第4話 記憶の商人

 黄色いテントの前で、二人はバンダナとゴーグルを投げ捨てた。


「ただいま、じいちゃん」


 フーマが声をあげた。


「今日は記憶片セルをひろったんだぜ。これで新しい武器を作れるよ」

「そうかフーマ、よく見つけたね」


 テントの中にいた老人が返した。


「加工するのは後にして、まずは水浴びをしたらどうだ?」

「そうだね。このままじゃ、ごはんも食えないや」


 テントの隅に置かれた鍋を見て、フーマは顔をしかめた。泥水のように濁ったスープがくつくつと煮えていた。


 裏手にまわるとシャワーが一体となった陶磁器製のバスタブがあった。シャワーヘッドがあるべきノズルの先端に、ブリキのバケツがぶら下げてある。兄弟は服を脱ぎ捨てて、バスタブに足をいれた。白濁した水が、膝丈ほどの位置で波をたてる。


 フーマはバスタブに浮いていたサラダボウルを拾って、足もとの水をくんだ。つりがね型の虫がボウルの水面をひょこひょこと泳いでいる。フーマは気にもとめず、頭上にあるバケツにその水を流しこんだ。


 バケツの底にあけられた穴から、シャワー状になった水が降ってくる。二人は押しあいながら、体につもった塵を洗い流した。ダマになった粉が裸体を転がり、バスタブの水をさらに濁らせた。


 何度かシャワーをくぐると、もともとの髪色があらわになる。フーマは金髪を、兄のユーマは黒い髪をしていた。


 くたびれた草履を履いてテントにもどる。垂れ布をたくしあげると、温かい蒸気が外へと逃げてきた。身をこごめて狭い入口をくぐる。裸の尻がうすら白くて情けない。


 老人は焚き火で湯を沸かしていた。足のついた鉄製の網に土瓶が置いてある。


「きれいになったようだね。それじゃあ、食事の前にティーを飲みなさい」


 老人はひしゃくで湯をすくい、脇に置いてあった急須のなかに注いだ。ところどころにへこみのあるブリキカップを三脚ならべて、それぞれが均等な濃さになるように順々に茶で満たしていく。


「どうぞ、めしあがってください」

「いただきます」

「いただきます」


 フーマは茶をすする。


「熱い……」

「フーマ、あせってはいけないよ。何をするにもそうだが、焦りは禁物だ」


 老人の顔がほころんだ。


「それにこの空間は言葉をかわし、おたがいを知るためにあるんだ。茶はそのための口実にすぎない」

「それは何度もきいたよ」


 フーマはハエを追い払うように顔の前で手を動かした。


「じいちゃんの話は教訓ばっかりだ」


 歓談とともに茶が減っていく。焦げついたシチューも苦戦はしたが、平らげられた。


 兄弟が空になった食器を井戸水で洗っていると、テントに併設された小屋に明かりが灯った。武器を加工するための工房である。片づけを終えた二人は、急ぎ足で小屋にはいった。


 部屋の中央には裸電球がたれさがっていた。浮遊するほこりに光が反射していた。屋内の空気はにごりをおびている。壁際には天井までとどく背の高い棚がならんでおり、工具箱と銃とが置かれている。


 電球の真下にある大きな作業机の前に、老人が立っていた。半分ひらいた眼は稚児のそれに似て澄んでいる。


 ぶぅぅと、うなりをあげる電球に、小さなハエたちがしつこくぶつかっていた。親指ほどの大きさをしたクモたちが、梁のうえを行き来して巣づくりにはげんでいる。


「いい記憶だな」


 老人は両手につつんでいた金属のチップを作業台に置いた。記憶片セルと呼ばれる、情報集積装置である。


銃士ガンナーの記憶だ」


 老人は棚を指さす。


「右から二番目にある、銃身の長いのをとってくれ」

「わかった、俺にまかせて」


 フーマは銃を抱きかかえて作業台まで運んだ。


「じいちゃん、今日は俺にやらせてよ」

「フーマ、わがまま言うなよ」


 ユーマが口をはさんだ。


「それは客から預かった物なんだから、じいちゃんに迷惑がかかるよ」

「いや、いいんだよ。おまえたちはもう一人前の技術者だ。今日はもともと二人でやってもらうつもりだったんだ」


 老人はユーマを見てほほえんだ。


「ありがとう。おまえは優しいね」


 ユーマは老人を一瞥した。


「最後まで二人だけでやってごらん。気になることがあったら口をはさむけど、うっとうしく思わないでくれ。老人の楽しみなんだ、自分の財産を切り売りするのはね」


 あははと、フーマが無邪気に笑う。


「どうせなら、まとめてくれればいいのにさ」

「フーマ。早くしないと一人で終わらせちまうぞ」


 ユーマはすでに銃を解体しはじめていた。


「いい技術者は客を待たせない。じいちゃんの教え、そのいちだ」

「ああ、ずるいよ」


 フーマは机にひじをついた。


「組み立てるのは俺の仕事だかんな」


 電球に投げられた影がそわそわと肩をゆらす。


 ユーマは工具を用いて銃を解体していく。細い指のうごきにそって回転する拳銃は、裸電球の明かりを反射することで、陰影をめまぐるしくうつろわせた。暴力的にぎらぎらと輝いたかと思えば、次の瞬間には光をやわらかく滑らせて、金属は多彩な表情を見せつける。


 豊かな表現力をもってはいるが、それでも銃器は単なるうつわだ。銃に命を吹きこむには、記憶片セルの移植が欠かせない。


 記憶片セルは、すべての人間が生まれながらに頭に持っているもので、銃に移植することもできる。そうすることで銃が戦闘に関する経験を学習し、使用者に戦い方を教えるのだ。使い手の感受性に比例して、銃との繋がり《リンク》は高まる。適性の高い者なら、敵の弾道を予測することも可能だ。


 記憶片セルを移植する技術者は、人並外れた共感能力をもって仕事にあたる。彼らは『記憶の商人』と呼ばれ、銃士たちに重宝されていた。記憶の商人としての適性を持つものは銃士よりも希少だが、ユーマたち兄弟は揃ってその才能を有していた。


 分解したパーツを、二人は柔らかいウェスで掃除していった。多少の汚れが残っていても弊害はないが、作業を見守る老人が許してくれない。


『プロとしてやっていくなら、手は抜くな』


 兄弟に技術を教えはじめたころから、老人は口酸っぱく繰り返した。


 清掃し終えたパーツを、作業台に書かれた等間隔のマス目にしたがって並べる。全体で四百マスある方眼のうち、縦横九マスの正方形が埋まった。残りは何置かれず、空白のままである。


八十一ハチワン規格か。ちょっとだけ難しいね」


 首をひねるフーマに、ユーマが提案する。


「俺が記憶を読んで、おまえが線をつなぐ。どうだ? 逆でもいいけど」

「オッケー、それでいこう」

「ちゃんとつなげよ。おまえは細かいとこを省いちゃうから」


 ユーマは釘をさしてから、中央のマスに置かれた記憶片セルに手をかざした。

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