第四章 真実を知る(まさかの理由に驚いています)

第一話

 シリルに自分勝手なキスをされてから――ロドルフに求婚をされてから、十日が過ぎた。

 あれからロドルフとは会議で一度だけ顔を合わせたのみ。その時、彼は、「返事は急がないから、あまり悩まないで」と、リリアを気遣う言葉をくれて、去っていった。


 一方、副官であるシリルとは、顔を合わせ続ける毎日だ。


 けれど会話は必要最低限。リリアは一方的に彼を避け続け、もちろん、今まで一緒に過ごしていた夕食の時間もとりやめた。

 というより、とにかく彼と顔を合わせたくなくて、連日、ラヴェリタの竜舎りゅうしゃに逃げ込んでいるのだ。

 

「何をぼんやりしているのじゃ。そろそろ目的地に着くぞ」


 ラヴェリタに声をかけられ、リリアははっとした。


 ――いけない。空で気を抜くなんて、どうかしているわ。


「ええ、わかっているわ。予定通り、街の西の外れに降りてちょうだい」

 返事をしながら、左手を真横にのばし、降下の合図を出す。


 今現在、リリアが向かっているのは、隣国テシレイアとの国境近くの街、サワバ。

 そこに住まう竜医りゅういのカイエンに会うべく、リリアとシリル、そしてエドの三人で竜を駆り、飛んできたのだ。


「しかし、とんとん拍子に決まったものじゃの。あの男を竜騎士隊付きの竜医に勧誘することが」

「ほかに候補がいなかったのでしょう。昨日の会議で『シェンシャン帰りの凄腕の竜医がいる』と報告したのだけれど、彼の名前も年齢も聞かれることなく、すぐに命令されたわ。父さま――陛下に『とにかく早く勧誘してこい』って」

