[02-02] チェスティさんは名探偵

 特徴的な語調ながら、はきはきとした声。

 振り返ると、チェスティ・テルミットさんがわたしをまっすぐに見つめていた。


「そちらのリボルバー、それがしが鑑定いたしましょうか。ちなみに〈鑑定〉スキルは20レベルでする」


「えっ、いいの!?」


 差し出がましいなんてとんでもない。渡りに船だ。わたしは嬉々として〈クェルドス・スペシャル〉を渡そうとした。


 が、すんでのところで不安に襲われる。


「だ、代金はおいくらでしょうか……?」


 専門家でないと鑑定できないアイテムを見てもらうのだ。

 ギャングを倒した報酬はまだ受け取っていないから、手持ちに余裕はない。高額手数料なら、後払いにしてもらわないと――


 そんな私の心配をよそに、チェスティさんはえっへんと胸を張った。


「タダでする! 見たところ、貴殿の銃は逸話級エピック。ならば、それがしの経験値にもなりますゆえ!」


「そういうことなら……お願いします」


「わっはっは、承りましたぞ、ネネ殿」


 初対面の人から名前を呼ばれてびっくりしたけれど、チェスティさんもイモータルだ。わたしの名前が見えて当然である。


 鑑定はお店のテーブルを借りて行われた。

 チェスティさんは自前の片眼鏡を装着し、〈クェルドス・スペシャル〉を注意深く調べる。


「ほー、ほーほー。ベースは〈ノルニカ・サーペント〉ですな。工廠こうしょう製としては最大の攻撃力を誇る、44口径のリボルバーでする」


「『こうしょう』?」


「軍の兵器工場でする。〈ノルニカ〉は〈ユルグムント〉のガンメーカーで、〈ルオノランド〉ではあまり見かけない品ですな」


 旧魔王領の北方に勢力を伸ばしている大国で製造された物、ということだ。


「グリップの素材も珍しいですぞ。これは蛇竜種の骨を削った物でする。〈サーペント〉にサーペントを使うとは……」


「それって、おしゃれ以外の意味があるの?」


「グッッッドな質問ですぞっ!」


 ぐわっ! と、チェスティさんがこちらへ身を乗り出す。


「モンスターから入手できる素材アイテムには固定付与能力プロパというものがありまするっ! サーペントの骨ならば〈マギカ増幅〉と〈射撃精度向上〉がそれに当たりまするなあっ!」


「なる」


「〈ノルニカ・サーペント〉は反動が強いため連続射撃にて照準がぶれやすいという弱点がありまするっ! そこでこのグリップカバー! 〈射撃精度向上〉で弱点を!」


「ほど」


「カスタマイズは奥深いですぞぉっ! 銃に使われる金属、装飾、はたまた機構そのもの! 銃は狩猟の道具であり戦争の兵器でもありまするがっ! 叡智の結晶でもあり心を震わせる芸術品でもあるのでするっ!」


「……そういうことなんだね」


 並々ならぬ熱量の持ち主である。


 チェスティさんは「ぜはー、ぜはー」と呼吸を乱していたかと思いきや、次の瞬間にはすんっとなってほほ笑むのだった。


「どうぞ。鑑定完了でする」


 返してもらった〈クェルドス・スペシャル〉を見ると、隠されていた情報が一気に公開されていた。


「おー! ありがとう、チェスティさん!」


「いえいえ。このリボルバー、ボス格のモータルがドロップしたアイテムですな?」


 チェスティさんは笑顔のままでさらっと怖いことを言う。入手経路については何も教えていないはずだけど――


「使い手の種族はドラニスかドラウ。レベルは30以上で、小規模の集団、たとえばギャング団を率いていた。……いかがでするか?」


 ドンピシャである。わたしは目を丸くして、何度も頷いてしまった。


「すごい! チェスティさん、名探偵みたい!」


「ふふふ、いかに困難な案件も快刀乱麻のごとくずばっと鑑定。ガンスミス探偵チェスティ・テルミットとはそれがしのこと――とまあ、実はタネがございまして」


「……タネ?」


「銃のレアリティを見れば大体わかるのでするよ」


 レアリティは四段階に設定される。

 無改造の『普及品コモン』。プロパティがついている『希少品レア』。ボスから入手した『逸話級エピック』。世界にひとつしか存在しない『伝説級レジェンダリー』。


 ボスに設定されているのはレベル30以上のモータルかモンスターだ。


 さらに〈マギカ増幅〉のプロパティを持つということは、自然と使い手が魔族に絞られるのである。


「そうそう。この〈カディアン〉で本国の貴族を誘拐しようとした不届き者を、ふたりのイモータルが討伐したとか。ひとりは〈白翼轟砲エンジェル・アームズ〉のラカ・ピエリス殿。もうひとりは――」


 そこで、チェスティさんはわたしにぱちりとウィンクした。


「アマルガルム族のネネ殿。貴殿ですな?」


「なあんだ。それじゃあ、『事件の真相は名探偵じゃなくても一目瞭然だよ、助手くん』ってことだったんだね」


 わたしたちはお互いにくすくすと笑い合った。


 出会って間もないが、チェスティさんとは波長が合うのを感じる。こういう偶然の出会いもMMOの醍醐味だとラカが言ってたっけ。


「実はそれがし、ラカ殿にご相談があって〈カディアン〉を訪ねたのでするよ」


「あ、そうなんだ」


 フレンドリストを開くと、ラカがいつの間にかログインしていた。わたしの伝言を聞いていれば、〈サルーン・フルハウス〉で待っていてくれているだろう。


「じゃあ、今から会う? わたしたち、待ち合わせをしてるんだ」


「おお、かたじけない」


 チェスティさんはヒュマニス用のイスからひょいっと下りて、リュックを「よいせ」と背負い直した。


「でも、相談ってなんのこと?」


「とても込み入った内容でして。簡単に申しますると、クエストの依頼なのでするが――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る