第23話 霧中

「ファイッ」


 大銅鑼が鳴らされると、歓声がよみがえった。俺は右側に走りだして、積み重ねられたブロックの裏にひそんだ。すぐさま、ガガガガガと断続的な裂音が起こった。相手の弾丸が、ななめ後方にある鉄板に跳ね返っていた。連射速度がはやい。おそらくリカという女の攻撃だ。


 俺はブロックに隠れたまま、手だけをだして引き金をひいた。一発、二発……マガジンが空になるまで撃った。相手の銃弾がやんだ。俺はその隙に、やや離れたところにある穴に飛びこんだ。


 後方で破裂音が起こった。振りむくと、先ほどまで背負っていたブロックがつぎつぎに砕けていた。敵の弾はさっきまで俺の頭があった高さに集中している。


だるまおとしの要領でブロック塀が倒壊した。粉になったブロックが、即席の煙幕をつくる。


 穴から這いでた俺は、身を低くして走った。足を止めず、煙幕にむけて連射する。あてることは狙っていない。一瞬でも長く、相手の気をそらすことが目的だ。


 煙幕のむこうから銃弾が返ってきた。こちらの動きを、ごく正確に捉えている。俺は速度をおとさずに前転し、近くにあった鉄板の裏に隠れた。


 相手の弾丸が鉄板にぶつかった。弾丸の形にへこみができている。動いていなければ、いつかはやられる。今までの対戦相手が、いかに甘かったのかを痛感した。もしも生き残れたなら、最高水準の記憶片セルに乗り換えようか。いや、そんな悪あがきをして、なんの意味がある。


 それにしても、ミーナはどこにいる? 手はずどおりなら、すでに相手のひとりを殺しているはずだ。俺がひきつけているあいだに、そっと近づいたミーナが相手を殺す――俺たちのやり方は決まっていて、今日もそれでいくはずだった。普段なら合図がやってきてもいいころだが、今のところミーナは一発も撃っていない。なにを手間取っている? 作戦を変えて、ふたりで攻めるべきなのか。


 急に弾が飛んでこなくなった。だが、依然として相手の銃声は聞こえる。


 ミーナのほうが狙われているかもしれない。俺は鉄板を飛び越えて煙幕につっこんだ。前が見えないため、無駄打ちはしない。


 敵はどこにいるんだ?


 俺の問いかけに、記憶片セルは答えなかい。銃を握る手が汗ばんだ。


 敵は、どこにいるんだ?


 自動拳銃は何も言わない。その銃身は、無機質な輝きをまとっている。


 敵は、どこにいるんだ?


 粉塵で目があかない。俺は耳をそばだてて、あたりの音をさぐった。


 左側から、敵の銃声が聞こえた。引き金にかけた指がわなないた。


 相棒がヤバいのか? たぶんそうだ。


 直感を頼りに撃った。記憶片セルからの干渉があり、銃口がやや上を向いた。


 遅れて、ごおぉぉおぉん、と銅鑼が鳴った。試合終了の合図だ。


 空底がカシャンと音をたてて、次の弾が装填された。強引に目をこじあけると、涙でぼやける映像があった。


 弾丸の行き先に、見慣れた金髪があった。相手はどちらも茶髪だったから、ミーナで間違いない。


 その影が手を振った。俺の銃弾は、彼女の体をよけてくれたらしい。


 俺はホルスターに銃をしまった。生きた心地がしなかった。


 俺の手はいつか彼女を殺すだろう。

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