第16話 凶兆
作業は困難をきわめた。欠損した情報が多すぎたせいだ。このことは、発生する線が枯れていくスピードに表れていた。何本かは、ピンセットでつかむ前に
また、情報そのものも複雑だった。一度に相手にしなくてはいけない線が多すぎたのだ。部屋にあるすべての手を動員しても、ゆうに五人分は足りない。このため、線を固定するための工具をつかって、大がかりな修繕がおこなわれた。
「
ユーマがいった。
「以上で作業終了だ」
最後の線がつながれた。
いつからか、西日がさしこんでいた。生まれ直したばかりの銃を祝福せんばかりの、あたたかい色をした光だった。
フーマは大きく息をついた。
「ひどい目にあったぜ。ていうかさ、兄さん。かなり深いとこまで辿っただろ」
「ああ、やっぱバレた?」
ユーマは返した。
「これだけ線がでてこれば、まあバレるよね。正直、窒息しかけたよ。途中で何回か意識なくなったし」
「じいちゃんが聞いたら、ぶち切れるぞ。『記憶の商人たるもの、他者の人生への尊敬を忘れてはいかん。命を
「いいそうだね。じいちゃんはややこしい話が好きだから」
二人が雑談するのを、客の少女は微笑みながら見守った。細まったまぶたからのぞく瞳は潤んでおり、どこか懐かしげだった。
フーマが彼女に向き直る。
「悪いな、手伝ってもらって。これから茶にするけど、一緒にどうだ?」
「いや、悪いからいいよ。せっかく兄弟ですごす時間なんだから」
「心配するな。金はとらねえから」
「そういうことじゃなくて……」
気兼ねする少女の腹がぐううと鳴った。
「食べ物もあると嬉しいかな」
顔を赤らめながら言う。
茶と、大量の菓子とがテーブルに並んだ。
「ところで名前はなんていうんだ?」
フーマが言った。
「俺はフーマで、こっちがユーマ兄さん」
「ミーナだ」
少女は名乗り、チョコレートをつまむ。
「あ、おいしい。酒にあいそう」
「よろしくな、ミーナ」
フーマは緑茶に砂糖をいれると、スプーンのささった小さな壷をミーナのほうに寄せてやる。
「なんでこの町にきたんだ?」
フーマがたずねる。
「いやあさあ、ここって何もないだろ」
「仕事だよ」
ミーナは砂糖の壺をユーマのほうに追いやる。ユーマはそれを持って階段をあがっていった。
「銃を使う仕事ってなんだ?」
フーマがきいた。
「悪いがそれは言えない」
ミーナが返す。
「おまえたちには感謝してるけど、依頼主との約束がある。恩があるからこそ教えたくないんだ」
「そういう事情なら俺も知りたくねえな」
フーマは話題を変える。
「じゃあ、首にぶらさげているリングについては? それって闘技場の
「よく気がついたな」
「さっき銃を直しているときに、ちらっとね。良かったら見せてくれないか?」
「別にいいよ。胸をのぞいたのもアニキには黙っていてやるよ」
ミーナは茶化すと胸元に手をさしこんだ。首にぶら下げたボールチェーンの先で、金色のリングが光った。
「どうだ、よだれが出るだろ? 特別にさわらせてやろうか?」
「そいつは最高だね」
フーマは目線を合わさずに言った。
「ほかにもう一種類、銀色のリングがあるんだよな?」
「よく知ってるな。もしかして闘技場に出たことがあるのか?」
「いいや。知り合いが持っているだけ」
フーマは手のひらにキューブ状のチョコレートを二つ置いて、それらが接触しないように転がした。
「大金が必要なやつは、誰もが闘技場を意識する。例えば
「私はそうじゃないよ」
ミーナはチョコを二つつまみ上げて、フーマの手に乗せた。
「人を探しているんだ。そのために金が必要なだけ」
「誰かを探すのも大変なんだな」
フーマは手のひらに乗ったチョコをまとめてほおばる。
「俺の兄さんに聞いてみたら? ああ見えて顔が広いんだぜ」
「どうだろうな。もしかしたら死んでいるかもしれないし」
ミーナは顔を伏せた。黒いチューブトップの胸元で、金色のリングが揺れている。
ユーマが一階にもどってきた。
「お、それ見たことあるよ。たしか、ボスが同じものをもっていた。流行ってるのか?」
何気なしに言って、腰を下ろす。
「わかっていたことだけどさ、兄さんは世の中にうとすぎるよ」
フーマはため息をついた。
「だってさ、だからこそ誰もボスに逆らわないんだぜ。闘技場に参加して生き残っているやつは化け物。ローリンズのおっさんが一目おかれているのも、同じ理由からだ」
「へえ、そうなんだ。ローリンズさんがねえ」
ユーマは興味なさげに呟き、ミーナに視線をうつす。
「ところで闘技場にでると、なんかいいことあるの?」
「ん、そうだなあ」
ミーナは憮然としていた。化け物と形容されたことが不服だった。
「勝つと金がもらえる」
「シンプルだね。ええと、普通に働くよりも儲かるの?」
「あんたたちの稼ぎは知らないけど、ウェイトレスをやっているよりは儲かるよ」
ミーナは憎まれ口をたたく。
「知ってる、ウェイトレスの収入を?」
「よくは知らないけど、儲かるってことだね」
ユーマはしきりに頷いた。
「それで、その銃は誰かからのプレゼントなの?」
「そうだよ。兄貴からもらったんだ」
「それでか。
ユーマの言葉に、フーマの顔がひきつった。
「どうしてその名前を知っている?」
ミーナは身をのりだす。
「話した覚えはない」
ユーマは曖昧な表情をして、弟に助けを求めた。
フーマは居心地悪そうに膝をゆすった。
「なんで知っているんだ」
ミーナがつめよる。
「まさか兄の知り合いか?」
「銃の修理をしていると、たまにそういう記憶が逆流してくることがあるんだよね。珍しいことじゃない」
フーマが代わりに応えた。歯切れは悪い。
「あんたは記憶の商人じゃないから知らないだろうケド」
「兄のことを知っているなら教えてくれ。そのためにこの街まできたんだ」
「知らねえよ。あんたの勘違いだ」
フーマは、残っていた茶を飲み干した。
「そういえば、だいぶ暗くなってきたな。この辺は物騒だから、早く帰ったほうがいいんじゃない?」
ミーナは不承不承というふうだったが、提示された金額をはらって帰っていった。
玄関を施錠したユーマは、弟の顔色をうかがう。
「ごめん。マズいこと言ったよね?」
「いいんじゃねえの。どうせこの町からも離れるんだし」
フーマは急須から茶をいれて、喉を潤おす。
「むしろ、いい方向に転ぶかもしれない。あいつは俺たちを上に連れていってくれるかもよ」
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