第2話 兄弟


 羽虫の大群と粉塵とで、大気は白くよどんでいた。積み重ねられた廃棄物が山脈のようにつづいて、ぼやけた稜線を描いている。ゴミ山にまぎれた金属がちかちかと瞬いていた。その谷間を縫って、二人の少年が駆けている。


「くっそ、いい加減しつこいぜえ」


 後ろを走っていた少年が急停止してゴーグルをぬぐう。汗のにおいに惹き寄せられた羽虫が、袖のうえで潰れて死んだ。三角に折られたバンダナは、鼻と口をおおって頭の後ろで結ばれている。あごの下で余った布地が、濁った風にはためいた。


「フーマさまに逆らうたあ、いい度胸じゃんか」


 三頭の野犬がゴミの合間を蛇行しながら、少年たちに向かっていた。血走った眼は、眼窩からこぼれ落ちそうだ。飢えていた。肋骨がすけるほど、犬たちは痩せ細っている。


「おーおー、てめえら。大口あけて吹っ飛ぶか?」


 フーマは背負っていた鉄パイプを抜き、野球のバットを構えるようにして肩にかついだ。ゴーグルに隠された眼は、犬たちの動きを見すえている。


 先頭の犬があごを開けて飛びかかった。タイミングをあわせて、フーマは前にした足を踏みこんだ。


 ぼっと太い音がして、鉄パイプが空気を寸断する。犬の牙を砕いて口角まで達した。ふりきられた先端がむくほうに、犬が吹き飛んでいく。その犬を飛びこえ、二頭目の野犬がおどりかかる。


 フーマは後方に倒れながら、喉元にむかってくる牙をかわす。視界に浮かぶ赤銅色の月を、犬の腹が横切った。その尻を鉄パイプが捕らえる。上体をねじり、打撃に勢いを加える。


 犬は自分の股ぐらをのぞきこんだ体勢のまま、高くに打ち上がった。体毛を巻きちらしながら、空中で回転する。


「忠告したぞ」


 フーマは地面に接した肩を抜いて、ななめ後方に受け身をとった。中腰の姿勢で着地して顔をあげる。


「もういっちょ」


 すぐさま、三頭目の犬が地を蹴って飛んだ。顔前に構えたパイプで、なんとか牙を防ぐ。だが、犬の突進力が強い。勢いに押されて、フーマはうしろに倒される。


 両者はもつれあって転がった。砂ぼこりがその動きを追う。


 砂塵が風に散り、じょじょに視界が晴れていく。


「あぶねええええ」


 犬の下敷きになりながらも叫んだ。声に余裕はない。鉄パイプを犬に噛ませて堪えている状態だ。パイプをつたった唾液が、ゴーグルにぽつぽつと垂れ落ちる。粉で濁ったレンズが洗われ、奥にある赤い瞳がのぞいた。獣臭い吐息に、フーマは顔をしかめる。


「フーマ、動くな」


 低い声が指示した。前を走っていた少年がもどってきたのだ。


 少年は、骨だけになった傘をふりかぶり、助走をつけて放り投げた。射られた矢のようなスピードで、傘が飛んでいく。するどく研がれた先端が、犬のこめかみにぶすりと突き刺さった。


 パイプをつかんでいたあごが浮わついた。フーマはこの機を逃さず、犬の下腹に蹴りをいれる。犬の体が空中でさかさまになって、フーマの頭を超えていく。


 もうひとりの少年がすかさず走りこんだ。犬に突き立った傘の持ち手に、前蹴りをいれる。反対側のこめかみで、体毛のこびりついた皮膚が爆ぜた。ぶよぶよとした塊が飛びだし、傘の先端が顔をのぞかせる。


「さすがはユーマ兄ちゃん。何をやらせても完璧な仕事っぷりだね。……まあ、俺ひとりでも何とかなったんだけど」


 フーマはゴーグルについたヨダレを袖でぬぐった。反対の手を空中に伸ばす。


「フーマなら、そうだろうな」


 もうひとりの少年――ユーマが、宙にむけられていたフーマの腕をつかんで引き起こした。


「まあ、俺だったら追いつかれるヘマはぶたないけどね」

「ヘマじゃないよ。あいつら、殺すまで追ってくるんだもん。今のうちに殺しておいたほうが安心じゃん。予防的対策ってやつだね」

「たしかに。そのとおりかもな……」


 ユーマが身を強張らせた。周囲を警戒する。


 ゴミ山のいたる所に、ぎらぎらと光る物が潜んでいた。野犬共の眼だった。


「囲まれたか。しかたない、抜くぞ」

「オッケー、兄ちゃん」


 二人はマントに手を入れた。取りだしたのは銃だった。兄は大口径のリボルバーを、フーマは両手に自動拳銃を握っている。

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