第一章 望まぬ再会(かつての婚約者が強引で困ります)

第一話

「……演習の時間だというのに、他の隊員たちはどこにいるというの?」


 ヴィステスタ王国、王立騎士団には、三つの隊が存在する。


 王族や王城内を守る近衛隊。

 王都や各州都、国境周辺を守備する警備隊。

 そして聖獣と呼ばれる竜を駆り、王国のあらゆる地を守護する竜騎士隊だ。


 竜騎士隊は、いわゆるエリート集団。

 身分に関係なく、竜を駆る技術や剣技に優れている者たちが集められ、日々、任務にあたっている。


 彼等は基本、品行方正。

 だからこそ今回のリリアの騎士団長就任も、表向きは円滑に受け入れてくれるだろうと、リリアの父であるヴィステスタ王は言っていた。


 ――そうよ。父さまからはそう聞かされていたのに。


「なぜ演習の開始時間に、たった三人の隊員しか集まらないの? 我が竜騎士隊は総勢三十三名のはずよ。いったいどこに行ったというのよ……!」


 騎士団長兼、竜騎士隊の隊長であるリリアは、思わぬ事態に声を荒らげた。


 本日は、リリアが就任してから初となる定期演習。王城内にある竜騎士隊の演習場で、剣技を磨く時間と定められている。


 だというのに定刻が訪れても、階級の低い三名の少年たちしか現れない。

 いったい他の者は何をしているのか。

 リリアは怒りと不安に拳を握った。


「おそれながら申し上げます」


 やがて三名のうちの一人が、びくびくした様子で口を開いた。


「竜騎士隊のほかの方々は、第二演習場にお集まりになっています」

「第二……? どういうこと?」


 ここは第一演習場。

 訓練場の変更を認めた覚えはないのだけれど。


「何か不都合があったのかしら。だったらわたくしも今すぐそちらに行くわ」

「いえ、そういうことではなく……お飾りの団長である王女殿下には、演習などにわざわざ参加していただく必要はない、と、先輩方はおっしゃられておりまして……」


 瞬間、頭を鉄槌で殴られたかのような衝撃を受けた。


「……なんですって?」

「その旨、王女殿下に申し上げるよう、私たち三名の従騎士が派遣されたのですが……」


 つまりリリアを自分たちの長として認めない、との、隊員たちからの強固なメッセージだ。


 ――そうなるかもしれない、とは思っていたわ。


 リリアだとて予想はしていた。

 今まで表舞台に出てこなかった王女が、突如、騎士団長に就任するとなれば、反発する者も多数いるだろう、と。


 けれどリリアにしてみれば完全なる不可抗力だ。

 そもそも今までまつりごとに参加してこなかったのには、歴とした理由がある。

 王国の王女は公務に従事せず、早々に有力貴族に嫁ぐのが慣例。リリアだとて十の頃から許嫁を持ち、十六の年には王族からけることが決まっていたのだ。


 けれどその縁談は今から二年前、リリアが十五歳の時に突如、破談になった。

 

 相手方から破棄されるなど、よほど王女の素性が悪いに違いない。

 いったい、何をしでかしたのだろう?


 王国の民たちはこぞってそう噂し、いつしかリリアはすっかり悪役となってしまった。

 さらに元婚約者が別の相手と交際を始めた、との情報がかけめぐれば、民たちはさらなる好奇の眼差しをリリアに向けてきた。


 そのためリリアは王城内の私室に引きこもる日々。

 表舞台からは完全に姿を消すこととなったのだ。


 ――それなのに先日、騎士団長への就任を突然、父さまから命じられるなんて……。


 正直、恐慌きょうこうをきたし、狼狽ろうばいしている。


 あの悪役王女が?

 いきなり権威ある職に就く?


 年若い王女にいったい何ができるのかと、皆はあざ笑っていることだろう。

 あるいは王が自分の娘可愛さに、お飾りの団長に任命したとのだと認識されているのかもしれない。


 ――わかっているわ。望まれていないことなど。


 けれどリリアは、もうなんとしてでも騎士団長として身を立てるしかないのだ。

 新たな縁談が決まらない自分のためにも、四つ年下の弟で、王太子であるジョルジュのためにも。


 ならばここで落ち込んでなどいられない。

 努力をしながら常に前進あるのみ、だ。


「……言いにくいことを伝えてくれてありがとう。あなたの言っていることは理解できたわ」


 従騎士である少年にそう返せば、彼はほっと安堵の息を吐いた。


「では私どもはこれで失礼いたします。このあと、演習に参加しなければならないので」

「ちょうどいいわ。ならばわたくしのことも第二演習場まで案内してちょうだい」

「え……?」


 本気ですか? と言わんばかりに、少年は目を丸くする。


「お言葉ですが、竜騎士隊の方々はその必要はないと――」

「それでも、わたくしを案内して、と言っているのよ」

「ですが先輩方はそれを望まないと――」

「だからといってこのまま引き下がれるものですか……! とにかく今すぐに! さっさとわたくしをその場所に案内しなさい!」


 悪役王女よろしく言い放てば、彼は「しょ、承知しました!」と、飛び上がるように背筋をまっすぐにした。

 そしてほかの二人とともに、さっそく第二演習場へ向けて歩き出したのだ。

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