第6話 別離
「フーマ、ユーマ」
老人の呼びかけに二人は居直った。説教がはじまるとでも思ったのか、フーマはせわしく膝をゆすっている。
「急な話だが、わしは
老人は、
きょとんとするフーマから視線を外して、老人はつづける。
「私はもう長くないから、早くむこうに行かなくてはいけない。
「イヤだよ」
フーマははじかれるように立ちあがった。ようやく理解が追いついたのだ。
「俺も一緒にいくよ。いいでしょ」
懇願よりも悲鳴に近い。
「それは無理だ。一生かけても、ひとりぶんの移住権しか買えなかったんだ。権利を持たない人間に、その扉は開かれない」
老人は続ける。
「もしも、おまえたちにその気があるなら、一生懸命に働いて
「そんなのイヤだよ」
フーマが叫んだ。
「ここでだって、楽しく暮らせるじゃん。じいちゃんがいなくなったら、俺さみしいよ。兄ちゃんのことも好きだけど、じいちゃんのことも同じぐらい好きなんだもん」
老人は目頭にしわを寄せる。
「フーマ、わかっておくれ」
骨ばった肩を隠しているローブが震えた。
フーマは何か言おうと頑張っていたが、握りしめた拳をほどいてうなだれた。まだ幼い彼にも、老人の体調がかんばしくないことは分かっていたのだ。強がりの笑顔を作ろうとしたが、それができるほど器用ではなかった。とぼとぼとした足取りで、背を丸めたフーマは小屋を後にする。
「ユーマ。フーマのことを頼んだよ」
老人は言った。
「あの子は感じやすい子だから、だれかが守ってやらなきゃいけないんだ」
「わかってるよ、じいちゃん」
ユーマは歯がゆそうに口元を引きつらせた。
「それで、町で生きていくには、どうすればいいの? 俺たちは町に行ったことがほとんどないし、金をかせぐ方法も知らない」
「ここに行けばいい。それに生きていく方法なら、もう知っているはずだ。わしがお前たちに託した技術は、どこに行っても通用するものだ。それから無闇に人を傷つけてはいけないよ。町には町のルールがあるんだから」
老人が袂から取り出した紙切れには、住所と名前が書かれていた。
「さっそくだが、行かせてもらうよ。老人というのはまったく不便なものだ。明日の朝には死んでいるかもしれないんだからね。おちおち寝てもいられない」
老人は手になじんだ杖だけを持って、ゴミ山の奥へと向かった。粉塵のなかに枯れたうしろ姿が消えていくのを、ユーマは無言で見届けた。フーマは最後まで見送りに現れなかった。
老人が消えたあとには、はじめから誰もいなかったみたいに、白い空間が忽然と広がっていた。月は赤く、風は乾いていた。時おり、野犬の遠吠えがどこからともなく聞こえた。
ユーマたちも、しばらく待ってから旅立ちを決めた。小屋には持ち主のわからない銃が大量に残されている。誰一人として武器を受け取りにくる者は現れなかったため、処理に迷ったあげくに置いていくことにしたのだ。
手になじんだ工具でいっぱいになったリュックサックを背負った。二人は鉄パイプを杖がわりにして進んでいく。
白い粉塵が晴れ、暗闇がおとずれた。
荒野にはいっていた。順調にいけば、直近の町まで一日もかからない。
前をいっていたフーマは歩調を落として、おもむろにユーマの手をつかんだ。
「兄さんは、俺を捨てないよね」
以前より大きくなってはいたが、いまだに子どもらしさの残る華奢な手だった。
「あたりまえだ。俺たちはいつだって一緒だ」
ユーマは力強く応えた。握り返す手にも力がこもる。
ぶあつい雲が月をおおい隠しても、足跡はまっすぐに伸びていった。吹き荒ぶ風に、互いの姿さえも霞んだ。それでも二人は歩みを止めなかった。握りしめた小さな手の温もりが、ユーマに前を向く力を与えていた。
いくつかの夜が明けるころ、遠くに町の影を見出した。
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