ドM兄2
「あ、宿題やってくるの忘れた」
学生カバン中を見て気づいたように言う高崎朔。それを聞いて小野坂は呆れた。
「また~? お前昨日家で何してたんだよ?」
「昨日? 昨日は地球を支えてた」
「は?」
高崎があっけらかんと言い、小野坂はポカンとしてしまった。
「地球を支えてたってどういうこった?」
「逆立ちしてた」
すべてを理解した小野坂はため息をついた。
「はあ・・・。お前先生にそのこと言ってみな。頭に血が上って大変なことになんぞ」
「どっちかっていうと下ってたんだけどな」
「ったくよ、田淵見習えよな。黙々と授業を受けて宿題も忘れずテストも悪くねえときた」
窓際の自分の席で教室の外を黙って眺めている田淵を示しながら説教すると高崎は思案気な表情を浮かべた。
「う~ん・・・あいつ、なにか裏がありそうだな」
「は? なに言ってんだ? 普通の高校生だろ」
「普通すぎてなにか裏がありそうなんだよな~」
「人間だから多少の裏表はあるかもしれねえけど、お前が思うほどの裏はねえだろ」
「分っかんないぞ~。こればっかりは人間だからな~」
◇◇◇◇
「あら、美夏ちゃん。こんにちは」
田淵真咲の妹である美夏が学校から帰る途中、近所のおばさんが声をかけてきた。
「おばさん、こんにちは」
美夏も愛想よく返事を返した。おばさんは可愛い近所の子を見守るようにニコニコとした顔を浮かべていて、どうしたのかな?と美夏は思った。
「美夏ちゃん。応援してるわよ」
「え?」
「お兄さんのことよ」
兄のことを言われ嫌な予感がする。
「・・・ウチの兄が、なにか?」
「お母さんから聞いたわよ~。お兄さん、ドMなんだって?」
「!?」
「美夏ちゃん色々と大変なんですってね~。おばさん応援してるからね~」
◇◇◇◇
美夏はおばさんと別れた後、家に飛び込むように帰宅しリビングのテーブルでお茶を飲みつつ電子書籍を読んでくつろいでいた母につっかかった。
「お母さん! なんでご近所の人にあんなこと言うの!?
「あんなことって?」
母親は言ってる意味が全く分かっておらずキョトンとしていた。
「あ、兄貴が、兄貴が・・・Mだってこと!
口にするのもためらうほどだったがなんとか口にした美夏。すると母親は真面目な表情で訂正する。
「Mじゃないわよ美夏。ドMよ」
「余計悪い! なんであんなことご近所に言いふらすの!? おかげで変な応援までされるし!」
「でもご近所付き合いは大事よ美夏」
「大事なのは分かるけども!」
「でしょ?」
あっけらかんと言う母親にしばし唖然とする美夏。
「・・・お、お母さんはさ、どうにかしたいと思わないの?」
「どうにかって?」
「だからっ! あのM体質のこと!」
「ドMよ美夏。そこは間違えちゃダメよ」
「・・・だ、だからそのドM体質のこと」
母親はあきらめたように肩をすくめた。
「どうにかできるならとっくにしてたわよ。でも覚えてる? 美夏が3歳の頃、転んで膝を擦りむいちゃってワーワー泣きわめいてた時のこと」
「・・・覚えてない」
「お母さんが擦りむいた膝のとこに手をかざして『痛いの痛いの飛んでけ~』っておまじないやったら、近くで一部始終見てたあの子ったら『お母さん! それ僕に飛ばして!』って両手広げて仁王立ちしてたのよ。覚えてない?」
「・・・覚えてないし、覚えたくもないっ」
「バースデーケーキなのにロウソク見て興奮してるのよ。それも覚えてない?」
「・・・・・・」
「お母さん確信したわ。『ああ。この子生まれながらのMなんだって』」
「ドMでしょ!!」
美夏はお茶を入れたコップが一瞬浮くほど勢いよくテーブルを叩いた。
母親は目をパチクリした。
「あら分かってるじゃない美夏」
「ぐぬぬぬぬ・・・」
なんか悔しくてわなわなする美夏。
「お父さん! お父さんはどう思うの!?」
「え、父さんか?」
実は父親もいて、リビングのソファで新聞を読んでいたが美夏に急に聞かれて驚いていた。
「まあ、父さんも母さんと同様確信してるしなあ。母さんとは何度か真剣に話合って確信が確信してるし。今さら確信するのもなあ」
のほほんとした口調で応える父親に頭を抱える美香。すると美夏の右肩に母親がポンと手を置いてきた。
「美夏。あなたもいい加減受け入れてあげなさい」
父親も美夏の左肩に手を置いた。
「そうだぞ美夏。受け入れなさい」
「ぐぬぬぬぬぬぬーっ!」
諭すように言ってくる両親にただただ頭を抱え込むしかない美夏だった。
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