第12話 少女

 フーマは寝返りを打ち、呻き声をあげる。掛け布団がベッドからずり落ちて、裸の上半身がのぞいた。


「体、いてえ」


 引き締まった体はアザだらけだった。肩口にある銃で撃たれた古傷をさすりながら身を起こす。


「チクショウ、あのアマ


 ほとんどのアザはボスに殴られてできたものだ。兄弟は訓練という名目で、ボスに毎晩しごかれている。戦い方を教えてくれと頼んだのはフーマだが、手加減をするなと言った覚えはない。


「いつか、ぶっ殺してやる」


 毒づきながら階段を下りる。


 ソファでくつろいでいたユーマが、足音に反応する。


「おはよう、フーマ。俺は朝食をすませたけど、なんか用意しようか?」

「いや、大丈夫だよ」


 フーマは気まずそうに頭をかいた。


「ごめん、にいさん。俺、仕事サボってばっかだな」

「気にするなよ。俺は銃いじりが好きだし」


 ユーマは手にした拳銃をちらつかす。記憶片セルの移植がすんでおり、銃身に赤い斑点が浮き出ていた。


 フーマは片手を上げて了承すると、作業台に散乱した工具を片づけはじめた。キャビネットの引き出しにはマスキングテープが貼られており、ドライバーなど、工具の分類が書かれている。作業台をさらにすると、濡れたウェスで飛び散っていた金属の粉を拭きとった。キャスターのついたキャビネットを、奥にある壁まで転がしていく。


 一階の延べ床面積は広い。壁を打ち抜いて、工房としての機能を高めたおかげだ。家屋はかつて交易商の邸宅だった。それがギャングの所有物になり、現在では兄弟の工房兼住居となっている。


 武器の売買はギャングの主要な収入源であったため、彼らは専任の技術者メカニックを求めていた。ユーマたちは一年前のいさかいを通じて、同組織に懐柔された。以前とは比べ物にならない賃金ももらえているし、生活水準は格段に良くなった。


「よし、今日の仕事は終わりだ」


 ユーマは皮製の前掛けをはずした。


「昼飯でも食いにいこうか? ローリンズさんのとこか、近くのテラスか」


 施錠をして店をでた。工房は町はずれにあり、表の人通りはまばらだ。この時間、町民は市場に集中している。都市部からきた交易商への売りこみと、日用品の買いつけとが、おおかたの住民の目的である。


『中央通り(センターロー)』という看板を左折し、北へと向かう。


 ほどなくしてテラスのあるバーが現れた。昼飯には早いが、ちらほらと客がいる。


 テラス席は外と直結しており、ごく短い階段を登る必要があった。小さなライブハウスにある雛壇ぐらいのウッドデッキに、ビーチパラソルをたてた丸いテーブルが並んでいる。


 奥にある店舗はガラス張りで、店内にいる客のすがたが見える。


 テラスに近づくと、ひとりでくつろいでいた女が反応した。


「よお、フーマ。うまいことやってるか?」

「久しぶりですね、サーシャさん」


 フーマは鼻をかいた。


「また昼間から飲んでいるんですか?」


 サーシャは嘲笑をうかべる。


「あたりまえだろ。素面で歩いているのなんて、母乳を飲んでるガキだけさ」

「ほどほどにした方がいいですよ。じゃあ俺たちは急ぎますので」


 呼び止めるサーシャをあしらい、フーマたちは立ち去った。


「ローリンズさんのとこに行こうか」


 ユーマがいった。


「そうだね」


 フーマが返した。


「これで三日連続だけど」


 ギャングにはいってからは、サーシャとの交流は途絶えていた。二人の身柄を買い受けるというカトーにつれられて、代金の受け渡しに同行したのが最後である。


 おおやけに認められた商売をするために、兄弟は戸籍を必要としていた。そのさいに親権者となったのがサーシャであり、戸籍上、フーマたちは彼女の子どもということになっていたのだ。


 大金を手にしてからというもの、彼女の生活はすさんだ。別れてから一年も経ったが、日中から酒びたりで働こうともしない。せまい町なので避けようもないが、フーマはそんな彼女を見ることを望まなかった。


 しばらく行くとフーマが足を止めた。ユーマの肩を小突いて、路地のほうを指さす。


「あれ、カトーさんだよな」


 ユーマは、ああと言ってそちらを見た。


 カトーは金髪の少女と話しこんでいた。相手の横顔は幼く、フーマと同年代に見えた。壁にもたれかかる娘にカトーが正対している。傍目からは、チンピラの男と詰め寄られている少女という関係にしか見えない。


 フーマはたてた人差し指を唇にあてた。ユーマは意を介して、くつくつと笑った。


 フーマは忍び足でカトーの背後に立つと、背中に銃を突きつけて声色を変えた。


「死にたくなければ、動くな」

「ん、どうしたよ、フーマ?」


 カトーは怯えるでもなく首を回した。


「珍しいな。おまえがこんな時間に出歩いているなんて」

「ああ、なんだつまんねえの」


 フーマは拳銃をホルスターにもどした。


「どうして俺だってわかるんだよ? まさか見られてた?」

「簡単だよ。こんなガキくさいイタズラをするのは、おまえ以外にいねえからな」

「悪かったな、ガキで」


 フーマは目をむく。


「ただよ、カトーさん。それと同じぐらいのガキをナンパするってのも、どうかと思うぜ」

「ちげえよ。スカウトだよ」


 カトーは息巻いた。


「俺の役割ビジネスを知ってて、誤解されるようなことを言うんじゃねえ」

「ちょっとふざけただけじゃないですか。キレないでくださいよ」


 悪びれないフーマに対して、カトーは憤慨する。


「この嬢ちゃんは優秀な人材だぞ。闘技場に参加して、まだ生きているんだ。てめえみたいな悪ガキとは、できが違うんだよ」


 フーマはマジでといって、カトーの肩越しに少女をのぞきこむ。


「おお、すげえ。それが闘技参加証パスか?」


 少女の胸元に、金色のリングがあった。ボール状のチェーンで首からぶら下げられており、U字ネックの胸元を飾っている。リングは側面の幅が広くて、鎖でがんじがらめにされた拳銃の刻印がほどこされていた。


