第20話 初陣

 目抜き通りには、さまざまな素性を持つ者が集まっていた。ことさら目をひくのは、高価なアクセサリーを身につけた中年の男女だった。彼らは資本家らしく、数人の護衛をともなっている。籠や馬に乗っている者もいて、みすぼらしい格好をした町人には目もくれない。


 ユーマが借家の手配に出かけているため、フーマとミーナとは二人で行動していた。それぞれの手には、出店で買ったホットドックとオレンジジュースがある。パンにはさまれた豚の腸詰は噛むと肉汁があふれてきて、フーマの口に合った。


 闘技場の目印である、黒い大天幕が見えてきた。サーカス団のテントに見た目が似ており、ぐるりを囲むように露店が並んでいる。日差しが強く、浅黒い肌をした商人が多い。たちのぼる陽炎の向こうに、フーマは故郷の市場を思いだした。


 闘技場の事務所は、参加者でごった返していた。窓口に立つ職員も含めて、ほぼ全員が銃をもって武装している。同じ場所にこれだけの無頼漢どもが集まれば、少しのいざこざから撃ち合いが始まってもおかしくはない。そうならないのはやはり、闘技場のバックに巨大な勢力が控えているからだ。


 フーマは、整理券を取ってきたミーナにたずねる。


「結構待つことになりそうか?」

「かなり待たされると思うぞ」

「実際に戦うのはいつになる?」

「ひと月は先かなあ。新参者はあまり優先されないから」

「他のやつらは何をしにきてるんだ? 全員が俺たちのようなルーキーじゃないだろ」

「賞金の受け取り、闘技への参加申し込み、参加資格リングの獲得のため……」


 ミーナが面倒くさそうに答える。


「ひとくくりに言えば、暴力を換金しにきている」

「いいな、そういうの。わかりやすい」


 フーマはそういって、ソファからたった。


「どこにいくんだ? ほっつき歩いてると絡まれるぞ」


 ミーナの問いかけに、フーマは片手をあげて答える。


「便所だよ。しばらく待たされるんだろ」


 化粧室を出たところに、細い廊下がある。男女の二人組が肩を並べて、壁にもたれて立っていた。


「悪いことは言わない、やめときな。あの女と組むと殺されるよ」


 女に声をかけられた。フーマがガンを飛ばす。


「誰だよ、おまえは?」

「あいつの元相棒さ。信じられる? 至近距離で三発食らわされたんだ」


 女はそういって、タートルネックの襟をずり下げた。鎖骨の下にある皮膚が、黒っぽく変色して皺になっていた。銃創だ。傷の中央部分は肉色をしている。


「心配すんな。俺はあんたほど弱くない」


 ひょうひょうとしたフーマを見て、女は苦笑する。


「そうか、それが本当ならいいな。あの子が傷つかなくて済む」

「意外だな」


 フーマは肩で笑った。


「あのはねっ返り殺されかけたんだろ。恨んではいないのか?」

「ださい話になるんだけど、ビビっただけさ。これっぽっちも恨んではいない」


 女は真顔で答えた。


「ミーナがいなきゃ、私はとっくに死んでいただろうし。あの子自体が好きだからね。いい子だよ。いつまでたっても殺し合いに慣れない。本当なら花屋にでもなってるべき子さ」

「俺は嫌いだな」


 フーマが返した。


「あいつは、自分を中心に世界が回っていると勘違いしている。つまりさ、ナルシストなんだよ」

「そういうところはあるかもね」


 女は屈託なく笑った。


「いつかあたることになったら、お手柔らかにね。幸運を祈るわ」


 相棒に目配せをして、彼女は闘技参加者用の待合室へともどっていった。


 フーマは、彼女たちと反対方向に進んだ。つきあたりにあるプライベートルームと書かれた扉をひらく。


「おまえ、立ち聞きしただろ?」


 中はロッカールームになっていて、バツが悪そうな表情のミーナがいた。


「うん。気になっちゃって、あとをつけた」

「というか、どうやって忍びこんだ? あいつらや警備員に気づかれないで」

「外に出て、窓からはいった。おまえが殺されると困るから」

「本当はそうじゃねえだろ」


 フーマはため息まじりにいって頭をかいた。


「今からでも謝ってきたら? ツレなんだろ。あいつもおまえのこと気にしてたぜ」

「ダメだよ。敵になるかもしれない」

「変なところでマジメだな。なんか、兄さんに似ているよ」


 事務所にもどると、メガホンをもった係員が大声を出していた。


「午後一番の試合、闘技者が逃げた。ランクはC1。出てくれるヤツはいないか?」


 職員達もなんとなくバタバタしている。契約違反のペナルティは重く、敵前逃亡する闘技者は珍しいのだ。


「対戦相手は誰だ?」


 ソファに座っていた女がきいた。


「リンチ姉弟。今回だけは、賞金額に二割のせるぞ」


 ざわめきが数秒やんだ。それから、いくらかの闘技者が相談をはじめた。係員はメガホンを下ろして返事を待っている。


「強いのか?」


 問いかけたフーマに、ミーナは耳打ちする。


「ここにいるヤツらよりは強いけど、同一ランクのなかでは普通だ。降参した相手をリンチして殺すから、同業者から嫌われているんだよ」

「親切な名前だな。だからこそ悪趣味な客のお気に入りってわけか」


 フーマは目を伏せて、「俺たちも出られる?」ときいた。


「無理だ。チームランクが足りない。C1の相手に挑戦する場合、プラスマイナス1まで、B3からC2のランクが必要だ」


 フーマが曖昧な反応をしたのを見て、ミーナは補足する。


「チームランクは、私とあんたのランクから算出される。私はC1で、あんたはランクなし。あんたがD1になれば、チームランクはC2になるんだけど……」

「どうすれば、その『D1』になれる?」

「まずはEランク戦に参加して、リーグ戦で十戦中九勝する。そしたら、D3のリングをもらえるから、ランク戦に出られて……たしか、勝率八割を維持すればいいんだっけなあ?」


