第8話 悪漢
肩をゆすられて、ユーマは目を覚ました。昨夜の女が枕元にいた。寝ぼけるユーマに快活な笑顔をむけて、「朝めし食うか?」と、彼女はいった。
ひとり暮らしにもかかわらず、女の家には三人分の食器があった。もともとは家族と暮らしていたのだろうか。
女は聞いてもいないのにサーシャと名乗り、二人にも自己紹介を強要した。彼女はその後もまくしたてるように質問をつづける。年はいくつだとか、今までどこにいたのだとか、根掘り葉掘り知りたがった。
フーマは何を思ったのか、町にくるまでの経緯を打ち明けてしまう。もっともゴミ山に住んでいたことだけは伏せていた。ユーマは、弟の安易な受け答えに閉口したのか、黙々と食事を平らげた。
しかしながら、フーマのあけすけな態度により状況は
朝めしを終えると早速、荷物をかついで外に出た。大通りの雑踏は多い。夜とは違い、嫌な熱気はなかった。ほとんどの人は大荷物をかかえて、三人と同じ方向に歩いてゆく。大人の手伝いをする子供の姿も、ほうぼうで認められた。
市場は人でごった返しており、商売にうってつけの場所だった。露店の屋根にあたる
出品されている物は様々だった。食料品を売る店もあれば、装飾品を並べた露天商もいた。身ひとつで座り、靴みがきにはげむ子供の姿もあった。
大半の商人は頭にターバンを巻いていた。赤青黄の三色があって、どれも鮮やかな発色をしている。
「ターバンの色は、商人の信頼度を表している」と、サーシャは二人に教えた。それから、「赤い商人からは物を買うな」とも言って、自分の首にかけていた青いターバンをちらつかせた。
サーシャは、八百屋と時計屋とのあいだにあるスペースに荷物を下ろした。むろん、彼女が借用している商業用地である。シングルベッドほどの広さの土地に、天幕がかかっているだけの場所だった。ユーマたちは彼女に倣い、自分たちの商売道具を広げてゆく。
右手にある八百屋の店主は中年の女で、気さくに声をかけてきた。フーマが明るく挨拶を返すと女主人は上機嫌になり、赤く熟れたトマトを食わせてくれた。感想を求められたフーマは、おいしいと答えた。八百屋は豪快に笑って、もうひとつ余分にトマトをくれた。フーマが丸のままの果肉にかぶりつくと、芯の近くにいた小指大の虫が口にはいった。半身を噛み千切ったようで、トマトの断面に橙色の体液がしたたっている。フーマは虫だとつぶやいただけで、ヘタまでの全部を飲みこんだ。八百屋の主人とサーシャとは、引き笑いをして顔を見合わせた。
昼飯時まで待っても、ユーマたちの店に客はこなかった。看板すら出していないのだから無理もない。並べた工具を眺める通行人はちらほらといたが、それ自体を商品だと勘違いしている様子だった。
見かねたサーシャは、腰に銃をぶらさげた買い物客を見つけると、「この子たちに見てもらいな」といって、袖を引いた。たいていの客は相手にもしなかったが、いくらかの数奇者は面白がって銃を預けてくれた。わざわざ彼らに依頼をする客だ。総じて子ども好きである。客たちは、「仲間に宣伝しておくよ」といって、ていねいに掃除された愛銃を満足そうに見つめていた。
結果としては、初日だけでもそれなりの金額を稼いだ。堅気ではなさそうな男達が集団で訪れて、銃の整備を依頼してきたのである。おそらくは上機嫌になった客が、仲間に話を広めてくれたのだろう。そのさいに、二人が整備した銃が広告になったのは言うまでもない。老人に仕込まれた仕事の質は、銃士達の要求を満足させるのに十分だった。さらにいえば、二人が相場をわかっていないため、格安でサービスを提供する店との評判も付与されていた。
翌日も朝早くから市場にいって、通りすがる銃士に積極的に声をかけた。そうやって、来る日もくるひも、二人は銃を整備して金を稼いだ。
たくわえを元手に、やがて二人は店をかまえた。
店舗として選んだのは、寝泊りをしていた小屋だった。これを正式に借り受けて、新しい看板をかかげたのだ。
体裁を整えたことで、客はどんどん増えていった。
こうして商売が軌道にのったころ、一人の客がやってくる。柄シャツの胸元をはだけさせた、図体のでかい男だ。二の腕に鮮やかな刺青が入っている。カタギには見えない。
「店主はどこだ?」
彼は案内されるのを待たず、木椅子に腰をおろした。男の重量に椅子の脚部がきしんだ。
ユーマは手入れしていた銃を置いて前にでる。
「店主は俺です。何か御入用ですか?」
「冗談はよせ」
男は髭のはえた顎をこすった。視線はひとところにとどまっていない。店内を物色しているというよりは、次の言葉を選んでいるようだった。
「そうか、本当にガキしかいねえんだな。参るぜ、まったく」
「はい。でも、腕には自信があります。大人にも負けません」
フーマがモンキーレンチを片手で回した。吸いつくような、滑らかな動きである。
「修理ですか、改造ですか? うちは
「どっちでもねえ。商売しにきたのは俺たちだ」
男は唸るように言った。
「なるほど。商品はどういったものでしょうか。いい工具があれば、見せてください。それ以外だと、日用品なんかなら見せてもらいたいですね」
「ちげえよ。まったく。やりづらいぜ」
男は大きく舌打ちをした。
「ボウズたち、ショバ代ってわかるか?」
「ショバ? 新しい工具ですか?」
「そうじゃない」
男は頭をかかえる。
「簡単に説明するぞ。俺たちがこの店を守ってやるから代金をはらえ、ってことだ。ガキ二人でしのぐには、この町は生きづらい。悪くない話だろ」
「なるほど。用心棒というやつですね?」
「そうだ。話がわかるじゃねえか。で、代金は月々こんなもんだ」
男は指を一本たてた。
ユーマは眉根をあげる。
「一万ですか。けっこう高いですね」
「ケタがちがう」
「まさか十万ですか?」
「そうだ。このあたりは治安が悪いからな。それぐらいが相場だ」
ユーマは腕組みをして考えこんだ。何度か指を折ることを繰り返したあと、思いつめた口調でいう。
「せっかくのおはなしですが、お断りします。僕たちはそんなに稼ぐことができませんし、その日食っていくだけで精一杯なんです。いつかお金に余裕ができたら、そのときはお願いします」
男は握りしめた拳を、カウンターテーブルに振り下ろしかけた。が、実際に叩きつけることはしなかった。彼が膝をゆするのに合わせて、木椅子の足が激しくきしんだ。
「そうか。仕事のじゃまをして悪かった」
男は大きく息をつくと、やがて席をたった。暖簾をくぐる直前、二人のほうをふりかえる。
「これから大変なことがあるかもしれないが、がんばれよ。なにか困ったことがあれば言ってくれ」
男の真意はわからなかったが、ユーマたちはこれを丁重に見送った。
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