第5話 火花
静かに目をとじる。ユーマの呼吸が徐々に深くなっていく。
老人は扉近くの木椅子にすわって静観していた。まぶたはほとんど閉じられていて、うたた寝をしているみたいだ。そして、時々イヤな咳をした。気管支を患っている者に顕著な鈍い咳である。
ユーマの髪が静電気に引っぱられたように逆立つ。天井の裸電球がパチパチと音をたてて点滅した。
老人は目尻をしわくちゃにして、満足そうにほほえんだ。落ち窪んだ眼窩にどす黒いくまが目立つ。
「兄ちゃん、大丈夫」
フーマはおそるおそるといった様子で半歩近づく。
「深くもぐりすぎちゃダメだよ。息ができなくなっちゃうから」
ユーマは目をつむったまま、一度だけ首を縦にふった。手短な返事を選んだのは、外部情報の流入を嫌ったためである。集中力を欠けば、
「自覚、祈願、行為……」
ユーマの口から細切れの単語がこぼれた。
「ほほを打たれる痛み、ぬけがらの男……」
その言葉を発した瞬間、
ユーマは
「割れた酒瓶、冷たい両腕……」
停止した世界を意識が泳いでいく。高速走行をする意識によって、世界のほうにも相対的な動きが生まれる。
「待ち人、オムライス……」
光の粒子が後方に流れていく。それらはすれ違う時、悲鳴のような音を発した。停止した世界は変化を嫌う。異物を取り込もうとする同質化の力が蠢いていた。他者の記憶に呑まれないために、ユーマは意志を強く持った。目指すのは深層に隠された、記憶の核心部分である。
「……青い傷口」
その単語を口にしたとき、ユーマの手が動いた。見れば、
「十二番に接合」
ユーマが早口で指示をだした。
フーマは作業台の十二のマス目に置かれたパーツを見やる。
ピンセットを持ちあげると、チップからでていた線がするすると伸びていった。目当てのパーツの内側にある小さな突起に、その先端を器用に結びつける。
「オッケー。次」
「カビのはえたパン。十五番をとおして、三番に接合」
ユーマの指示に、フーマは即応した。二人が作業するのを横目に、老人は小屋から出ていった。晴々とした横顔ではあったが、いくらかのせつなさも垣間見えた。
すべての線をつなぎ終え、銃を組み立てた。各パーツと
「いい仕事だ。これならどこに行ってもやっていけるよ」
老人が称賛した。盆にのせたマグカップを作業台に並べると、完成したばかりの銃を持ちあげる。
「静脈の走りが美しい。記憶の主は、知性あふれる女性だったんだな」
銃身に青い網目模様が浮かびあがっていた。うっすらと輝くそれは、老人の言うとおり、人間の静脈のような走り方をしていた。棚に置かれていた時には、模様などなかった。
「つないだのは俺だよ」
フーマはこぶしの側面で自分の胸をたたいた。
「いい仕事だ。さすがはわしの弟子だな」
老人はフーマの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「ところでユーマ。ちゃんと浅瀬だけを泳いだか?」
「もちろんだよ。いいつけは守る」
ユーマは老人から目をそらした。
「何ヵ所か深いところがあったけど、そこは避けてもぐった」
「いい子だ」
老人は銃を置いて、ユーマの額に手をあてた。
「誰かの死を体験するのは危険だし、とても傲慢なことだ。記憶をあつかうものは、故人の尊厳を守らねばならない。ユーマは
ユーマは無言でうなずいた。
「さあ、
老人が手を叩いた。
「後かたづけをして、話のつづきはそのあとだ」
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