第13話 穴の空いた男
二人は『エンリケ食堂』という店にはいった。ドアの上部についた呼び鈴が響いた。店内に客はいない。
「おお、フーマにユーマ」
カウンター越しに、初老の店主が片手をあげた。
「おまえらはいつも一緒だな。もしかしてできてんのか? 俺はたいていのことに目をつむるナイスガイだが、さすがに兄弟でそういうのはどうかと思うぞ」
「うるせえ店員だなあ」
フーマは寝癖をかきむしる。
「客のプライバシーにつっこんでくるなよ」
「プライバシーなんて口にする女々しい野郎に、食わすメシはねえぞ。俺にだって客を選ぶ権利はあるんだ」
店主が返した。
「で、ご注文は?」
「コーヒーとハムサンドしかねえだろ。早く持ってこいよ」
「わかってるじゃねえか」
店主はけらけらと笑った。小鼻の横に放射状のしわがはいった。
「ガキは素直なほうがいいぜ」
店主は、暖簾の奥にある厨房へと消えていった。ひざをケガしているのか、びっこをひきずっていた。
暖簾のむこうで咳込むのが聞こえる。長い喫煙習慣のせいで気管支がイカレているのもあるが、ライフルで撃たれてできた腹の風穴によるところが大きい。口の悪い仲間たちは彼のことを、からっぽの《スモーキー》ローリンズと呼んだ。
しばらくすると、店主――ローリンズがカウンターにもどってきた。手にしたトレイには、干からびたハムサンドと、湯気をたてる白いコーヒーカップとがある。
「はいよ。ハムサンドとコーヒー」
「あいかわらず、うまそうだぜ」
フーマは舌なめずりをする。
「煮立ったコーヒーに、非常食よりも味のうすいサンドウィッチ。最高だぜ、あんたの料理は」
「さっきカトーが来てな、あいつにも同じことをいわれたぜ。で、俺はこう返した」
ローリンズは、不貞腐れた面で巻きタバコをくわえた。
「だまって食え」
ラッパ型のスピーカーをもった蓄音機が、クラシック音楽を流している。ローリンズは、店のあちこちにある観葉植物にやかんで水をやっていった。
水やりを終えたローリンズは、フーマの隣に腰掛けると、黒い
「ごちそうさん」
フーマたちは手を合わせて、空になったプレートをカウンターテーブルの上にある段に乗せた。
ローリンズは指にはさんだ巻き煙草を眺めながら、切りだす。
「ユーマ。おまえも弟みたく、ギャングの戦闘員になるって手はねえのか?」
「ないですね」
ユーマは断言した。
「俺は銃づくりのスキルしか提供しない。他所のシノギに首はつっこまない」
「才能に素直になれよ。おまえは暴力のために生まれてきた存在だぜ。それに」
ローリンズは空咳をひとついれて付け足す。
「ボスも喜ぶ」
フーマは、へえと相づちをうった。
「おまえはボスのお気に入りだ。だからな、俺としてはあいつのそばにいてやって欲しいんだ」
「俺がボスのお気に入り?」
ユーマは鼻を鳴らした。
「冗談でしょ」
「ユーマよお。おめえは銃以外のことに疎すぎだぜ」
ローリンズは煙草に火をつけた。先端からはみだしている
「ボスはおまえに惚れている。年が近いってのには関係なく、全身全霊でいれこんでるんだぜ」
「なんでわかるんですか?」
「勘だな」
ローリンズはこめかみに親指をあてる。
「前線を退いてから、俺の頭にある
「なるほどなあ」
フーマが口をはさんだ。
「俺たち、銃使い《ガンナー》が、敵の弾道をわかるようなもんか」
「そんなところだ」
ローリンズは片肘をついて煙草をくゆらす。
「ボスは昔から素直じゃねえんだ。だからこそ誰かに支えてやってほしい」
ユーマは、考えておきますといって即座に店をでた。
フーマとローリンズは半笑いで、その背中を見届けた。
ローリンズはしばらくむせこんだ後、煙草を指でもみ消した。
「ところでフーマよお」
フーマと目線が合うのを待って、ローリンズはつづける。
「おまえ、またひとり殺したんだってな。事情はわかってんだけどよお、ちょっとは控えたほうがいいぜ」
「わざとじゃねえよ」
フーマはコーヒーカップを持ち上げた。
「それにショバ代もらってんだから、ちゃんと働かなくちゃ」
「そりゃあ、わかってるぜ。たまには殺したほうが面目がたつってことも分かってる。俺たちのシノギはそういうもんだよな」
ローリンズは、フーマからカップをひったくった。
「だけどよ、おまえはやりすぎるところがあるから、控えろってことを言いてえんだ」
そのコーヒをすすって、顔をしかめる。
「あいからず甘いな。砂糖のいれすぎだ。糖尿になんぞ」
「わかったよ。これからは気をつける」
フーマは立ちあがった。
「明日から砂糖はスプーン五杯までにするよ」
「あ、てめえ」
店をでていくフーマに、ローリンズは叫んだ。
「優秀だよ、おまえらは」
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