箸が転んでも

「今日のゲストは十代後半の女子たちに圧倒的な人気を誇る『箸転がし芸人』の竹土ノ日たけつちのはるかさんです」


女性司会者との1対1のトーク番組に40歳ほどのスーツ姿の男性が箸を持って登場した。

 

「どうぞお座りになってください」


女性司会者に促され向かいのソファに腰掛ける男性芸人。


「あ、さっそくマイ箸お持ちしてますね」


女性司会者は男性が手にしている箸を目にして言うと男性は照れ臭そうに首の後ろに手をやった。


「ええ。これが僕の人生を変えてくれた箸です。これにかからなかったら僕はいまだに棒にもかからない人生を送っていたと思います」


そう言って箸を慈しむような目つきで男性は眺めた。


「その箸との出会いはいつ頃?」


「売れない芸人だけ集めて撮るとある番組に出させていただいたときに『置いてある小物でなにか面白いことを披露する』っていう趣旨のコーナーがあったんです。それでその時にテッキト~に目についた箸を取って転がしたんです。当然その場は白けたんですが、後で番組のディレクターから『番組を観た女の子たちから面白いって反響の問い合わせがあったぞ!』って言われましてね。最初は半信半疑だったんですが、その転がした場面をネットで配信したところ十代の女子たちから大反響がありまして。そのときにこの箸に賭けてみようと思ったんです」


「きっかけはたまたまだったんですね」


「そうなんですよ。進んで箸が進んだわけじゃないんです。けどおかげさまで今じゃ箸より重いもの持たないですよ」


「そうですか~。きっかけというのはなにがなるか分かりませんね~。箸を転がす際になにか気をつけていることはありますか?」


「ええと、転がす技術はそこまで難しいものじゃないんですが、ひとつ気をつけていることがありますね」


「なんですか?」


「『ネタを見せる相手を間違えない』です。このネタはとにかく十代後半の女の子たちに限られたネタですから。女子高の文化祭とかに呼ばれたときとかはすごくウケるんですけど、女子大の文化祭に呼ばれたときは大体ウケないんですよ。男子校に呼ばれた際なんて悲惨で悲惨で・・・もう箸が端状態ですよ。ひどいと『嫌い箸芸人』なんて言われたりしますから。ほんと心の箸が折れますよ」


「確かになんであれが面白かったのか今はよく分からないってことは意外とありますからね~」


「ええ。ただ僕のは最初っから限られた年齢層にしかウケませんでしたから」


「なぜ十代後半の女の子たちにこんなにウケたのか分かりますか?」


「う~ん・・・。正直僕もよく分からなくて。まあそういうお年頃なんだろうな、ということぐらいで。ですがウケたのも事実ですから。とにかく人生どう転ぶか分かりません」


「そういえばお箸を作ってる会社からアナタが監修した『転がし用の箸』という商品を出したらその年齢層の女の子たちに大人気だそうで」


「ええ。おかげ様で。最初はメーカー側も食べる用途以外の箸は売れないって半信半疑だったそうですが、観賞用にひとつ作ってみるのもいいか、ってことで作っていただいたんです。あ、今日ひとつ持ってきたのでよろしければどうぞ」


男性がスーツのポケットから透明な袋に包装された箸を取り出し司会者に手渡した。


「これが転がし用の?」


「ええ。よかったら転がしてみてください」


「じゃあ・・・」


女性司会者はソファの前にある低いテーブルの上に箸を転がすと『コロコロコロ・・・』と静かに箸は転がり止まった。

それを静かに見守っていた女性司会者、そして周りの撮影スタッフたちは全くもって面白さが分からずなんと言っていいか分からない微妙な空気になってしまった。


「どうです?」


「どうって言われても・・・」


「じゃあ、今度は僕がマイ箸で転がして見せますね」


今度は男性芸人がテーブルの上に箸を転がした。


が、やはりなんとも言えない空気はぬぐえスタジオ内はし~んと静まり返ってしまった。



◇ ◇ ◇ (番組の回想終了)



「渉。見てくれこれ」


高崎が教室の隣の席に座る小野坂にテレビで宣伝していた箸を見せつけた。


「なんだよそれ? 箸?」


「そう。これを転がせば女子にモテるってよ」


「は? なに言ってんだ? そんなんでモテようとすんのは方向性が迷い箸だろ」


「まあ見てくれよ」


そう言って高崎は小野坂の机の上に箸を転がした。

箸はコロコロと転がりやがて止まった。小野坂はワケがわからず目をぱちくりさせて高崎のほうを見ると高崎は自信満々な表情を浮かべていた。


「な?」


「いやなにがだ」


「これで俺もモテモテだな」


「箸休めにもなんねえだろ・・・」

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