「見せもんじゃねえぞ。クソガキ」


 少女が悪態をついた。腰には、大口径のリボルバーを携帯している。


「なんだよ。それなら見えるところにかけておくな」


 フーマがいった。


「その銃だって、そうだ。あんたには過ぎた代物だってのが、わかんねえのかな?」

「どういう意味だ?」


 少女の問いかけに、フーマは眉根を上げて答える。


「銃身の模様を見れば、どういう記憶片セルが埋めこまれているかわかるんだけどさ。記憶の持ち主は、まちがいなく殺人狂シリアルキラーだった。ガキのあんたには荷が重いって言ってんだ」


 そこまでを言い終えたとき、フーマの額に銃口が突きつけられていた。娘が抜銃に要した時間は短い。フーマの左手は拳銃のグリップを握った段階で静止している。


 少女があごを上下させる。フーマは意を汲んで、両の手のひらを相手にむけた。


「うるせえ野郎だな。いっぺん死んどくか?」


 少女の指が、引き金の遊びを押しこんだ。銃身にある格子模様が、青く明光した。数ミリ指を動かせば、フーマの額には風穴があくだろう。


「待ってくれ。誤解だよ」


 フーマがなだめるようにいった。


「俺たちのあいだに問題なんてない」

「今さら命乞いか?」

「勘違いするな、おまえに言ったんじゃねえよ。……兄さん、ちょっと遊んでいただけなんだよ」


 フーマの視線を辿って、娘がちらっと横を見る。


「誰だ、おまえ?」


 彼女の脇には、遠くで傍観していたはずのユーマが立っていた。刃渡りの短いジャックナイフを少女の首筋にあてている。


「関係ねえだろ。俺らに喧嘩を売ったのが悪い」

「違うんだって、兄さん」


 フーマが媚びる。


「俺が失礼なことをいっちゃっただけで、仕掛けられたんじゃない。だから、許してあげてよ」

「そうなのか?」


 ユーマがたずねるのに、娘は目でけん制しながら返す。


「そうだとしても、おたがい後には退けねえだろ。そっちはギャングで、こっちは闘技者。どちらも暴力においての妥協は許されていない。違うか?」


 カトーの喉が、ごくりと鳴った。


 ユーマは値踏みするように、少女の瞳をのぞきこんだ。ややあってナイフをしまう。


「悪かった。俺の弟が迷惑をかけた」


 両手をポケットにしまったまま続ける。


「それにしてもいい銃だな。きれいで優しい銃だ。俺たちはこの町で修理工メカニックをやっているから、今度もってきれくれよ。ぜひ分解バラしてみたい」


 少女は目を細める。


「そんな簡単に信用すると思っているのか?」

「別に信用しなくてもいい。ただ俺たち兄弟はあんたらに手をださないとだけ言っておこう」


 ユーマは、ポケットから抜いた両手を広げて見せる。


 少女は武器を下ろさない。むしろ疑念を深めているようだった。


 ユーマはつづける。


「俺たちがギャングに提供しているのは、銃づくりに関わる部分だけだ。暴力は契約にふくまれていない」

「じゃあ、どうして武器を抜いたんだよ?」

「そりゃあ、俺の弟に銃をむけたからだよ。それさえなければ、メカニックの俺たちと銃士のあんたとは、良好な関係を築けるってわけだ。もちろん、その銃をしまってくれればの話だけど」

「なるほどね」


 娘はそういうとカトーを睨んだ。


「あんたの意見は?」

「俺は、あんたをスカウトしたいだけだ」


 カトーは、肩に乗ったままのフーマの頭を叩いた。


「こいつらとの繋がりには関知しねえよ」

「オッケー。わかった。それならまず、あんたが五歩さがれ」


 目配せを受けたユーマは、言われた通りに動いた。


「次におまえ。前にいる男の両目をふさいで、ゆっくり通り側にまわれ」


 フーマは、あいよといって指示にしたがう。


 娘はカトーの影になるように移動する。


「そのまま動くなよ」


 拳銃で威嚇したまま後ずさりして、路地の奥にある角を曲がった。


 娘が見えなくなると、フーマはカトーの顏から両手をどけた。


「なんだよ、あの女。いけすかねえ。今からでも追いかけて殴ってやろうかな」

「やめとけフーマ。おまえも記憶の商人ならわかるだろ」


 ユーマがいった。


「あいつは結構な手練れだ」


 カトーは、娘が逃げたことに腹をたてて小言をいった。路地にあったゴミ箱を蹴り倒して、追いつくともしれない相手を探しにゆく。


 兄弟は肩を小突き合って、責任をなすりつけあう。フーマの腹が鳴ったのを機に、その場をあとにした。

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