第31話 決着

「ただいま」


 立ち上がって銃をかまえる。


「まだやれるんだよ」


 相手の姿を探すが、見あたらない。


 あっちだ。フーマが叫んだ。


「ありがとよ」


 遮蔽物をいくつか飛び超える。シェリングの姿を見つけた。山高帽はかぶっておらず、短く刈りこまれた金髪があった。左手がダラリと垂れ下がっているのは、腕のどこかに被弾したせいか。頭を吹き飛ばされるよりはと、左手を捨てたのだろう。


 遅かったな――


 シェリングの声が、頭のなかに直接やってきた。ヤツの目をとおして、地面にうずくまるミーナを捉えた。


 今すぐに撃っても間に合わない。それを理解しながらも、俺はトリガーをひいた。が、弾はでなかった。引き金が驚くほど軽い。円筒形の弾倉が、からからと空転した。


 大丈夫だ、兄さん――


 爆発音がして、シェリングの腕が蛇鞭のようにはねあがる。


 言っただろ、食い殺してやるって。内側から食ってやったぜ――


 リボルバーがからからと空転した。さきほどヤツの左腕にささった銃弾が、今になって爆発したのだ。シェリングが膝をついた。左の肩口から煙があがっている。


 ざまあねえな――


 弾倉から、これまでにないエネルギーを感じた。


 次のは、とっておきだ――


 銃口から、赤い液体が流れだした。能力を酷使しすぎている。記憶片セルの死が近い。


 フーマに命じられるまま、引き金をしぼった。六発の実弾が、砂ぼこりをかきわけて直進していく。反動の大きさに、両手が頭のうしろまではじかれた。


 ほら、飛べ――


 一発目の弾は力強かった。それは、近くにあった鉄板の中心をへこませながら、じりじりと押しこんでゆき、つぎつぎに遮蔽物をまきこんだ。そうしてシェリングの前にたどりついたとき、弾丸はリビングルームほどの大きさをしたかたまりになっていた。シェリングは跳躍し、頭上にある空中ブランコに着地した。


 止まったら死ぬぞ――


 二発目の弾は繊細だった。そいつは空中でまっぷたつに割れると、おのおのが空中ブランコの縄を断ち切った。ブランコの椅子が、くるくると回転しながら落下してくる。そこに座るシェリングは態勢をくずしながらも、俺のほうに照準をあわせる。


 俺はしつこいぜ――


 三発目の弾は、ひどく優しかった。それはシェリングのかまえた銃にむかっていき、トリガーと、そこにかかる人差し指とだけを粉砕した。天井にならんだライトに照らされてまたたきながら、シェリングの銃が空中に弧をえがく。


 もういっちょ――


 四発目の銃弾は、ゆったりと空を飛んだ。あまりに悠長なので、後方からきたせっかちな五発目の弾丸が、その尻を押した。接触したふたつの弾は、進行方向を変えて、落ちていくシェリングの右腕と、天井に到達しようとするハンドガンとを、それぞれ射抜いた。シェリングは呻きをもらして、まっさかさまに地上に墜落してゆく。


 これでお別れだ――


 最後に六発目の弾丸だが、これは意識的だった。青く蛍光したそいつは、銃丸にあるまじき蛇行運動をして、うずくまるミーナのまわりを飛びまわったのである。ややあって、ミーナが膝立ちになり、銃をかまえた。すると、六発目の銃丸はバチバチと電気をちらして、降ってくるシェリングへと突進していった。役目を終えた五発の弾丸が、その軌道上にひらひらと浮遊している。


 ミーナが引き金をひいた。銃口からでた赤い弾は、六発目の弾丸と同じ軌道をとおって、シェリングの落下地点を目指した。このさい、浮遊している弾と接触して、ミーナの弾は速度を落とす。


 シェリングは、右腕で青いほうの銃丸をふせいだ。着弾の瞬間、弾は爆発してその腕を粉砕した。


 押しこめ――


 こうしてがらあきになった額に、赤い弾頭が突き刺さった。後頭部から飛び出してくるものはない。赤い弾は、シェリングの記憶片セルに到達したところで、ちょうど速度を失なった。


 兄さんはまだ生きてくれ――


 リボルバーを見ると、赤い模様が消失していた。俺はあいつの死に追いつけない。使い手を守るために自殺する銃なんて、いい迷惑だ。



 観客席からの拍手が聞こえ、決着を知った。いつからそこにいたのだろうか。闘技場の壁をかこんで、ちらほらと人のすがたがある。また、闘技場にある遮蔽物の裏から、俺が最初に引きずり落とした男が顔をだしていた。必死に逃げまわったのだろう。上等なスーツは砂まみれになっており、派手な金色のネックレスは無くなっていた。観客席から投げこまれたロープをたよりに、男が客席にもどる。他の客たちにとりかこまれて、彼は勇者のようにもてはやされた。


「おにいちゃん」


 ミーナがシェリングに駆け寄っていった。白いキュロットスカートが、尻のかたちをならって汚れている。


 あおむけに倒れているシェリングの横に、ミーナがひざまずいた。俺は彼女の後ろに立って、シェリングの顔をのぞきこむ。


「おにいちゃん、起きてよ」


 ミーナが、シェリングの肩をゆさぶる。


「ねえってば」


 俺が知らない、甘えるような声色だった。


 シェリングの口から、うぅと、うめきがもれた。まぶたが開かれて、赤い眼がのぞいた。


「おにいちゃん」


 ミーナはシェリングの顔に手をあてて、自分のほうにむけた。


「私だよ。わかる?」


 シェリングが目をしばたかせた。焦点は合っているのだが、自分がどこにいるのかを理解していないようだ。


「おにいちゃん」


 シェリングは、ああといって、上体をよじった。


「よお、ミーナ。オムライスでも食いにいくか?」


 ミーナは顔をふせて、「うん、いこう。ずっと食べてなかったんだ」と返した。


「あんなに好きだったのになあ。人間、変わるもんだぜ」


 シェリングは冗談めかしていうと、ミーナの後ろに突っ立っていた俺に視線をくれる。


「うわ、なんでおまえがいるんだよ?」

「知り合いなの?」


 ミーナは、俺とシェリングとを交互に見ていった。


「いや、知らない」「知らねえ」


 俺とシェリングとは、同時に返した。


 疑うように目を細めるミーナに、シェリングはなだめるような声色をつかう。


「知らねえんだけど、ちょっと話しておきたいかな。たいしたことじゃないんだけど、確認したいことがあってさ」

「……わかった」


 ミーナは引き下がって、俺に目配せをくれた。しぶい表情から、兄との関係がそれとなくうかがえる。彼女は少し離れた場所にある、木箱に腰をおろした。


 俺はシェリングの横にひざまずいて、「手短にたのむよ」と言った。


「つれねえな」


 シェリングは、ぼんやりと天井を見上げている。


「じゃあ単刀直入に……おまえの体はかつて俺が使っていた物だ。おまえは誰だ? どうして俺の体に入っている?」


 唐突な告白に頭がついていかなかった。俺の返事を待たずにシェリングが続ける。


「身に覚えはなさそうだな。だったら、あのじいさんが悪だくみでもしたんだろうな。会ったことあるか、スクラップマウンテンに住む記憶の商人に」


 思い当たるのは一人しかいない。俺は首肯した。


「たぶん上方衛星ブレーンにいるはずだから、会って話を聞いてこい」

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