貨屋のおばさんが新聞から顔を上げた。
「やあ、あんたか。いらっしゃい」
「こんにちは」
ぺこりと挨拶をした後で、店内にもうひとりお客さんが来ていることに気づいた。
三つ編みの女の子で、小柄なわたしよりもさらに背が低い。その一方で、体つきはとてもがっしりしている。
《チェスティ・テルミット》
《イモータル:ドワーフ》
《Lv:31》
おお~。ラカほどではないけれど、わたしから見れば雲の上の高レベルプレイヤーさんだ。それにドワーフとも初めての出会いである。
ぱんぱんに膨らんだリュックを守るように
腰には
全体的に機動隊員みたいな装備のドワーフさんである。
目が合ったのでお辞儀すると、あちらも腰を折るように深々と頭を下げてくれた。
わたしは目的を思い出して、カウンターに〈クェルドス・スペシャル〉を置いた。
「あのう……この銃の鑑定ってできる?」
「どれどれ」
おばさんは眼鏡をかけて、銃を手に取る。
「……んん? 見たことのない銃だね。あたしゃただの雑貨屋さ。こういうのは鑑定士にでも頼まないとお手上げだよ」
「そっかあ。この町に鑑定士さんはいるの?」
「いないねえ。鍛冶屋のじいさんなら、あたしよりも銃に詳しいだろうけどねえ」
鍛冶屋は銃のメンテナンスや簡単なカスタマイズを請け負っているお店だ。ちょっと珍しい銃も持ち込まれているだろう。
「ありがとう。行ってみるよ」
「あいよ。またおいで」
次の行き先が決まった。
わたしは雑貨屋から出ていこうとして――
背後から呼び止められる。
「もし。差し出がましいやもしれませぬが――」
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