3 14年前、もう一人の崖っぷちギタリスト


これは、いわゆる『タイムリープ現象』である。

発生した原因は、最新のデジタルレコーディングシステムにあった。

バンドメンバーの演奏でドラムのリズム、ギターやベースのメロディが加わる。シンセサイザー等で効果音を入れて最後にボーカル、コーラスを録音した後に音量調整を行う。

録音された音はシステム内でデジタルデータに変換される。その経緯で、OSとソフトウェアにありえない新機能が生成されていた。

そして、完成楽曲の再生が起動スイッチとなり、時間転送装置――タイムマシンに突然変異をしたのだ。


偶然発生のためにコントロールはできず、たまたま14年前の過去へ向かった。

操作した者の精神が記憶をもったまま、その肉体の精神と入れ替わったのである。(入れ替わった先の”過去”精神は意識が無くなる為、入れかわった認識と記憶も無い)

戻った場所は、14年前のレコーディングスタジオであった。カレイドルが2006年に活動停止をする前の時期である。


智幸の背後で重いスタジオの扉が開き、人が入ってきた気配で振り返った。


「――清水……」


呟いたその名は、『カレイドル』もう1人のギタリストだ。


「おぅ、よっちゃんオハヨ」


智幸はバンド内で”よっちゃん”と呼ばれている。中学時代から変わらないあだ名だ。

清水雅彦は、ソファに腰掛け溜息をついた。何日も寝てないであろう、やつれた表情だった。


(うわ、やっぱ変わんないなぁー清水は……)


智幸は内心微笑んだ。

雅彦は、腰まで長いストレートの金髪をポニーテールのように括っていて、全身黒い服装はバンド休止前から今でも変わらない。そして、レコーディングでは殆ど眠る間も無く作業をする、メンバーいち妥協を許さない性格も。

ちなみに、ステージの立ち位置は向かって左が智幸で右が雅彦だ。


雅彦は、しゃがれた声で絞り出すように呟いた。


「よっちゃん、もう聞いたと思うけど……次のアルバム、売り上げがふるわなかったら、レコード会社からもう更新はないって」

「ああ、聞いてる」


――こんなことあったっけなぁ……

苦い思い出が蘇ってきた智幸は、こめかみに手をやった。


2004年、バンドは崩壊直前だった。

ドラマーの岸下は、レコーディングの序盤に自分のリズム撮りを終えると、全くスタジオに姿を現さなくなった。

メンバー同士の会話は減って行き、スタッフを介して連絡事項を伝えるようになった。


特にボーカルの小林一臣は、バンドとは別にソロユニット活動やラノベの執筆をしており、レコーディングには最後の歌入れに来るだけだった。

そして、ライブの動員は減る一方であった。しかし逆に演奏のクオリティは上がっていた。熱心なファンも付いている。このバンドを継続しようと、雅彦はメンバー内で最も必死だった。

智幸も、当時から雅彦の意見には同意していた。厳しかったが、自分にやれる事をやろうと思った。

メンバーいち物静かな聡史は、黙々とベースを弾いていた。いい音楽を作る、それだけの想いであっただろう。


だが――その想いもむなしく、バンド活動の流れは留まり混濁して、方向を見失ってしまう。

アルバムリリースの後にドラマーは脱退を表明。サポートを入れてツアーを行ったが、一度減り出した動員が戻ることはなく事務所の契約も切られ、2年後にバンドは活動停止した。

メンバーはそれぞれ、精神的に痛手を受けた。活動停止から暫くの間は、皆『カレイドル』の名前すらも口にする事はなかった。肉体的にもダメージが蓄積しており、智幸は腸に胆石が詰まり緊急手術を受けたのだった。

その時は、解散状態だったバンドはもう二度とやらないと思っていたが……。

そこから8年かけて、バンドは復活することになる。


その『事実』を、今ここで言わないほうがいい。言ったとて、信じられないだろう。未来からタイムリープしたなんて、なおさらあり得ない事だ。そう智幸は思った。

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