第五話

「離宮に泊まっている? 父さまが?」


 昨日に引き続き訪れた、王宮内の晩餐ばんさんの間。

 この時間ならばそこにいるのだろうとの予測は、あっさり外れた。

 王は王妃を伴い、隣町にある離宮に滞在しているらしい。


「お戻りは明日の夜の予定だとうかがっております」

 侍従のひとりが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「ありがとう、出直すわ」

 にこりと微笑んで、早足で歩き始める。

 向かったのは竜舎。ラヴェリタの元だ。


「今度はいったい何用じゃ? もうあの男――シリル・クラウは帰ったぞ」

 食事も終え、のんびりとしていたのか、ラヴェリタの口調はどこか気怠げだった。


「お願いがあるの。今から隣町まで飛んでくれないかしら」

「つまらぬ冗談だな」

「あなたならものの数分で着くわ。父さまに用があるのよ」

わらわは眠い。明日にしろ」


 言うなり、わらが敷き詰められた床に、腹ばいの体勢で寝そべる。


「お願い。飛んでくれるなら明日、あなたの好きな水花すいかをたくさん持ってくるわ」

「ふん、前回の分もいまだ届いてはおらぬわ」

「え……そうだったかしら」


 しまった、と、リリアは唇を噛んだ。

 言われて考えてみればたしかに、彼女との約束を放置したままだった。

 あれはたしか、サワバの街に哨戒しょうかい飛行に出かけた日のことだったような気がする。


「ええと……明日、そう、明日には必ず水花を摘んでくるわ。前の分もまとめて」

「信用できぬな」

 ふんっと鼻でわらうようにして、ラヴェリタはあさっての方角を向いた。


「団長? どうなされたのです?」


 ふと背後から声をかけられた。

 慌てて振り返れば、竜舎の出入り口にエドが立っている。

 いまだ退勤していなかったのか、竜騎士隊の隊服のまま。手には火が入ったランプを持っていた。


「エド・マテスタ……あなたこそ、こんな時間にどうしたの?」

「竜舎の戸締まりの確認に来たのです。そうしましたら、こちらから話し声が聞こえてきましたので」

「戸締まりは、あなたの仕事ではないはずだけれど?」

「今日は私の班のルカの担当です。が、本日、彼は風邪を引いて欠勤しましたので、代わりに班長である私が」


 なるほど、とリリアはうなずいた。

 たしかに数時間前、日誌の本日の欠勤者の欄に、リリア自らルカの名を書き入れた記憶がある。


「それで、団長はこのような時間にどうなされたのです。立ち聞きするつもりはありませんでしたが、何かお困りなのでは?」

「たいしたことではないわ。ただ隣町に行きたいのだけれど、ラヴェリタが飛んでくれなくて」


 ちらりと彼女をのぞき見れば、寝そべったまま、すでに瞼を閉じていた。

 よほど眠いのか、あるいは寝たふりをしているのか、判断が付きかねる。


「でしたら私がお送りいたしましょう」

「いえ、その必要はないわ。大丈夫よ」

「隣町でしたら、私の竜でも十数分で着きますが」

「竜騎士隊の竜を、私用で使うわけにはいかないもの」


 ただしラヴェリタはそれにあてはまらない。

 彼女は竜騎士隊の竜である前に、リリア個人の竜だからだ。


「でしたら馬車を使われては? 王宮の西側にはつねに辻馬車が停まっています。王宮を訪れる貴族たちがまれに使用することもあるようなので、安心して利用できるかと」

「辻馬車……そんなものがあるの?」


 騎士団に入団するまで、箱入りの王女であったリリアだ。

 知らないことはいまだたくさんある。


「隣町まで、馬車で四、五十分程度ですよ。よければ辻馬車まで私が案内いたしましょう」


 エドのその提案を、リリアはありがたく受けることにした。

 そしてさっそくエドのあとを着いていったのだが。


「おい、真実にたどりつきたいのなら、よく回顧かいこしてみることじゃな。そなたの求めるものは、すぐ手の届くところにあるかもしれぬぞ」


 ラヴェリタがひとりごとのように言ったので、はっと息を飲んだ。

 それは竜舎の扉が閉まる刹那のことだった。

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