第3話 銃撃

 ふと、風がやんだ。群れを統率する犬の遠吠えを皮切りに、黒い影が二人に襲いかかる。


 ゴミ山の頂上から三頭、降りてくる。二丁拳銃が迎え撃つ。反動でフーマの両手が踊った。


 砂塵にまぎれて、犬が四方から迫ってくる。大口径がその軌跡を追う。砂ぼこりの中から次々と犬が飛びだした。どれも、頭部が射抜かれて無くなっている。正確な射撃だった。


 銃声が鳴るたび、犬の死体が積み重なった。


「兄ちゃん」


 フーマが呼びかける。


「少なかったほうが、じいちゃんのシチューおかわりするってのはどう?」

「いいけどさ」


 返事をしながら、ユーマはリボルバーを連射する。


「おまえだけ二丁使ってるから、ずるくないか? カウント半分にするならいいよ」

「文句言うなら、自分も使えばいいじゃん」

「そういうこと言うんだ。まあ、一理はあるな」


 銃声がとめどなく続いた。野犬の群れが、どんどん数を減らしていく。


 弱ければ死ぬ。スクラップマウンテンで育った兄弟にとって、それは絶対の真理だった。襲いかかる敵に情けなどかけるはずもない。問答無用で、脳天を撃ち抜いていく。


 やがて遠吠えが響いた。犬たちが尻尾を巻いて撤退していく。


 兄弟は武器をおさめた。無理な追撃はしない。


「それでだけど、ちゃんと数えてた?」

「十までは数えてたけど、その先はわからないね」

「だよね。わかってた」


 呆れ顔のフーマは大の字に寝転んだ。兄のユーマは、その隣にあぐらをかく。


「ねえ、兄ちゃん」

「ん、どうした?」

「あっちはどんなところかな?」


 フーマの見上げる先に、水色の惑星が浮かんでいた。頭上の月と比べて倍以上の大きさがある。上方衛星ブレーンと呼ばれる星だ。飽和をむかえた人類が到達した別天地である。


「向こうにはなんでもあるんだよね?」

「らしいな。本当かは知らないけど」

「いつか行ってみたいな」

「行けばいいじゃん?」

「簡単に言うなあ」


 フーマは鼻で笑う。


「どうやって稼ぐんだよ」


 その星の住人は永遠の命を持ち、飢えることなく暮らしているという。しかし、移住権を得るには莫大な資金が必要だった。まっとうな仕事をしていては、一生を賭しても稼げない額だ。


「そうだな……それよりフーマ。背中、見せてみろ」

「ん? ケガなんてしてないよ」


 フーマはそう言いつつも、背中を見せる。


「やっぱりなあ。おまえの背中、めちゃくちゃ汚いぜ」

「マジで。じいちゃんに怒られるかなあ」

「大丈夫だろ、それよりも早く帰ろう。じいちゃんの料理はただでさえ不味いんだから、冷めたら食えたもんじゃないぞ」

「たしかにね。そのへんの草でも、あれよりは美味しいもんな」


 フーマは小さくうなずくと、間髪いれずに走りだした。


「家まで競争な。遅かったほうは、じいちゃんのシチューおかわりすんの」

「うわ、いやだよ。おいフーマ、待てよ。ずるいぞ」


 ユーマはフーマの背中を追って駆けていった。二人の後ろすがたは粉塵のむこうがわに、溶けるように消えていった。


 犬の死骸を羽虫の大群がつつんだ。それらが飛び去った後には、乾いた骨だけが残されていた。

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