番外編・帰宅部員宅見の退部

「先生!」


「どうしたマネージャー? そんな血相変えて。帰宅準備は終わったのか?」


「宅見先輩が!」


「宅見がどうかしたのか?」


「宅見先輩が、宅見先輩が・・・帰宅部を辞めるって・・・」

 

「な、なにぃ!?」



 

 先生はグラウンドに隣接する部室棟の帰宅部に血相を変えて飛び込むと宅見ただ一人が部室の中に佇んでいた。


「おい宅見! マネージャーから聞いたぞ! お前、帰宅部を辞めるのか!?」


 宅見は一度地面に顔を落としてしばらくの間逡巡していたが、そのうちに顔を上げるとなにかを決意をした表情を浮かべ


「はい」


 と、ハッキリと応えた。


「なぜだ!? 帰宅部全国大会2連覇中のお前がなぜ!?」


「・・・帰りたくなったんです」


「帰りたく、なった?」


「普通に、帰りたくなったんです」


「普通に?」


「最近、帰宅練習をしているとき、ふと下校中の生徒を見て思ったことがあるんです。『帰宅部に入ってなければ、普通に帰ってたのかな』って・・・。それで俺、部活を辞めて普通に家に帰りたくなったんです」


 静かに、だがハッキリと言う宅見。


「そ、それが帰宅部を辞めたい理由か?」


「はい」


「普通に帰宅をしたいから、この帰宅部を辞めたいのか?」


「そうです」


「し、しかし、お前ほどの帰宅者が今から普通に帰っても帰り足りなくないか?」


「それでも、です」


「う~ん・・・」


 先生はどうしても宅見を説得したかった。

 

「・・・宅見。お前が俺のとこに入部許可を貰いに来たときを覚えてるか?」


「忘れるわけありません」


 宅見もそのころを思い出したのか少し笑みを浮かべた。


「帰宅部の勧誘ポスター(『君も帰宅してみないか?』と煽り文句が書かれている)を握り締めながら俺に『自分にも帰宅させてください!』って言ってきたよな」


「もちろん覚えてます。あのとき先生は『帰宅は思ってるほど甘くない。最初は上手く帰宅出来なくて辞めていく生徒も大勢いる』って、入部を断ろうとしてましたよね」


「ふっ。入部してすぐ辞める生徒がいたのも事実だからな。帰宅願望が強くても帰宅困難者になりえるんだ。行きはよくても帰りは怖い、というのを知らない生徒は多いからな。だけどお前はその不安を払拭するように入部してすぐに帰宅センスを発揮したなあ。まったくお前の帰宅力には毎度驚かされたもんだ。お前が1年生で全国帰宅部選手権を優勝したときにはもう『お前に教える帰る技術はもうない』と俺に言わしめさせたもんだ」


 先生は思い出しながら誇らしげな様子で言った。


「そんな。ここまで帰宅出来たのも、2連覇できたのも先生のおかげですよ。もちろんマネージャーのおかげも」


「宅見先輩・・・」


 部室の扉のところで固唾を飲んで見守っていたマネージャーに宅見は目をやってお礼を述べると、マネージャーの顔は泣きそうになった。


「宅見。考え直してくれないか? 今じゃお前の帰宅力が欲しいと、大学、さらには企業からも、すでに帰宅の誘いがきてるんだぞ。お前はその帰宅力で世界が狙えるんだ。そのお前が・・・帰宅を、やめるのか?」


 宅見はしばらく目を閉じて、決意のこもった瞳で先生を見つめ

 

「すみません。でも俺、『普通に帰る』と、決めたんです」


 先生は寂しそうな表情になった。


「どうしても、か?」


「はいっ」


「・・・そうか。そうか・・・」


 自分に言い聞かせるように口の中で反芻する。


「・・・わかった。お前がそこまで言うんだ。普通に帰ることを、俺は止めんよ」


「はいっ」


「帰り支度は済んでるのか?」


「ええ」


「そうか・・・。ふっ。お前のその帰宅準備運動の入念さには毎度感心させられたもんだ」


 宅見は先生に向かって深いお辞儀をした。


「先生。今まで、帰宅させてくれてありがとうございました」


 部室の扉で肩を震わすマネージャに優しく声をかける。


「マネージャーも。帰宅大会のときのマネージャーの『帰~れ。帰~れ』の『帰れコール』はとても励みになったよ。今までありがとう」


 お礼を述べた宅見は部室に向かって再度お辞儀をして普通の家路へと向かう。




「・・・先生。宅見先輩を、帰らして、いいんですか?」


 マネージャーは泣いていた。


「・・・・・・」


「先生っ」


「・・・帰らしてやれ。・・・帰らして、やるんだ」


 背中を向けたまま先生は絞り出すように言った。マネージャーは居ても立っても居られず部室の外に駆け出してもう遠くに見える宅見の背中に向かって大声で


「宅見せんぱーい! いつでも! いつでも帰宅部に帰ってきてくださいねー! 私、帰ってくるの待ってますからー!」


 宅見は振り向くことはなかったが腕を高々と掲げ応えたのであった。

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