第6話 別離

「フーマ、ユーマ」


 老人の呼びかけに二人は居直った。説教がはじまるとでも思ったのか、フーマはせわしく膝をゆすっている。


「急な話だが、わしは上方衛星ブレーンへいくことにした。残念ながら、おまえたちは連れていけない。移住権を手にいれたんだけど、一人分の金しかだせなくてね」


 老人は、たもとから金属のカードをとりだした。しわがれた手がこきざみに震えていた。薄いカードの表面には、金色の文字で『to Blane』と刻印されている。


 きょとんとするフーマから視線を外して、老人はつづける。


「私はもう長くないから、早くむこうに行かなくてはいけない。上方衛星ブレーンでなら、いくらか長生きできる。身勝手と思われるだろうが、二人で町に行ってそこで生きていくんだ」

「イヤだよ」


 フーマははじかれるように立ちあがった。ようやく理解が追いついたのだ。


「俺も一緒にいくよ。いいでしょ」


 懇願よりも悲鳴に近い。


「それは無理だ。一生かけても、ひとりぶんの移住権しか買えなかったんだ。権利を持たない人間に、その扉は開かれない」


 老人は続ける。


「もしも、おまえたちにその気があるなら、一生懸命に働いて上方衛星ブレーンに遊びにきてほしい。先に行って、大きな家をたてて待っているよ。いつかまた、みんなで今のように暮らそう」

「そんなのイヤだよ」


 フーマが叫んだ。


「ここでだって、楽しく暮らせるじゃん。じいちゃんがいなくなったら、俺さみしいよ。兄ちゃんのことも好きだけど、じいちゃんのことも同じぐらい好きなんだもん」


 老人は目頭にしわを寄せる。


「フーマ、わかっておくれ」


 骨ばった肩を隠しているローブが震えた。


 フーマは何か言おうと頑張っていたが、握りしめた拳をほどいてうなだれた。まだ幼い彼にも、老人の体調がかんばしくないことは分かっていたのだ。強がりの笑顔を作ろうとしたが、それができるほど器用ではなかった。とぼとぼとした足取りで、背を丸めたフーマは小屋を後にする。


「ユーマ。フーマのことを頼んだよ」


 老人は言った。


「あの子は感じやすい子だから、だれかが守ってやらなきゃいけないんだ」

「わかってるよ、じいちゃん」


 ユーマは歯がゆそうに口元を引きつらせた。


「それで、町で生きていくには、どうすればいいの? 俺たちは町に行ったことがほとんどないし、金をかせぐ方法も知らない」

「ここに行けばいい。それに生きていく方法なら、もう知っているはずだ。わしがお前たちに託した技術は、どこに行っても通用するものだ。それから無闇に人を傷つけてはいけないよ。町には町のルールがあるんだから」


 老人が袂から取り出した紙切れには、住所と名前が書かれていた。


「さっそくだが、行かせてもらうよ。老人というのはまったく不便なものだ。明日の朝には死んでいるかもしれないんだからね。おちおち寝てもいられない」


 老人は手になじんだ杖だけを持って、ゴミ山の奥へと向かった。粉塵のなかに枯れたうしろ姿が消えていくのを、ユーマは無言で見届けた。フーマは最後まで見送りに現れなかった。


 老人が消えたあとには、はじめから誰もいなかったみたいに、白い空間が忽然と広がっていた。月は赤く、風は乾いていた。時おり、野犬の遠吠えがどこからともなく聞こえた。


 ユーマたちも、しばらく待ってから旅立ちを決めた。小屋には持ち主のわからない銃が大量に残されている。誰一人として武器を受け取りにくる者は現れなかったため、処理に迷ったあげくに置いていくことにしたのだ。


 手になじんだ工具でいっぱいになったリュックサックを背負った。二人は鉄パイプを杖がわりにして進んでいく。


 白い粉塵が晴れ、暗闇がおとずれた。


 荒野にはいっていた。順調にいけば、直近の町まで一日もかからない。


 前をいっていたフーマは歩調を落として、おもむろにユーマの手をつかんだ。


「兄さんは、俺を捨てないよね」


 以前より大きくなってはいたが、いまだに子どもらしさの残る華奢な手だった。


「あたりまえだ。俺たちはいつだって一緒だ」


 ユーマは力強く応えた。握り返す手にも力がこもる。


 ぶあつい雲が月をおおい隠しても、足跡はまっすぐに伸びていった。吹き荒ぶ風に、互いの姿さえも霞んだ。それでも二人は歩みを止めなかった。握りしめた小さな手の温もりが、ユーマに前を向く力を与えていた。


 いくつかの夜が明けるころ、遠くに町の影を見出した。

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