第5話 新しい一歩を踏み出す為に
『私は好きです。貴方が書いた作品が好きです。評価じゃなくて誰かを思って作られた作品が好きです。何より私の心に希望を与え、未来をくれた作品が好きです!』
この言葉は当時の僕に大きな影響を与えた。
僕は僕でない人の為に一度だけ作品を作った事がある。
当時、僕は一度も評価が貰えない作家だった。
だけど、その作品を書いた時、一気にファンが増え評価と感想をもらえた。
中学の時、皆の憧れだったクラスメイトの事を思って書いた小説だ。
運よくなのか偶然なのかその少女は僕の作品を読んでくれた。
そして難病の手術を受け、無事に学校に戻って来た。
そう葵だ。
僕は作品を通して一度葵の人生を変えた。
だけどそれは僕も同じ。
葵を救った事によって、彼女との時間を大切にし。
連載していた小説を強引に終わらせて、彼女との時間を優先した。
その結果、葵に振られ、読者にも申し訳ないことをしてしまった。
ここまで大きく僕を変えてしまった葵だからこそ中々忘れる事が出来ないのだ。
それでも感謝してる。
葵が新しい道を歩んでくれたからこそ、僕は僕の見失っていた道に戻って来れた。
そして今まさにリスタートしようとしている。
「決めた。大筋は失恋でいこう。今度は僕自身の為に本を書こう。僕の経験全てを活かして落ち込んだ僕を助ける。そして同じように恋の悩みで苦しんでいる人に道を与えるような作品を作ろう。それなら短編がいいか。気持ちを伝えるなら短い方がいいに決まっている」
僕の顔から笑みがこぼれた。
葵に振られてから笑顔が消えていた僕が感情を取り戻し始めている。
そんな感覚に襲われた。
そして気づく。
「そうか。僕は葵を言い訳に使って現実から逃げていたのか。葵を大切にし失いたくないが為に、臆病になり何もかもが中途半端になっていたのか……」
僕の心の中で積もった雪が溶け始めたかのように目から涙が零れた。
これは別れじゃない。
お互いに新しい一歩を踏み出す為の準備だ。
そう思うと、急に感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
僕は決意した。
――葵ともう一度向き合うと
将来小説家を目指す僕に貴重な体験をさせてくれた事に感謝してお別れをすることを。
今の葵の隣には新しい彼氏がいる。
だったら僕の気持ちは邪魔でしかない。
好きな人の幸せを願う事は悪い事じゃない。
だけど好きな人の隣に自分以外の誰かが居るのはとても辛い。
だけどそれは我儘でしかない……。
だけど、だけど、だけど、君の笑顔を護りたいから……。
僕は僕の心に『最後の嘘』をつく事をした。
それが僕の夢の一歩に繋がると信じて。
だからこれは将来の為の投資だ。
僕は荷物を片付けて急いで図書室を出て、葵との約束の場所に向かう。
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