悪役王女の竜騎士団生活 〜婚約破棄後に溺愛されても困ります!〜
新奈シオ
序章 春の花舞う就任式(初の女性騎士団長なんて、荷が重すぎます)
第一話
ある
ヴィステスタ王国の王城内――大聖堂前の中庭には、やわらかな陽光が降り注いでいた。
まるで今日という日を祝福するかのごとく澄み切った青空に、
近くの庭園から飛んできたのだろう。風に乗ってあたりを舞う桃色の小さな花はかぐわしく、まるで結婚式のフラワーシャワーのようだ。
――ああ、なんて美しい光景なのかしら。
そう感嘆しつつも、リリアの心には分厚い雨雲がたちこめていた。
「リリア・アンセルム・ヴィステスタ、ここへ」
その名を呼ばれてしまえばなおさらだ。
大聖堂前に集まった、揃いの団服を着た者たち――総勢五百余名の男たちの視線がただちにリリアに集まり、途端に身体が震え上がる。
ああ、どうしよう。いよいよ呼ばれてしまった。
ならば返事をして、祭壇前に立つ王のもとまで行かなければいけない。
王女であるリリアの父、ヴィステスタ王の
「リリア・アンセルム・ヴィステスタ、ここへ」
再度、その名を呼ばれる。
今度は先ほどよりも強い調子で。
――落ち着くのよ、リリア。もうどうすることもできないのだから、予定どおりに事を進めなさい。
ようやくいくばくかの平静を取り戻し、顔を上げる。
左胸に右の手の平をあて、「はい」と、声を絞り出した。
リリアが身にまとうのは王立騎士団、竜騎士隊の黒を基調としたコート風の隊服だ。
一歩を踏み出せば、その裾とともに、結った亜麻色の長い髪が風になびく。
「リリア・アンセルム・ヴィステスタ、そなたを王立騎士団の最高責任者に、そして竜騎士隊の隊長に任ずる」
それは騎士団の団長と任命された者が、代々受け継いでいる宝剣だった。
「ヴィステスタ王国、第二十三代王立騎士団長、リリア・アンセルム・ヴィステスタ、ここに誓います」
リリアは、もう何十回も繰り返し練習した文言を口にした。
「神の守護を得、騎士の掟を剣とし、竜とともにヴィステスタ王国の民を守らんとすることを……!」
立ち上がり、
その剣先を青々とした空に勢いよく向けると、五百余名の男たちから歓声が上がった。
しかしそれは、リリアを祝福してのことではない。リリアが天に向けた剣先の上を、銀色の大きな竜が翔けたからだ。
「あれが直系の王族のみが持つ銀竜か……なんて美しいんだ!」
「ようやく騎士団が聖竜を手に入れたぞ! これで大国テシレイアの脅威に怯えることもなくなる!」
歓喜に沸き立つ中庭で、けれどリリアの心はやはり重々しかった。
――無理よ……初の女性騎士団長なんて、わたくしには荷が重すぎる……!
助けを求める視線を父である王に向けるが、苦い顔で首を左右に振られる。「もう後戻りはできないのだ」と、言わんばかりに。
わかっている。
もうこうするしかないのだと、リリアだとてじゅうぶん理解している。
けれどどうにも不安でしかたがないのだ。
若干十七歳の自分に――王女である、というだけで騎士団長へと就任した自分に、騎士たちが従ってくれるわけがない、と。
「絶対にうまくいかないに決まっているわ……!」
しかも日々を過ごすことになる竜騎士隊には、かつて自分の婚約者であった男が在籍している。
二年前、あちら側から一方的に婚約を破棄してきた、憎きあの男が。
――その彼がわたくしの副官ですって?
「冗談じゃないわ、どんな顔して会えというのよ……!」
前途が多難すぎてつらい。
できることなら今すぐここから全速力で逃げ出したい。
いまだ歓声が響き渡る空の下、リリアは盛大な溜息を吐かずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます