第16話 凶兆

 作業は困難をきわめた。欠損した情報が多すぎたせいだ。このことは、発生する線が枯れていくスピードに表れていた。何本かは、ピンセットでつかむ前に枯死こししてしまった。


 また、情報そのものも複雑だった。一度に相手にしなくてはいけない線が多すぎたのだ。部屋にあるすべての手を動員しても、ゆうに五人分は足りない。このため、線を固定するための工具をつかって、大がかりな修繕がおこなわれた。


裸婦像らふぞうを四十八番に接合」


 ユーマがいった。


「以上で作業終了だ」


 最後の線がつながれた。記憶片セルから生えた線が交差して、織り布のようになっている。


 いつからか、西日がさしこんでいた。生まれ直したばかりの銃を祝福せんばかりの、あたたかい色をした光だった。


 フーマは大きく息をついた。


「ひどい目にあったぜ。ていうかさ、兄さん。かなり深いとこまで辿っただろ」

「ああ、やっぱバレた?」


 ユーマは返した。


「これだけ線がでてこれば、まあバレるよね。正直、窒息しかけたよ。途中で何回か意識なくなったし」

「じいちゃんが聞いたら、ぶち切れるぞ。『記憶の商人たるもの、他者の人生への尊敬を忘れてはいかん。命を畏怖いふしないことすなわち』とか言ってさ」

「いいそうだね。じいちゃんはややこしい話が好きだから」


 二人が雑談するのを、客の少女は微笑みながら見守った。細まったまぶたからのぞく瞳は潤んでおり、どこか懐かしげだった。


 フーマが彼女に向き直る。


「悪いな、手伝ってもらって。これから茶にするけど、一緒にどうだ?」

「いや、悪いからいいよ。せっかく兄弟ですごす時間なんだから」

「心配するな。金はとらねえから」

「そういうことじゃなくて……」


 気兼ねする少女の腹がぐううと鳴った。


「食べ物もあると嬉しいかな」


 顔を赤らめながら言う。


 茶と、大量の菓子とがテーブルに並んだ。


「ところで名前はなんていうんだ?」


 フーマが言った。


「俺はフーマで、こっちがユーマ兄さん」

「ミーナだ」


 少女は名乗り、チョコレートをつまむ。


「あ、おいしい。酒にあいそう」

「よろしくな、ミーナ」


 フーマは緑茶に砂糖をいれると、スプーンのささった小さな壷をミーナのほうに寄せてやる。


「なんでこの町にきたんだ?」


 フーマがたずねる。


「いやあさあ、ここって何もないだろ」

「仕事だよ」


 ミーナは砂糖の壺をユーマのほうに追いやる。ユーマはそれを持って階段をあがっていった。


「銃を使う仕事ってなんだ?」


 フーマがきいた。


「悪いがそれは言えない」


 ミーナが返す。


「おまえたちには感謝してるけど、依頼主との約束がある。恩があるからこそ教えたくないんだ」

「そういう事情なら俺も知りたくねえな」


 フーマは話題を変える。


「じゃあ、首にぶらさげているリングについては? それって闘技場の参加者資格ライセンスだよな?」

「よく気がついたな」

「さっき銃を直しているときに、ちらっとね。良かったら見せてくれないか?」

「別にいいよ。胸をのぞいたのもアニキには黙っていてやるよ」


 ミーナは茶化すと胸元に手をさしこんだ。首にぶら下げたボールチェーンの先で、金色のリングが光った。


「どうだ、よだれが出るだろ? 特別にさわらせてやろうか?」

「そいつは最高だね」


 フーマは目線を合わさずに言った。


「ほかにもう一種類、銀色のリングがあるんだよな?」

「よく知ってるな。もしかして闘技場に出たことがあるのか?」

「いいや。知り合いが持っているだけ」


 フーマは手のひらにキューブ状のチョコレートを二つ置いて、それらが接触しないように転がした。


「大金が必要なやつは、誰もが闘技場を意識する。例えば上方衛星ブレーンへの移住権が欲しいやつとか」

「私はそうじゃないよ」


 ミーナはチョコを二つつまみ上げて、フーマの手に乗せた。


「人を探しているんだ。そのために金が必要なだけ」

「誰かを探すのも大変なんだな」


 フーマは手のひらに乗ったチョコをまとめてほおばる。


「俺の兄さんに聞いてみたら? ああ見えて顔が広いんだぜ」

「どうだろうな。もしかしたら死んでいるかもしれないし」


 ミーナは顔を伏せた。黒いチューブトップの胸元で、金色のリングが揺れている。


 ユーマが一階にもどってきた。


「お、それ見たことあるよ。たしか、ボスが同じものをもっていた。流行ってるのか?」


 何気なしに言って、腰を下ろす。


「わかっていたことだけどさ、兄さんは世の中にうとすぎるよ」


 フーマはため息をついた。


「だってさ、だからこそ誰もボスに逆らわないんだぜ。闘技場に参加して生き残っているやつは化け物。ローリンズのおっさんが一目おかれているのも、同じ理由からだ」

「へえ、そうなんだ。ローリンズさんがねえ」


 ユーマは興味なさげに呟き、ミーナに視線をうつす。


「ところで闘技場にでると、なんかいいことあるの?」

「ん、そうだなあ」


 ミーナは憮然としていた。化け物と形容されたことが不服だった。


「勝つと金がもらえる」

「シンプルだね。ええと、普通に働くよりも儲かるの?」

「あんたたちの稼ぎは知らないけど、ウェイトレスをやっているよりは儲かるよ」


 ミーナは憎まれ口をたたく。


「知ってる、ウェイトレスの収入を?」

「よくは知らないけど、儲かるってことだね」


 ユーマはしきりに頷いた。


「それで、その銃は誰かからのプレゼントなの?」

「そうだよ。兄貴からもらったんだ」

「それでか。記憶片セルの持ち主が、あんたに特別な感情をもっていたみたいだからさ。シェリング……変わった名前だね」


 ユーマの言葉に、フーマの顔がひきつった。


「どうしてその名前を知っている?」


 ミーナは身をのりだす。


「話した覚えはない」


 ユーマは曖昧な表情をして、弟に助けを求めた。


 フーマは居心地悪そうに膝をゆすった。


「なんで知っているんだ」


 ミーナがつめよる。


「まさか兄の知り合いか?」

「銃の修理をしていると、たまにそういう記憶が逆流してくることがあるんだよね。珍しいことじゃない」


 フーマが代わりに応えた。歯切れは悪い。


「あんたは記憶の商人じゃないから知らないだろうケド」

「兄のことを知っているなら教えてくれ。そのためにこの街まできたんだ」

「知らねえよ。あんたの勘違いだ」


 フーマは、残っていた茶を飲み干した。


「そういえば、だいぶ暗くなってきたな。この辺は物騒だから、早く帰ったほうがいいんじゃない?」


 ミーナは不承不承というふうだったが、提示された金額をはらって帰っていった。


 玄関を施錠したユーマは、弟の顔色をうかがう。


「ごめん。マズいこと言ったよね?」

「いいんじゃねえの。どうせこの町からも離れるんだし」


 フーマは急須から茶をいれて、喉を潤おす。


「むしろ、いい方向に転ぶかもしれない。あいつは俺たちを上に連れていってくれるかもよ」

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