「さて、あの男はすんなり従うかの」

「わからない……けれど、ぜひ隊の竜たちを診てほしいわね」


 やがてリリアとシリルとエドは、目的の場所で、竜の背から降りた。


「ここからはわたくしとエド・マテスタで行くわ。シリル副隊長は竜たちを守っていてちょうだい」

「承知できかねるな。竜の守護はエドに。俺は団長とともに行く」

「命令よ。従いなさい」


 返事も待たずに、リリアはきびすを返した。

 なるべくシリルの顔を見ないように。それを心がけて、今日も過ごしている。


 ――だって、あの唇がわたくしにふれたのだと思うと……。


 途端に全身に甘やかな衝撃が走り、頬が赤くなってしまうのだ。


「団長、私まで置いていかないでください!」


 早足で歩き出したリリアのあとを、慌ててエドが追ってきた。


「サワバの街はそう大きくありませんが、その竜医の家をご存知なのですか?」

「西の外れだと言っていたわ。おそらくここからほど近いエリアでしょう」


 そこでふと、向かっていく方角に大きな城のようなものがあることに気づいた。


「この街には不似合いな建物ね。どこぞの貴族のものかしら」

「おそらくそうなのでしょう。あちらは崖になっているようですから、家屋があるのはもう少し東の方角では? いっそのこと街に出て聞いてみましょう」


 そうして捜すこと数十分。

 街で聞き込みをしたリリアとエドは、カイエンを知っているという住民を運良く見つけることができた。

 そして彼の家まで案内してもらうこととなったのだが。


「あれ……? 珍しいな、医師せんせいの家にお客さんが来てる」

 案内してくれた十二、三の少年が、ふと表情を曇らせた。

 カイエンが住むのは、街の西方にある煉瓦れんが造りの小さな家。その戸口の左右に、二人の男が立っていた。


「カイエン医師せんせい、越してきたばかりで知り合いなんていないはずなのにな」


 リリアとエドは自然と顔を見合わせていた。


 第六感が告げている。何かおかしなことが起きている、と。

 戸口の左右に立つ男たちは、ともに黒いマントを着けているが、その腰や背中のあたりが不自然に膨らんでいた。

 おそらく武器を隠しているのだろう。

 取り急ぎ、案内してくれた少年をこの場から去らせることにした。


 ――さて、どうしようかしら。


「念のため、シリル副隊長を呼んできてくれるかしら。竜たちはラヴェリタに任せて、上空に待機させるよう伝えてちょうだい」


 男たちに気づかれないよう隣家の影に隠れ、エドに指示を出した。

 彼は「承知いたしました」と、全力疾走で離れていく。


 あの男たちがいかなる理由でカイエンを訪ねてきているのかは、わからない。

 けれど無闇に動かない方がいいと判断し、シリルとエドの到着を待つことにした。


 しかし。

「やめるんだ……! 君たちはいったい何者なんだ……!」


 家の中から響いてきたのは、カイエンの叫び声と、ガタゴトと家具のようなものが倒れる音。

 こうなってはおとなしくしていられない。

 リリアは即座に走り出した。


「失礼、勝手に中に入らせてもらうわよ!」

「あっ、おまえ……! その服は竜騎士隊か……!」


 戸口に立つ二人の男の間をすり抜け、扉を蹴破るようにして中に入る。


「カイエン様、いったい何が……!」


 あきらかな非常事態に、気づけばはっと息を飲んでいた。

 家の広間であろう部屋の中央で、数人の男たちに拘束されているカイエン。

 男たちは皆、黒づくめの格好をしていて、手にはそれぞれ剣を握っていた。


「あなたは……なぜ殿下がここに!?」


 カイエンがリリアに気づいた。


「女、いったい何用だ」

 カイエンを隠すように、彼の前に一人の男が立つ。


「それはこちらのせりふだわ。あなたたちこそカイエン様に何用なの?」

「少々話があってな。同行願っているだけだ。何にしろ、おまえには関係のないこと。さっさとここから失せろ」


 三十前後だろうか。この連中の長であろう男が、虫を追い払うかのような動作で手を振った。


「奇遇ね。わたくしもカイエン様に用があって、ここを訪ねてきたの。あなたたちこそ邪魔よ。さっさと去ってくれないかしら」

「……なんだと?」


 男の声音に苛立ちが滲む。


「おい、気をつけろ。この黒い服……この女こそが竜騎士隊の隊長のようだぞ」

「例の悪役王女だ」


 戸口に立っていた男たちが中に入ってきた。


「あら、わたくしのことを知ってくれているのね。光栄だわ」

「女、おまえひとりで来たわけではあるまい?」

「だったらどうだというの?」

「邪魔立てするなら少々痛い目にあってもらうが……悪く思うなよ?」


 竜騎士隊の隊服を見知っている者。

 ということはヴィステスタ王国内の者であることは明白だ。


「殿下、逃げてください! こちらに来てはだめだ……!」

 カイエンは、どうにか自由になろうともがき続けている。


 ――なんとしてでも、助けるわ。


 リリアは腰に下げた剣のつかに手をのばした。

 そして前触れもなく、男たちに襲いかかる。


「怪我したくない者は下がりなさい!」


 勢いよく引き抜いた剣で、ひとまず相手の足元を狙う。

 できれば大怪我は負わせたくない。剣での攻撃をおとりに体術で決定打を与え、ひとり、ふたりと倒していった。


 けれど。


「カイエン様、大丈夫ですか……!?」

 彼の手をとり、ともに外に逃げだそうとしたところで、リリアの攻勢は終わった。


 ――危ない……! 毒矢だわ!


 耳の横を掠めて飛んでいった矢が、煉瓦造りの壁にあたり、跳ね返って床に落ちる。そのやじりは不自然に濡れていて、何らかの毒が塗られていることを見て取れた。


「カイエン様、わたくしの後ろに隠れていてくださいませ!」


 リリアは剣を片手に集中力を高めた。

 しかし、急に襲ってきた不安と恐怖に、背筋が冷たい汗で濡れる。

 なにせ飛び道具を利用する相手と試合をした経験は、皆無。

 剣技に優れているとはいえ、リリアは王女だ。命のやりとりをするような場面で戦うこと自体、初めてなのだ。


 ――何の毒かは知らないけれど、掠っただけでも死ぬかもしれないわね。


 倒し損ねた相手は三人。

 剣では勝機はないと考えたのか、皆、離れた場所で弓を引く。


「どうした。先ほどまでの威勢がすっかり失せたようだな」


 リーダーらしき男が、にやりと笑った。


 ――状況は最悪だわ。このままではやられてしまうかもしれない……。


 そう予感して、隊服の胸元をきつく握りしめる。


「殿下……! 無事か!?」


 その時、聞き慣れた声が、リリアの鼓膜を揺らした。

 それは駆けつけたシリルのものだ。

 彼は突風のごとく家の中に飛び込んでくると、追い詰められるリリアを見て、血相を変えた。

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