 ミーナはそこまでをいって、フーマを横目で睨んだ。


「あとはマニュアルを読めよ。私はルール説明のためにいるんじゃない」


 フーマは小鼻をこする。


「なんだよそれ、思っていたよりも面倒だな」


 それから急に、思い出したように大口をあけた。


「そうだ。リングって、他人からもらった物でもいいのか?」

「問題ないぞ。運営側は関知しない。わざわざバケモノに挑んで死ににくる物好きなんていないからな」

「近所のおっさんにもらったんだ。これで今日の試合に参加できないかな」


 フーマはそういって、懐から銀色のリングをとりだした。故郷の街を出る前に、ローリンズから預かったものだ。


「シルバーなら可能性はあるな。見せてみろ、刻印の種類でランクがわかるから」


 ミーナはリングを指先でつまんだ。


「どんなおっさんとご近所づきあいしてたんだよ。B3のリングだ。私よりもランクがひとつ高い」

「どんなって、喧嘩っ早いおっさんだよ」


 フーマは返した。


「それと、ハムサンドを作るのが壊滅的に下手だな」


 二人が相談を進めているあいだも、参加を表明する選手は現れなかった。業を煮やした係員が、ふたたびメガホンをかまえる。


「誰もでないのか? 賞金を四割のせてもいい」

「私たちがやろう」


 ミーナが手をあげた。係員は振り返って、手招きする。


「本当か! 助かるよ。すぐに手続きしてもいいか?」


 係員はカウンターの内側にまわって、窓口に置かれた休止中の札をどけた。


参加証リングの提示と、書類への記名だけは頼む。あとはこっちでごまかしておくよ」


 ミーナはペンをとり、二人分のサインを済ませた。


「賞金を五割増しにしてくれれば、なお良いんだけど」

「そうだな。客を喜ばせてくれたら、そうしてもいい。いや、俺に権限はないんだが」


 受付係は、二人から預かったリングを文鎮がわりにして、書類にペンを走らせる。


「C1とB3か。若いのに強いな。あとでサインもらえる? ってことは、チームランクはB3と……。あとの手続きは俺がやっておくから、このまま検査を受けにいってくれ」

「こちらへどうぞ」


 若い係員がカウンターから出てきて、引率をひきうけた。


「なんで、B3とC1で組んだら、チームランクがB3になるんだ」


 廊下を進むユーマが、独り言のようにつぶやいた。


「計算方法がわからん」


 前をいく係員が返す。


「上位ランカーがひとりいるだけで、戦局を有利に進められるからです。上にいくほど昇格は難しいですから、隣接するランク間の実力差も大きくなります。つまりですね……」

「いや、もうわかったよ」


 フーマがさえぎった。


「少年リーグのチームに、プロ野球のピッチャーがひとりいるって感じだろ」


 廊下の奥では、別の係員が扉をあけて待っていた。これをくぐると、八畳ほどの部屋があった。


「あちらのゲートをくぐってください」


 係員は部屋の中央に立っている二本の棒をしめした。


 二人は指示にしたがった。体の側面が赤い光線に照らされる。


「オッケーです。細菌兵器の持ちこみはなし」


 係員は手にしたボードにチェックをいれながら、「今回はCランク戦になるので、重量調整もはいります。そちらの台へどうぞ」といった。


 ミーナは体重計に乗った。


「ウェイト八十」


 計測係が目盛の数字を読みあげた。


「あちゃー、おまえけっこうデブなんだな」


 軽口をいったフーマを、ミーナがグーでどついた。


「金属を服に編みこんでいるからだよ。おまえも防具ぐらい仕込んでおけよ」


 フーマは唇を舐めながら、体重計に乗った。下唇が腫れあがって、皮がめくれている。


「ウェイト七十」


 計測係が笑いを噛み殺しながらいった。


「どうします? あと十五増やせますけど、このまま出ますか?」


 フーマは、ミーナをふりむいた。


「その棚に置いてある武具を、自由に使っていいってことだ」


 ミーナは意を汲んで返した。


「相手チームと、こちらのチームの総重量を同じにするって措置ね。別につけなくてもいいんだよ。スマートなまま死にたいっていうなら」


 フーマは大人しく、棚から武具を選んだ。特に迷いもせず、手甲ガントレットをはめた。黒い本革が手首までを包み隠す。関節の動きを邪魔しない位置に、厚手の金属板が貼られている。


「あと五いけますよ」


 係員が仕草をまじえながらいった。


「じゃあ、これも持っていくは」


 フーマは部屋の隅に置かれていた工具箱から、モンキーレンチをとった。


 ゆるやかなカーブを描く廊下を抜けると、鉄製の格子戸があった。


「この先が闘技場だ」


 ミーナがいった。


「ビビるなよ」

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