第17話 敵襲
表の看板は昨日から閉店のままだった。しかし、来るはずのない客がやってきた。
カトーだった。肩で大きく息をしている。
「急いでアジトにもどれ」
「どうしたんですか。特大のゴキブリでも出ましたか?」
ふざけるフーマに、カトーは淡々とした口調で告げる。
「ああ、でけえのがぞろぞろとな。隣町のヤツがこぞって押し寄せてきやがった。腕の立つヤツらはボスに同行していて、どうにも手に負えねえ。チクショウ、最悪の日だぜ」
「ギャングですか。そいつは面倒ですね」
「すぐに来てくれ。ローリンズさんも駆けつけてくれたんだけど、『ユーマたちを呼んでこい』って。頼む、助けてくれ」
カトーは丁重に頭を下げた。
フーマの顔つきが変わる。
「らしくねえぜ、カトーさん。あんたが俺に頭を下げるなんて」
「仕方ねえだろ、それぐらいしかできねえんだから」
カトーの声に感情がこもる。
「
「
フーマは目を細めた。
「オッケーだ、カトーのアニキ。報酬はチョコレート十年分でいい」
「恩に着るぜ。糖尿病に詳しい医者も紹介する」
カトーは礼を言うと、脇目もふらずに去っていた。
「チャンスかもな」
フーマがにやけた。
ユーマはこくりと肯き、ククリナイフを腰に下げた。
アジトに近づくにつれ、あたりはざわついていった。流れ弾を恐れた町民が、二人と逆方向に逃げていく。人波を逆流するかたちだ。
たえまなく銃声が響いていた。焦げたニオイが鼻をつく。ギャングの主要拠点である洋館から煙があがっていた。
アジトは四方を高い石塀で囲まれており、その上部に有刺鉄線がはりめぐらされている。鋼鉄製の正門は開いており、外には銃をもった男たちがたむろしていた。見たことのない面々だ。隣町のギャングだろう。
二人に気づいた者が拳銃をむけてきた。すぐに撃ってはこない。ユーマ達は両手をあげて、そそくさと路地へ逃げこんだ。
「やっかいな仕事だぜ」
フーマは両の手に、それぞれ拳銃をもった。
「兄さんは奇襲をかけてくれ」
ユーマは親指をたてて了承すると、身軽な動きで民家の塀を乗りこえた。
フーマは数秒待ってから、もといたほうへ飛びだす。
銃をかまえた男が二人、射程圏内に接近していた。二丁拳銃をどてっ腹にぶちこんだ。右側の男が即座に倒れた。もう一人のほうは、くずおれそうになりながらも撃ち返してくる。
フーマは身を低くして突進する。敵の弾は当たらない。
正門にいた敵の一団が異変に気づいた。銃口がフーマのほうに集まる。
フーマは
フーマは路地をつっきってアジトの裏へむかう。T字路を右に曲がったとき、追手が撃ってきた。奥にある土壁に、多数の銃弾が突き刺さった。
フーマはジャケットから手投げ弾をだして、きた道に転がす。
爆ぜた。
数秒待ってから、もとの通りにもどる。たちこめる煙にむけて両手の銃を乱射した。しばらく撃ったところで、また物陰に隠れる。
息を整えながら待った。相手は撃ち返してこない。
呼吸が落ち着いた。突然、角から人影が躍りでた。フーマは銃をかまえたままバックステップで距離をとる。
「久しぶり、兄さん」
「表は片づいた。本隊は中にいるみたいだ」
ユーマはククリナイフを服の裾でぬぐった。白いシャツがまっかに濡れた。
「俺は正面から行く。フーマは裏から回れ」
フーマは警戒しながらも急いだ。途中、誰とも会わなかった。死体すら見当たらない。敵は集中させた戦力で、正面から攻めてきているらしい。
裏口に着いた。ローリンズがドアにもたれるようにして立っていた。
「何やってんだよ、ダンナ」
フーマは言った。
「止血してんだ。見りゃわかんだろ」
ローリンズは負傷していた。血で黒ずんだタンクトップの腹を押さえている。
「おめえこそなんだ、朝飯でも食いに来たか?」
「おっさんが俺たちのことを呼んだんだろうが」
フーマの表情が強張る。ローリンズの周りには血だまりができていた。
「そういや、そうだったな。最近、忘れっぽくていかん。……フーマ、こっちにこい」
フーマは言われるままに近づいた。すると、ローリンズが銃を抜いた。
「てめえは呼んでねえよ」
ローリンズはあぐらをかいた腿に銃を置いて、軍パンのポケットをまさぐった。
「選別だ。とっておけ」
銀色のリングをフーマに握らせる。
「闘技場の
「とぼけんな。おまえら、逃げ《バックれ》るんだろ」
「そうだとしてもだ。これはおっさんの勲章だろ?」
「使う予定がねえんだ。それに、おまえなら役立ててくれると思ってな」
「冥土のみやげってやつか。えらく謙虚じゃねえの」
「ちげえよ、くそガキ」
ローリンズは満面の笑みをみせる。
「俺は繊細なんだ。こんぐらいで死ぬほど、粗雑な作りしてねえよ。なんなら、今すぐポエムを読んでやってもいいんだぜ?」
「あいかわらず、悪趣味だな」
フーマは返した。
「オッケー、これは預かっておくよ。そのうち返しにくるから、それまでに詩集を完成させておいてくれ」
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