第32話 上方衛星

 闘技場での試合があった翌日、シェリングは死んだ。医者はろくに調べもせず、頭部の傷が原因のショック死だと断定する。看病をしていたはずのミーナは行方をくらませた。ユーマには、真相を探るだけの動機がない。上方衛星ブレーンへの移住権を購入するため、すぐに町を離れた。


 大陸の中央にある都市で、ユーマは二人分の移住権を手にいれた。フーマの記憶片セルを連れていくために、そうする必要があったからだ。発着駅ステーションで宇宙船に乗ってから、すでに幾日かが経過している。


 宇宙船の客室はシンプルなつくりをしていた。球形をした部屋に、スプーンのような形状をした椅子がふたつ、むかいあっているだけだ。椅子の片方にはアイマスクをしたユーマが座っており、もう一方には模様をなくしたリボルバーが置いてある。高速で動いてはずなのだが、船内は静かだった。離陸時の騒音すらなかったし、走行時の振動もない。壁のどこともいえない場所から、さざ波のBGMが流れている。


--まもなく上方衛星ブレーンに到着します


 船内放送がいった。ユーマはアイマスクを外した。


--上方衛星ブレーンに到着しました


 ユーマは船尾へと向かう。


--足下にお気をつけください


 搭乗口には、蛇腹になったトンネルが連結されていた。それをくぐると、広いホールがあった。そのやたらと白いだけの部屋は、天井と壁との境目がわからない半球型をしている。ホールの中央にぽつんと置かれた椅子に、ユーマは腰をおろした。


--ようこそ。上方衛星ブレーン


 男の声が反響した。


--映像を反転させますので、そのままお待ちください


 ちかちかっと、白い光が部屋中を駆けめぐる。


--上方衛星ブレーンへようこそ


 声が女のものに変わった。


 ユーマの目の前には、不可思議な構造物が現れていた。一見すると、セラミックでできた大木のようだ。全体にツヤのある質感をしており、形状はセコイアの木に似ている。また、枝のひとつひとつからはブドウが実るようにして、白い球体が生えだしている。ユーマはその足もとに立つと、白い球体を凝視した。


--生体を保存するためのカプセルです


 女の声が勝手に説明した。頭のなかの疑問を読み取って反応してくれるらしい。


「そうか。まだ聞いてないけどな」


 ユーマが不快を隠さずにいった。女の声は、これには反応しない。


「虫の卵みたいだな」


 ユーマがぽつりとつぶやいた。頭上から、球体のひとつが降下してくる。


「死んでいるみたいだ」


 球体の中には、育ての親である老人が横たわっていた。体中のいたるところからコードが飛びだしている。


「ただいま、じいちゃん」


 ユーマは、カプセルのなかにいる老人に手を伸ばした。途中にあった透明な壁にはばまれ、触れることはできない。


--死んではいません。仮死状態にしているだけです。この星を永続させるためには、不可欠な処置です。人間が生命活動をおこなうと、星には多くの負荷がかかります


「ほんと、死んでいるみたいだな」


 ユーマは、老人を見下ろしながらほほえんだ。


「これじゃあ抜け殻だ」


 握りしめたこぶしが震えた。これまでの旅路を否定されているような気分だ。


--我々は精神的な存在です。これこそが本来のありかたです。あなただって知っているはずです。その拳銃のなかで生き長らえているのも、肉体を失った記憶なのだから


 女の声は、感情をまじえずにいった。構造物に実ったカプセルがふたつ、ユーマの目の前に降下してきた。中には誰もいない。


--どうしますか? 上方衛星に移住しますか?


「ああ」


 ユーマは、片方のカプセルにリボルバーを投げこんだ。


「俺たちをつれていってくれ」


 もう片方に自分の体を寝かす。


--かしこまりました。良い夢を見られるよう、お祈りします


 カプセルの内部が、白い煙のようなもので満たされた。いつのまに蓋がしまったのだろうかと考えているうちに、ユーマは意識をなくした。

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